【if版】ep.5 ぽとん。
朝、風の匂いが変わっていた。 どこか湿っていて、葉の裏に水の気配がある。
「……雨、来るかもな」
孝平は、昨日の焚き火跡を見つめながら、 今日やるべきことを、ひとつずつ思い浮かべた。
「屋根。あと、器。水をためるやつ……」
風が、草を揺らす。 その音が、どこか急かすように聞こえた。
昨日は、木の枝と石で風よけの壁を作った。 葉を敷いて、なんとか身体を横たえられる場所も確保した。
けれど、屋根はなかった。 もし雨が降れば、寝床はあっという間にびしょ濡れになる。
「……まずは、屋根からだな」
林に入ると、木々のざわめきがいつもより大きく感じられた。 葉が、風に揺れて、かすかにきしむ。
『この木の皮、雨をよく弾くよ』 『重ねて使うと、しばらくは水を通さない』 『でも、乾いてるうちに使ってね。濡れると、すぐに腐るから』
「……なるほど。じゃあ、今のうちに集めておくか」
孝平は、風のノコギリを使って、慎重に枝を切り出していく。 昨日よりも、風の加減がうまくいくようになっていた。 素材の声も、少しずつはっきり聞こえる。
「……慣れてきたな」
切り出した枝を組み、葉を重ねていく。 風の精霊が、ふわりと現れて言った。
『重ね方が大事だぞ。下から上に、魚の鱗みたいに並べるんだ』
「魚の鱗……なるほど、雨が流れやすいように、か」
『そうそう。あと、角度も大事。急すぎると風で飛ぶし、緩すぎると水がたまる』
「……暮らしって、意外と理屈が多いな」
試行錯誤の末、簡易な屋根ができあがった。 風よけの壁と組み合わせて、ようやく“雨をしのげる場所”ができた。
「……よし。次は、器だな」
水をためる器がないと、雨水も無駄になってしまう。 まずは、石を削ってみた。
けれど――
「……割れた」
節目を見誤ったのか、石は真っ二つに砕けた。
次に、葉を折って器にしようとした。 だが、隙間から水が漏れてしまう。
「……うーん、難しいな」
『貝殻は? 昨日のスープのやつ、まだ残ってるでしょ?』
「……あ、そうか!」
昨日のスープに使った貝。 中身を食べたあとの殻が、いくつか残っていた。
それを丁寧に洗い、石のくぼみに並べて、雨を待つ。
「……暮らしの道具って、急いじゃダメなんだな」
午後、空がゆっくりと灰色に染まり、 やがて、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
屋根の上に、葉を打つ音。 火のそばに座り、孝平は静かに耳をすませる。
ぽとん。
肩に落ちた小さな重み。白い毛玉が、ぴょこんと跳ねた。
「やっほ~♪ 分身うさちぁんだよ~♪」
「……分身?」
「うんっ♪ 本体はちょっと忙しいから、今日はこの子が孝平くんのお手伝い~♪」
火の精霊が、じとっとした目で見つめる。
『……また騒がしいのが来たな』
「えへへ~、よろしくね火の精霊ちゃん♪ 今日のスープは何~?」
うさちぁん(分)は、トトトト~っと駆け回りながら貝を覗き込む。
「あ!貝だぁ~♪ この貝はね、蒸すとぷりぷりになるんだよ~♪」
『火、弱めるぞ。香りが飛ぶ』
「そうそう、それそれ~♪」
突然の賑やかさに、孝平は思わず笑ってしまった。
雨音だけだった世界に、小さな色が差した気がした。
「ほらほら孝平くん♪ こっちに来て座って、美味しく食べるよ♪」
「ほら、こうやって蒸気を当てるとね、もっとぷりぷりになるの♪」
と言いながら、うさちぁん(分)は殻の縁をちょんちょんと叩く。
殻を叩いた瞬間、貝の香りがふわりと立ち、雨の湿気に混じって甘い匂いが広がった。
雨の湿気に混じって広がる香りは、前の世界では嗅いだことのない深さがあった。
「火の精霊ちゃん、ちょっと火弱めて~。香りが飛んじゃうよ~♪」
うさちぁん(分)はちょこまか動きながら、賑やかに指示を出す。
『……お前、料理のことになると急にうるさいな』
「だって美味しいの大事だもん♪」
「……お前ら、仲いいのか悪いのか分からん」
「うさちぁん(分)何しに来たんだ?」
「孝平くん、昨日ちゃんと食べたでしょ?だから今日は様子を見に来たの♪」
「雨の日はね、精霊ちゃんたちが忙しいから、今日は代わりに様子を見に来たの♪」
「それにね、孝平くんがちゃんと“生きてる”かどうか、うささまはいつも気にしてるんだよ♪」
ひとりで過ごすつもりだった雨の日が、思いがけず温かいものに変わっていく。
胸の奥が、ゆっくりとほどけていくのを感じた。
雨音に混じる小さな笑い声が、思っていた以上に心に沁みた。
賑やかし担当のうさぎが登場しました。
グルメな知識を持ってると思われるうさちぁん(分)
これからはグルメ回が待ってるのでしょうか?
※この【if版】では、今年の目標であるグルメやラブ・コメディなどにも挑戦していきたいと思っています。既存には既存の温度、if版にはif版の温度。ん~温泉行ってサウナ~みたいな?




