表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

25.お試し?

「あっ、エドモンド様、お帰りなさい!!」


 弾むような声が、背後から唐突に降ってきた


 ――え? まさか、ソフィア?


 振り返るよりも早く、彼女は私たちの間に滑り込むように入った。この場所にそぐわない淡い色のドレスの裾が揺れ、甘ったるい香水の匂いが漂う。


 理由のはっきりしない不安が、広がっていく。


 何をしに来たの?



「エドモンド様、いつ帰ってくるのかと、とても心配しておりましたの。けがはありませんか? どこかお体を痛めてはいませんか?」


 ソフィアはそう言って、少し身を乗り出しながらエドモンド様を見上げた。声は柔らかく、すごく親しげだ。


 エドモンド様は一瞬、言葉を失ったように瞬きをした。わずかに眉を寄せ、やがて思い出したように口を開く。


「ええと……君は、フローリアの元同僚だったか?」


 エドモンド様はそう言いながら、記憶を手繰り寄せるように少し首を傾げた。ソフィアの表情がぱっと明るくなる。



「はい! ソフィア・マイヤーです。覚えていてくださったんですね。とても嬉しいです」


 弾んだ声とともに、彼女はためらいもなく一歩、エドモンド様へと距離を詰めた。


 

 エドモンド様に、そんなふうに近づかないでほしい。


 口には出せない願いが、喉元で止まる。



「ああ、体調は問題ない。ええと、ソフィア嬢は、わざわざ、第3騎士団の出迎えに来てくれたのか? 知り合いでも――」


 エドモンド様は言葉を選ぶように一瞬だけ言い淀み、それでも丁寧に応じた。




「え? いいえ、エドモンド様にお会いしに来たんです」


 エドモンド様に会いに……。




「実は、私、騎士団の練習を見学させていただいたこともありましたの。皆さん、とてもお強くて、特にエドモンド様は……あら?」


 そこまで言ってから、ふと思い出したように私へと視線を向ける。


「フローリアもいたのね。気づかなかったわ」


 ずっと、ここにいたわ

 私は思わず唇を噛みしめた。



 


「そうだ! ちょうどよかったわ。ねえ、フローリア、あの話……エドモンド様にもしてみない?」




 あの話? まさか、交換の話……?


 しかもこの言い方。まるで、私がすでに納得し、同意している前提のように聞こえる。


 エドモンド様はつい先ほど戻られたばかりだ。旅の疲れも残っているはずなのに、どうして今、この話を――。


 



「私、断っ……」


 言葉は、最後まで言うことができなかった。



「エドモンド様、聞いてください! 実は、宮廷薬師の先輩方が、フローリアの価値にやっと気づいたのです。戻ってきてほしいと、とても強くお考えで」


 ソフィアは淀みなく続ける。


「宮廷薬師という職は、フローリアが努力の末に手に入れた、大切な地位です。職場には貴重な薬草も、質の高い薬剤も揃っていますし、功績を認められれば出世の道も開けます。ですから、どうか……フローリアを元の職場に戻してあげてください!!」


 懇願するような声。けれどそこには、私の意思などひとつもない。


 エドモンド様の表情がはっきりと変わる。驚き、そして困惑。


 やがて、ゆっくりと彼の視線が私へと移る。


 問いかけるような瞳。


 本当なのか、君は、どうしたいのか、と。


 

「私は、戻らないって言ったわ!」


 気づけば、声を張り上げていた。


 やったわ、ソフィアの提案を、私、はっきりと拒絶できたわ。

 


「もう……意地を張らないで、フローリア」


 困ったように首を振りながら、ソフィアはやさしく諭すようにいった。私の叫びなど駄々にすぎないと言わんばかりに。何で……。



「エドモンド様。もしフローリアが元の職場に戻ったら、私、ここの薬師になってもいいと思っていますの。そうだわ。フローリアにも、きっと考える時間が必要ですもの。それに、私がここでもきちんとやっていけると知ってほしいですし……ですから、まずは“お試し”で、私をここに置いてくださらない?」




 ――はい?


 思考が一瞬、止まる。ソフィアは私を一瞥することすらなく、自信満々に提案をしてくる。


 ――お試し? 試用期間ってこと?



 私は思わず眉をひそめた。



「申し訳ないが、フローリアは戻らないと言っている。うちは……フローリアが一人いれば十分だ」


 エドモンド様は、困惑を滲ませながらも、私の意思を尊重するようにそう告げた。


 その言葉は、私の意思を尊重してくれるもので、ほっとした。


 けれど。それは、あまりにも短い安堵だった。


 

「室長も……フローリアを首にしたことを、後悔しているんです。お願いします。団長様に、相談だけでもしてみてください、エドモンド様。フローリアの選択肢を――いいえ、可能性を奪わないであげてください。彼女には才能があるんです」


 ソフィアは一息もつかずに続ける。私のためのような言葉が受け入れられない。



 ――どうして、そんな言い方をするの?


 まるで、エドモンド様が私の未来を閉ざしているかのような口ぶり。何も言い返せなず、言葉を探す余裕すらなく、私はただその場に立ち尽くすしかなかった。


 視界の端で、エドモンド様の表情がわずかに歪むのが見える。

 


 彼は、ゆっくりと私のほうを見た。

 


「……可能性を、俺が奪う、か」


 低く、噛みしめるような独り言。エドモンド様は一度、深く息を吐いた。


「すまないが……とりあえず、今日は帰ってほしい。団長には、相談だけはしてみる。君も……君の上司に、きちんと話を通す必要があるだろう」


「嬉しい! ぜひ、前向きにご検討ください! 私もすぐに室長に伝えてみますね。――じゃあ、フローリア。またね」




 軽やかな別れの言葉。ソフィアは満足げな微笑みを浮かべたまま、迷いなく踵を返した。



 私のためを思って、言っている。彼女はきっと、そう信じているのだろう。


 けれど、その言葉のどこにも、私の気持ちはなかった。


 理解しようとすればするほど、なぜか悔しさが、大きく膨らんでいく。どう対処すべきなのか、何が正解なのか、もう何ひとつ、見えなくなってしまった。


 ふと顔を上げると、エドモンド様がこちらを見ていた。苦しそうに、何かを言いかけては飲み込むような表情で。


 私も、何か伝えなければ。


 そう思うのに、喉がひりついて、言葉が形にならない。


 沈黙だけが、私たちの間に重く落ちる。




「副団長、こちらを――」


 遠くから、騎士の声が響いた。エドモンド様は一瞬、視線を揺らし、それから私に小さく頷く。


「……フローリア、俺は」


「副団長早く!」



 再び呼ばれたエドモンド様は、それだけを残して、仲間のもとへと向かっていった。


 私は、その背中を見送ることしかできなかった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ