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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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階段怪談(4)

 校舎一階、北東にある奥まった場所。地下倉庫へと続く階段前には、ちょうどニカや宇津季と同じ一年生のバッジをつけた男子生徒ふたりが立っていて、扉を施錠するところだった。


「ごめん、このあいだの当番のときに地下倉庫で落し物したかもしれないから、ちょっと捜してもいい? 鍵はこっちで返しておくから」


 ニカのそれは完全に口からでまかせだったが、すらすらと述べられたその嘘を、名も知らぬ同級生たちは疑いもしなかった。


 あっさりとニカに鍵を渡して、これからサークル活動へ行くなり、帰寮するなりするのだろう。


 ニカと宇津季以外に、二年生のバッジをつけた異世界先輩と筒井筒がいたので、その名も知らぬふたり組みは会釈して去って行った。


「これで地下倉庫に入れますね」


 ニカが異世界先輩たちのいるほうへと振り返れば、異世界先輩はうしろを振り返っていた。


 他方、宇津季と筒井筒は呆れた顔をしている。ニカがぺらぺらと嘘で地下倉庫の鍵をなんなく手に入れたことについて、思うところがあるらしい。


 ニカはあえてそんな従兄弟と同寮の先輩の態度を無視し、異世界先輩へと声をかける。


「どうしました? あ、さっきのふたり、知ってるひとでしたか?」

「いや、そうじゃないけど。『開かずの扉』について聞いておけばよかったかなあって」

「……ああ、それは俺も気になってた。地下倉庫に『開かずの扉』があるなんて話、聞いたことなかったからさ」


 周囲から奇人として扱われている異世界先輩はともかく、社交性に問題がなく交友関係が広い様子の筒井筒が地下倉庫の「開かずの扉」の話を知らないのは、少し不自然なことではあった。


「一年のあいだでは有名な話なのか?」


 筒井筒が宇津季に話を振るが、宇津季は「いえ……聞いたことないです」と眉をわずかに下げて答える。


 宇津季はニカよりも人見知りをするし、そもそも非社交的な性格だ。噂話に疎いのはニカからすると当人から答えを聞くまでもなく、当たり前のことだった。が、今はそんなことを口に出しはしない。


「おれもたしかに、そいつに言われるまでそんな話があるって知らなかった……かも」

「一年のあいだで最近出てきた噂なのかもな。地下倉庫の掃除当番は一年の仕事だから。たとえば今年度に入って教師かだれかが地下倉庫の物を動かして扉が見えるようになったから、そこから想像たくましいやつが噂を流した……とかな」


 筒井筒の予測はニカにはもっともらしく聞こえた。


 しかし異世界先輩はと言えば、


「いーや、その扉は突然現れたんだよ! それでその扉は異世界に繋がっているに違いない!」


 などと力説し、筒井筒から呆れた表情をちょうだいしていた。


「まあ、これから地下倉庫に入ってみればわかることですよ」


 場を持たせるようにニカが言えば、異世界先輩は「じゃあ『開かずの扉』を見に行こう!」と、もはやそれが現実に存在するものと確定しているかのごとく鼻息荒くしていた。



 地下倉庫のよどんだ空気やすえたにおいは、以前黒芙蓉寮の謎の地下室で吸ったそれらととてもよく似ていた。


 ひんやりとしているのも共通しているが、黒芙蓉寮の地下室と違い、肌にまとわりつくような湿気は感じられなかった。


 当たり前だが地下倉庫と名がつくからには物を保管する場所であり、ゆえに基本的に湿気は大敵と言えよう。


 そう考えると黒芙蓉寮の地下室のほうが異様だったのかもしれない、とニカは思った。


 地下倉庫の出入り口の扉を開けたまま、差し込む光を頼りに電灯のスイッチを押せば、天井にまばらにとりつけられた蛍光灯がチカチカとまたたいたあとに点く。


「こんなに暗かったっけか」


 筒井筒がそうつぶやいているあいだに、異世界先輩がいの一番に地下倉庫の奥まった場所へするりと入り込んでしまう。


 物が雑然と置かれた地下倉庫の隙間を、けっつまづくこともなくぬるりと入り込む姿は、ネコを連想させた。


「あいつ、ネコかよ!」


 あわてた様子で異世界先輩を追いかける筒井筒の言葉に、ニカは「考えることは同じだな」とちょっと小恥ずかしい気持ちになった。


 続いてニカの脇を通り抜けて、無言で宇津季が続く。


 そうなるとニカも向かわないわけにはいかず、薄暗い地下倉庫の足元に注意を払いつつ、どうにか奥へと進んだ。


「扉ありましたー?」


 うず高く詰まれた段ボール箱同士の隙間を通り抜ければ、異世界先輩たち三人の背中が見えてニカは内心でほっとした。


「あったっていうか……」


 ニカがやってきたことに気づいた宇津季が振り返るも、その言葉尻はもにょもにょとしていて明瞭ではない。


「どした?」


 宇津季に続きの言葉を促しつつ、三人に近づく。


 しかしニカはすぐに宇津季が言葉を濁した理由を悟った。


 ――四人の目の前に、扉はあった。


 それを見て、異世界先輩は叫んだ。


「『開かずの扉』は?!」


 扉はあった。


 あったが――外開きに大きくあいている。


 扉はあったが、「開かずの」扉ではない。


「開いてるなー……。っていうか本当に扉あったんだな」

「ちょ、信じてなかったんですか?!」


 半ば感心したような筒井筒の声に、ニカは心外だとばかりに言う。


「『開かずの扉』ってそれを最初に開けて中を確認するロマンっていうのがあってね……」


 一方の異世界先輩は開かれた扉を前にそんなことをぶつぶつと言っている。


 宇津季はそんな異世界先輩の隣でおろおろとしているが、その微妙な表情の変化が読み取れるのは、この場ではニカだけだろう。


 ニカは一歩、そんな三人へと近づくために右脚を動かそうとした。


 ――もじゃもじゃとした、獣の腕。


 明るいオレンジ色の毛並みと、黒い手指。それはなんとなく、オランウータンのものと似ている――。


 そんな腕が段ボール箱の隙間からにゅっと伸びてきて、ニカの脚を引っ張る……そんなイメージが湧いて、思わず足元を見やる。


 箱と箱の隙間、そこから一対の目がこちらを覗いていた。


 目の下からは腕が伸びている。明るいオレンジ色の、長い毛にみっしりと覆われた腕。黒く細長い手指。


 それらがニカの足へと向かって伸ばされようとしていた。


 ニカがなにごとか声を発する前に腕をつかまれて、オレンジ色の毛が生えたそれが伸びてくる方向とは逆に、ぐいと体が引っ張られる。


 すると頭上にすぐ宇津季の顔が見えて、彼が腕を引っ張ってくれたのだとわかった。


 再度隙間から覗く目を見れば、それは先ほどとは違い、細められていた。


 それはこちらを嘲笑っているようにも見えたし、悔しがっているようにも見えた。


 ――もす! もす!


 それはオレンジ色の毛が生えた腕の持ち主から発せられた声なのか定かではなかったものの、不可解な金属音を伴って聞こえた。


 ――もす! もす!


 再度それは金切り声に似た音を発しながら、段ボールの隙間をぬるりと抜けて姿を現す。


 ニカは、なぜかそれと対峙する前からオランウータンの姿を想像していたが、それはたしかに類人猿に似ていた。


 しかし唇が異様に赤く大きく腫れ上がって、ところどころ縦に裂けている。顔はオランウータンのような愛嬌は一切なく、何十回とサルを殴ればこうなるのかもしれない、というように全体が赤紫やあるいは青黒く腫れ上がっていた。


 そして見た目は類人猿に似ているのに、人間のように白目の部分が多く見える。


 そのサルに似たなにかは、何度も「もす!」と叫んで、まるでなにかを糾弾するように黒く細長い指を――異世界先輩に向けていた。


「――私?」


 異常事態に三人ともがひとこともを発せられない中、異世界先輩だけはいつもの声音でそう言って、自分自身を指差した。


 サルに似たそれは、「もす!」とひときわ大きな金切り声を上げた。


 ニカにはその声は怒っているように聞こえた。


 緩慢な動きで、サルに似たそれはじりじりと四人に――いや、明確に、異世界先輩に近づいてきた。


 ニカには、今どうすればいいのかなんて、さっぱりわからない。


 なにが最善策で、どれが最悪の手なのか。


 しかしこのまま状況を看過するのはよくないと、直感は激しく告げていた。


 筒井筒が、先ほど宇津季がニカにそうしたように、異世界先輩の腕を引っ張って引き寄せた。


 次の瞬間、サルに似たなにかは、炎に包まれた。


 それは、火法だった。


 宇津季の火がサルを燃やしたのだ。


 炎に包まれたサルに似たものは突然走り出したかと思うと、一直線に「開かずの扉」だったはずの、その向こうに広がる暗闇の中へと消えた。

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