表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

27.俺一人で? sideウィリアム

 sideウィリアム



 静まり返った室内では、誰もが口を閉ざし、次に告げられる言葉を待っている。


「つまりだ。私とイアン、カミラの三人で、上級ポーション製作のためのチームを組む。また、ソフィアは二週間、休職扱いだ。以上」


 室長は淡々と、事務的に結論を告げる。それだけ言うと、大きなため息をついた。


 室内は一層静寂に包まれた。誰もが理解しきれず、言葉を失っている。


 部屋から立ち去ろうとする室長に、アレク先輩が慌てて声をかける。




「ちょ、ちょっと待ってください! イアンと分担していた仕事は、どうすればいいんですか?」


 

 答えは、聞かなくても予想できてしまう。それでも、聞かずにはいられなかったのだろう。




「お前一人でやることにな。ああ、それから……カミラが担当していた仕事は、アリシアに回す」


「えっ……!」


 アリシア先輩が思わず声を上げる。




「む、無理です。カミラの仕事は、私の専門外です」



 先輩たちの表情には、困惑と不安が色濃く浮かぶ。


「と、いうことは、イアンとカミラのポーションのノルマは、俺らで分け合うことになるのか?」

「嘘……ただでさえ、手一杯なのに……」

「これ以上、どうやって仕事を回せというんだ」



 小さな囁きが、あちこちから聞こえてくる。

 




「何が、無理だ」


 その空気を切り裂くように、室長の声が響いた。


「私たちは、今から成功率がとんでもなく低い、上級ポーションづくりに挑む。無理を承知の上で、だ。専門外? ――お前たちは、引き継ぎ書だけ渡して、実際の仕事はフローリアに任せていたのだろう。経験の浅い専門外の、新人のフローリアにだ!」


 先輩たちは一様に黙り込んだ。反論する者はいない。室内の空気は、先ほどよりもさらに重く沈んでいく。


 やがて、その沈黙に耐えきれなくなったように、一人の先輩が恐る恐る、口を開いた。



「なぜ、急に上級ポーションを作ることになったのですか? 差し迫って、大きな戦いでも起きるのですか?」



「……違う」


 室長は、短く否定してから、重たい口調で続ける。




「第2騎士団がな。先日のスタンピードの際、第3騎士団が上級ポーションを使用しているのを見たそうだ。その話が第1騎士団にも伝わり……結果、両騎士団長から問い合わせが入った。

『なぜ、我々が持っていない上級ポーションを、第3騎士団なんぞが所持しているのか』と」


 室長の声には、隠しきれない疲労が滲んでいた。きっと板挟みに遭ったのだろう。



「宮廷薬師が製作したものではない、と説明はした。……だが」


「まさか……そのポーション……」


 誰かが、半ば答えを悟ったように呟いた。




「ああ。フローリアが作ったものだろう」


 室長は、迷いなく頷いた。その瞬間、部屋に衝撃が走る。

 

「そんな……」

「上級を、新人が……?」

「俺なんか、実物すら見たことないぞ……」


 驚きと困惑、そして理解できないという感情が入り混じっていた。




「第3が手に入れられるような品を、現宮廷薬師たるもの作れないわけがないだろう――と」


 室長は自嘲するように笑った。


「ははは……随分と、簡単に言われてな。……だが、上級ポーションなど、私とてこれまでの人生で奇跡的に一本完成させられたきりだ」


 室長で、一本。


 上級ポーションという代物が、どれほど非常識な存在なのかを、改めて思い知らされる。




「プライドにかけて、せめて二本は完成させなければならない。とにかく今は、皆で、何としてでもこの窮地を乗り越える。……私だけではない。お前たちにも、この状況を引き起こした一端は、確実にあるのだからな!」


 室長は顔を上げ、室内を見渡した。その言葉に、だれも反論ができなかった。その場にいた全員が、無言で俯いた。


 フローリアを軽んじ、結果として追い出した――その報いが、今、全員に降りかかっている。


 言い訳など、できるはずもない。


 ……だが。


 俺にとっては、もう一つ。この場の誰よりも、切実な問題が残されていた。




「室長。ソフィアの休職とは、一体どういうことですか? 理由をお聞きしても?」




 意を決し、問いかける。その言葉に、室長の顔が、先ほどよりもさらに厳しさを増した。




「ああ……表向きは、家庭の事情ということになっているがな。隠していても、どうせすぐに知れ渡るだろう。ソフィアの希望で、今、彼女は第3騎士団にいる」


 一瞬、思考が止まる。


「……希望、え? 第3騎士団ですか? なぜ?」


 思わず問い返すと、室長は苛立ちを隠すことなく声を荒げた。




「知らん! 甘やかされて育った伯爵令嬢の考えなど、わかるものか! 美容部門がうまくいかず、逃げ出したのかもしれん。フローリアの力になりたいなどと、殊勝なことを思ったのかもしれん。あるいは――騎士団に、想い人でもいるのだろう。第3騎士団で二週間、働くんだとよ。とにかく伯爵直々の頼みだ。断れるわけがないだろう、この忙しい時に! ああ、ちくしょう」


 室長の口調は荒く、積み重なる問題への怒りと疲労が、はっきりと滲んでいた。


 ああ、はっきりした――俺には、わかる。


 理由は一つ。副騎士団長、エドモンド様だ。間違いない。




「……戻って、くるんですよね」


 祈るように問いかけると、室長は即座に首を振った。




「それすら、わからん。ソフィアは、フローリアとの“交換”を願っているらしい。……余計な面倒を起こさなければいいのだが。いや……フローリアが戻ってくるのなら、それに越したことはない。だが、第3騎士団長からは、フローリア本人の希望を最優先すると言われていてな」


 深い溜息。


「ああ……そんな、可能性の低い希望に縋っている暇はない。ウィリアム。一人だが王妃様から依頼された件の完成を、急いでくれ」


 ……俺、一人で?


 

 逃げ場も、分担もない。背負うべき負担が、はっきりと“俺一人”に背負わされた。


 

 ――目の前が、徐々に、真っ暗になっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ