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22.スタンピード

 何とも言えない気持ちを抱えたまま、裏口のドアに手をかけた。



 どうしたらいいの。嫌だって、あれだけ言ったのに、伝わった気がしない。また来たら、今度こそ押し切られてしまいそうで怖かった。


 考え込むのを断ち切るように、大きく息を吸い、ゆっくり吐く。そして意を決して、ドアを開けた。


 中に足を踏み入れた瞬間、空気がまるで違うことに気づく。


 なんだか、おかしいわ?


 さっきまでの落ち着いた雰囲気は消え、辺りは騒然としていた。急ぎ足で行き交う騎士たち。

 声を張り上げて指示を出す者たち。ただ事ではない様子が、一目で伝わってくる。




「フローリア、大変よ!」


 名前を呼ばれて振り向くと、サラが駆け寄ってきた。息を切らし、肩で呼吸をしながら続ける。




「急にフェルディア地方でスタンピードが起こったって! 第2と第3騎士団が、すぐに向かうことになったそうよ。騎士たち、フローリアを探しているわ」


「フェルディア地方で……スタンピード?」


 そんな……。


 

 魔獣による突発的な大規模暴動は、ここ最近なかったはず。食い止められず被害が広がれば、取り返しのつかない事態になる。



 

 大変だわ。こんなふうに立ち止まっている場合じゃない。



 私はすぐに踵を返し、薬品庫へ駆け戻った。必要になりそうな薬を次々と棚から取り出し、手早く仕分けていく。周囲では騎士たちも慌ただしく動き、運び出された薬箱が次々と外へ向かっていた。



 その忙しない動きの中でエドモンド様が、視界に入る。


 彼は場の中心に立ち、周囲を見渡しながら冷静に指示を出していた。混乱の中にあっても声は落ち着いていて、騎士たちは自然と彼の言葉に従って動いている。




「エドモンド様!」


 思わず名前を呼ぶと、彼はすぐにこちらに気づいた。


「フローリアか。準備を手伝ってくれているのか、助かる。悪いな」


 いつもと変わらない、穏やかで落ち着いた声。こちらを見るその瞳も、変わらず優しかった。



 さっきのソフィアの言葉がよみがえって、慌てて頭を振る。




「当然です。スタンピードの規模は大きいのですか?」


「ああ。第2と第3が合同で出るくらいだからな。そんなに心配な顔をするな。そのために、日頃から鍛えている。すぐ戻ってくるさ」


 その言葉は頼もしく、少しだけ気持ちは落ち着いた。それでも、不安が完全に消えることはない。



 フェルディア地方は、大型の魔獣が多い。以前、そう聞いたことがある。エドモンド様が危険な目に遭うなんて、あってほしくない。




「……エドモンド様」


 私は急いで作業台に戻り、あらかじめ用意していた小瓶を手に取る。そして、迷わず彼に差し出した。




「これを、持って行ってください」


 せめて、できることだけはしておきたかった。


「これは?」


 小瓶に視線を落としながら、エドモンド様が尋ねる。




「上級ポーションです。まさか、こんな事態になるとは思っていなくて……完成したのも最近で、一本しかないのですが」




 上級ポーションは、つい先日ようやく成功したばかりのものだ。


 数は一本きり。実戦で使ったことも、まだない。それでもアドバン様に鑑定をお願いした際、効果自体は間違いないと太鼓判を押されていた。


 欠損を完全に治すのは難しいだろう。


 けれど、深手の傷であれば、十分すぎるほどの効果があるはずだ。




「上級、だと?」


 エドモンド様は目を見開く。



「成功率は二パーセントと聞いているぞ。そんな貴重なものを持ち歩くのは、正直怖いな」


 そう言いながらも、小瓶を受け取ってくれる。



「……だが、お守り代わりに預かろう。使わずに持ち帰ることを、約束する」


 冗談めかした笑顔に、思わず言葉が溢れた。



「本当に危ない時は、遠慮しないで使ってください! 無事に……無事に戻ってきてください。お待ちしていますから」


 ぎゅっと拳を握りしめて、必死に訴える。



 しばらく私を見つめていたエドモンド様は、何も言わずに近づいてきて、その大きな手で、そっと私の頭を撫でた。


 


「あっ……また、つい撫でてしまったな」


 エドモンド様は一瞬、気まずそうに笑った。



「はは、謝罪が必要か。……楽しみに待っているといい。じゃあ、行ってくる」


 そう言い残し、軽やかな動作で馬にまたがる。鎧に身を包んだその姿は凛々しく、まさに騎士そのものだった。


 号令とともに、隊列が動き出す。


 私はその場から動けないまま、ただ彼を見送る。


 無事でいてほしい。それだけを、何度も心の中で繰り返す。


 彼の姿が少しずつ遠ざかり、やがて人垣の向こうへ溶けていくまで、私は見送った。


 完全に背中が見えなくなる。気づかないふりをしてきた気持ちが、もう誤魔化せないほど、はっきりとそこにあった。


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