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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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怪文書の解き方

「怪文書?」


 異世界先輩が小首をかしげた。


 ニカは異世界先輩に向かってスマートフォンを掲げるように、その画面を見せた。画面には、今しがた異世界先輩がオウム返しに言った通りの、怪文書の写真が表示されている。


「知りません? ここ最近、校舎内に貼られるようになってて、ちょっと話題になってるんですよ」

「みんな怪文書とは言ってますけど……どちらかと言えば、落書きに近いですけど」


 場所は例によって黒芙蓉寮の談話室。ニカの隣に座る宇津季が、そんな補足を入れた通り、「文書」というよりは「落書き」に近いとはニカも思ったが、生徒たちはみな「怪文書」と呼んでいるのが現状だ。


 一応、件の怪文書からなにかしら主張したいことがあるのだろう、という印象があるからかもしれない。


「まあたしかに。あいうえおとかの文字をランダムに配置して、よくわからない記号を混ぜた……という感じに見えるけれど。言いようによっては怪文書、なのかな」

「そうですね。で、それはいつの間にか校舎内の壁に貼られてて、剥がしても剥がしても、いつの間にかまた貼られてるって話です」

「へえ~。私は見たことなかったなあ」


 ニカのスマートフォンに表示された、怪文書の写真を異世界先輩はしげしげと眺めている。


 その黒い瞳にはいつもの好奇心に満ちた色合いが戻りつつあるような気がした。


 先日、『思い出の部屋』なる体感型展示会に行ってからというもの、異世界先輩は元気がないようにニカたちには見えた。


 だから――というわけではないものの、ちょうどよく怪文書の噂があり、たまたまニカと宇津季が目撃できたのもあって、異世界先輩にこの話を持ち込んだのだった。


 ふたりのその思惑はおおむね、成功したらしい。


「よし、実物を探しに行こう!」


 異世界先輩は黒い瞳を輝かせて、ソファから立ち上がった。


「なにか、貼られている場所に規則性ってあるのかな?」

「あー……校舎の一階で見ることが多い、みたいな話は聞きましたね」

「それと、なぜか壁の下側ぎりぎりに貼られてる、とか」


 あれやこれやと常日ごろから異世界先輩の世話を焼いている筒井筒は、不在だ。家庭料理サークルの活動日らしい。


 いつもの面々から筒井筒を抜いた三人――異世界先輩、宇津季、それからニカは、黒芙蓉寮からまた校舎にとんぼ返りをして、怪文書の実物を探して回る。


「怪文書って、書き手としては読まれて欲しいものだと思うけれど、壁の下のほうに貼られてるんだね?」

「そう言われると違和感ありますね……」

「いたずらだから、なにも考えていないとか」

「いや、なにかしらの意思があるに違いない! だってかがんで貼るのって大変だし」


 ニカが夢のないことを言えば、異世界先輩は反論して力説する。


 たしかに、異世界先輩などは身長が二メートル近くあるから、壁の下のほうに貼り紙をするとなれば大変だろう。


 今日の趣旨は元気がないらしい異世界先輩を元気づけることにあったから、ニカの発言を受けて宇津季が肘で軽く従兄弟を小突く。


「えっと、じゃあ犯人は小人とか……?」


 ニカの発言の埋め合わせをするように、宇津季がそんなことを言う。


 異世界先輩は黒い瞳を細めて微笑み、


「妖精とかね。だったら夢があるんだけどな~」


 と、校舎の壁を見やりながら言った。


「何度剥がしても貼るということは、よほど訴えたいことがあるんだろうね」

「あるいは、ものすごい暇人とか?」

「でもだれかが怪文書を貼っているところを見た生徒とかはいないんだよね?」

「そうらしいです。教師陣は犯人探しをしているみたいですけど……」

「こんだけ生徒がいるのにだれも見てないってことはないと思うけど――あ」


 異世界先輩に倣って、壁を見ていたニカは、少し先の壁に貼り紙を見つける。


 その貼り紙にはすぐに異世界先輩も気づいたようで、ニカと宇津季を置いて早足で近づいて行った。


「怪文書!」


 異世界先輩に追いつけば、ニカが写真を撮った怪文書と、恐らく同じものが壁の下近くに貼られている。


 異世界先輩は膝を追ってかがみ込み、貼られた怪文書を熱心に見ていた。


 怪文書の内容を読み解けないために、ニカにはそれに変わりがあるかはわからないものの、あいうえおなどの文字と、よくわからない記号を混ぜて書かれたもの、という印象に変わりはなかった。


「犯人はなにを言いたいんでしょうかね……」


 宇津季もニカと怪文書への認識に大差はないらしく、異世界先輩の背に向かってそんなことを言う。


 やにわに、異世界先輩がすっくと立ち上がった。


 その横顔には、先ほどまでのきらきらとした好奇心はなかった。


 珍しく微笑を消し、信じられないとばかりに口元に手をやっている。


 かと思えば、唐突にニカと宇津季を振り返り、こんな質問を投げかけた。


「ねえ――一年生で行方不明になっている女子生徒って、いる?」



 ……そのあと、異世界先輩を筆頭に三人で職員室へと向かえば、おおごとになった。


 一年生の女子生徒がひとり、昨晩から白薊(しろあざみ)寮に戻っていなかったのだ。


 そして、異世界先輩がその行方不明の女子生徒の居所を言い当てたので、少し面倒なことになった。


 女子生徒は学園の敷地内にあるシェルターに監禁されていたのだ。


 犯人はすぐに割れて、今年度から雇い入れた用務員の男性であった。


 もちろん、そんなことを言い当てたのだから、異世界先輩は疑われた。


「あの怪文書にぜんぶ書かれていたんですよ。あれは、告発文だったんです」


 異世界先輩はけろっとした表情でそう言い放ったので、教師陣は難しい顔になった。


「でも、怪文書をどうやって読み解いたかはわからないんです」


 異世界先輩は淡々とそう言った。


 ニカと宇津季が、異世界先輩と共に見た怪文書の貼り紙は、たしかにあの壁にあったはずなのに、もうどこにもなかった。


 そして件の怪文書は、事件が解決してからは校内に貼られることはなくなった。


 結局、怪文書の出所もわからなければ、それの解読方法もわからずじまいに終わった。


 ニカは解読方法については異世界先輩がはぐらかしている可能性もあるんじゃないかと思ったが、異世界先輩は本当にどうやって読み解いたのか、なぜ読み解けたのか自分でもわかっていない様子だった。


「でも不思議。被害者が拉致監禁されてから一日も経っていないのに、怪文書はそれよりも前から貼られていたんだから」


 「怪文書の書き手は超能力者?」などと言って、異世界先輩は首をひねっていた。


 ニカと宇津季は事件の結末にすっきりとしないものを感じなくもなかったが、異世界先輩がおおむねいつも通りの調子を取り戻しつつあるのを見て、内心で安堵した。

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