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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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思い出の部屋

 『思い出の部屋』……。「体感型展示会」を謳うその催しに行こうと誘ってきたのは異世界先輩からだった。


 断る理由のない宇津季と、特に予定のなかったニカ。それからいつも通り筒井筒を加えての四人で、休日を利用しその催しに向かうことになった。


 場所は、山間に位置する取り壊し予定の空きマンション。そのマンションひと棟を借り切って、その「体感型展示会」は開催されているという。


「――それで、『体感型展示会』ってなんなんですか?」

「マンションの部屋を回って部屋の住民のパーソナリティやなにがあったかを考察する……みたいな遊び方をする展示会?」

「お前もよくわかってねーのかよ」

「説明が難しいし、そもそもこういうのに参加するのって初めてなんだよね」


 件の「体感型展示会」が催されている、老朽化した空きマンションのエントランスに作られた待機列。予約を入れた段階であらかじめ来訪する時間は指定されているため、列に並ぶひとびとはそう多くはなかった。


 顔ぶれはぱっと見る限り、ニカたちとそう歳のころの変わらない、若者ばかりである。


「商店街とか、街歩きの企画でも謎解き要素を入れたものってあるでしょう? それのもっとコンパクトで、明確な答えがないバージョンっていうか……」

「……まあ、参加してみればわかるか」


 異世界先輩の説明がいつまで経っても空振りを続けるので、筒井筒はとうとうそんな風に話を〆てしまう。


「でも異世界先輩ってこういうのにも興味あるんですね。てっきりオカルトなことにしか興味がないのかと……」


 ニカは空気を読んで話題を変えた。


 そんなニカの話題に乗って、異世界先輩はけろっと言う。


「ここ、そういう設定とかじゃなくて、本物の事故物件も混じっているんだって」


 筒井筒が納得したというような表情と同時に、げんなりとした空気を漂わせる。


「えっと……もしかしなくても、ホラー系の展示なんですか……?」

「ジャンプスケア……お化け屋敷みたいにびっくりさせる要素はないって公式サイトに書いてたから、そんなに怖くないと思う」

「考察ってそういう……」


 宇津季の問いに、異世界先輩は生き生きとした顔で答えた。


 ニカはようやく、この催しに「体感型展示会」などと歯に物が挟まったかのような、いまいち説明になっていない名称がつけられているのかを理解し始めた。


「フェイクドキュメンタリーとか、モキュメンタリーとか、ああいうタイプの展示会なんだけど、そこに本物の事故物件が混じっているらしいって岩永(いわなが)さんたちが言ってた」


 岩永、とはたまに異世界先輩の口から出てくる、異世界先輩と同じくオカルトを愛する同好の志である。


 直接会ったことはなく、インターネットのフォーラムなどでしかやり取りをしていないらしいのだが、たまに単発のバイトを振ってくれるとは異世界先輩の言である。


 職業は編集者兼ライターだと聞いているが、ニカにはその話にどこまで信憑性があるのかは判断がついていない。


 異世界先輩はその岩永をそれなりに信用している様子なのだが。


「そういうことは先に言ってから誘えよな……」


 筒井筒が至極もっともなことを言ったが、異世界先輩はぺろっと舌でも出しそうな雰囲気で、反省した様子はない。


 そうこうしているうちにマンションのエントランスへ繋がる階段からぞろぞろと、前の時間帯に予約を入れていた客たちが降りて来た。


 展示会のスタッフが「一〇時三〇分にご予約のお客様ー」と、待機列から次の客の誘導を始める。


「お、順番が来たね」


 異世界先輩が先陣を切って待機列から出て行く姿勢を取ったので、それまでしていた話はうやむやになった。


「それでは一〇時五〇分までにお戻りくださいー」


 スタッフに送り出されて、客がそれぞれの階に散って行く。階ごとに展示物に差はないらしい。


「制限時間は二〇分か~」

「一階に何部屋あるんだ?」

「いや、全部は回れなくて、入れない部屋もあるみたい」

「それなら二〇分で全部回れますかね……」

「たぶん、そういう風に調整してあるだろ」


 なんだかんだと異世界先輩を除く三人も気持ちを切り替え、四人でやいのやいの言いつつ、運営側から割り当てられた階――六階へと向かった。


 最初に入れたのは六〇一号室。入ってみてわかったが、このマンションはワンルームマンションというやつで、ひと部屋はお世辞にも広いとは言えないものだった。


「なんか……ひとの気配、みたいなものを感じますね……」

「そういう演出なんだろうけど、他人の部屋に勝手に入ってる感あるな」


 抜け出してそのままに見える布団一式。小さなテーブルの上にはダイレクトメールにチラシ。飲みかけではなかったが、出してそのままにしておいたようなマグカップ。伏せられた写真立て……。


 それらは筒井筒が指摘するまでもなく、そのように見せかけるための小道具であったが、「他人の部屋に勝手に入っている」という印象を見るものに与えるのもまた、たしかだった。


 若干、戸惑う三人に対し、異世界先輩などは「お邪魔しますー」と言い、さっさと靴を脱いで上がってしまう。


 そういう展示会であるのだから、異世界先輩の姿勢は咎め立てられるものでは決してないのだが、ちょっとはためらって欲しさもなくもない。


「二〇分しかないんだから、さくさく行かなきゃ」


 異世界先輩の言葉に背を押されるようにして、残る三人も靴を脱いで部屋に上がった。



 *



 開かない部屋を過ぎたりつつ、じっくりと三部屋を見て回ったところで、一五分が経過していた。


「開くのはあとひと部屋くらいかな?」


 三部屋も見て回ると、なんとなくはこの催しの楽しみ方もわかってくる。


 四人であれこれと推理のようなものを披露し合いながら、六階のどん詰まり、エレベーター手前の部屋までやって来た。


「お、開くねー」


 異世界先輩が六〇八号室のドアノブを握る。鍵の手ごたえはなかったらしく、そのままノブをひねって、扉を押して開ける。


 その部屋は、子供部屋に見えた。


 シールが貼られた、年季の入った学習机。紙粘土で作られただろう、貯金箱のようなもの。ペールブルーのカーテンは窓をさえぎっている。カーペットの上にちょこんと置かれた小さなローテーブル……。


 これまではまさに独り身のワンルームといった体裁で統一されていたところへ、あからさまに子供部屋と言えそうな内装の部屋が出てきて、四人ともが虚を衝かれたようになる。


 ニカがちらりと先頭の異世界先輩の横顔を見やれば、珍しくおどろいた表情をしているのがわかった。


「ああ……ここ、たぶん――


 私の部屋だ」


 異世界先輩はそうつぶやいて、吸い込まれるように部屋へ入ろうと――した。


 しかしそれは叶わなかった。


 勢いよく玄関の扉が閉まったからだ。


 いや、正確には玄関の扉は、宇津季によって勢いよく閉められた。


 宇津季は強張った表情で、ドアノブを握っていた。


「あ、え? ちょ、ちょっと閉めないでよ~」

「いや、でも……」


 異世界先輩のゆるい抗議の声に、異世界先輩には甘い宇津季が戸惑いを見せた。


 その隙を突いて、異世界先輩は再度玄関扉を開けたが、その先に広がる景色は明らかに独り身のワンルームといったテイストを保っていた。


 学習机も、貯金箱もない。カーテンは開いていたし、色はペールブルーではなかった。


「あれ? あれ?」


 異世界先輩は目の前の光景が受け入れがたいとばかりに、何度か玄関扉を開閉させた。


 しかし、あの子供部屋が現れることは二度となかった。



 ……そのあと、時間が来たので筒井筒が異世界先輩の首根っこを引っ張り、エントランスホールへと戻った。


 異世界先輩はしばらくぼんやりとしていたものの、ニカが今回の催しの考察を投げかければ、元気よくぺらぺらと、妄想たくましく推理を披露し出した。


 あの子供部屋なんて見なかったとでもいうように。


 そんな態度を取られれば、三人ともあの子供部屋について、異世界先輩には尋ねられずじまいに終わった。

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