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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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邪相(3)

 商店が密集する地帯を北東に抜け、背の高いコンドミニアムなどもまばらになってきたところ。急な坂を上れば、葉が生い茂った木々に囲まれた邸宅が姿を現す。


 「御殿」などと大仰に呼ばれるのも納得の、豪奢な洋館だ。悪く言えば、成金趣味的な空気を感じなくもないデザインである。


 とは言えども放置されて久しいのか、白い壁は雨垂れのあとなどでやや薄汚れている。木ツタも壁に根を伸ばし、元気に繁茂していた。


 窓ガラスはところどころ割れていたが、筒井筒が言った「廃墟」という語が持つイメージに比べれば、まだ綺麗に元の姿を保っているようにニカには見えた。


 三人の中で一番背の高い宇津季よりも、さらに一.五倍は大きな黒い鉄柵の門の片方は、うなだれているかのように傾いていた。敷地内への侵入は容易そうである。


 三人はその門の前に並んで立ち、なんとはなしにお屋敷を見上げる。


「『立入禁止』とか書いてないから地元の人間とか、生徒が入りたい放題だって聞いてけど……マジみたいだな」

「あ、そういえば『私有地につき~』みたいな看板とかないですね」

「書いてないからって立ち入っていい理由にはならないけどな」


 ニカは再度、豪邸を見やる。


「たしかに広そうだし、肝試しとかにはうってつけなんでしょうね」

「ああ。うちの学園でも結構行くやつはいるな。バレたら当然反省文コースだが、なんかご利益があるとかいう噂もあるから、肝試し以外の理由で侵入するやつも多いらしい」

「ご利益……。逆にバチが当たりそうな気がしますけど」

「普通に考えるとそうなんだろうけどな――って美平!」


 ニカと筒井筒が話し込んでいる最中に、宇津季が大きな門扉の片側を押して、ずかずかと敷地内に入って行く。


 筒井筒はスマートフォンを取り出し恐らく異世界先輩に電話をかけたのだろうが、当然のように返答はないらしく、手間取っているあいだに宇津季は玄関ポーチにまで侵入していた。


 ニカは宇津季を放っておけず、止めるためにも「お邪魔します!」と小声で言ってから門扉を通る。


「おい、宇津季!」


 玄関ポーチまで駆けて行き、両開きの玄関扉の取っ手をつかんでいる宇津季の肩を叩く。


「話聞いてた?!」

「……異世界先輩がこんなところに『招かれた』なら危ない」

「いや、勝手に入ってるオレらも危ねーからな? 色々とさ」

「それはそうだけど。異世界先輩を捜さないと」

「あー、もう!」


 ニカはその印象ほどには思い切りがよくなく、慎重派だ。逆に宇津季は変なところで思い切りがいい……というか、良すぎる。


 またこれと決めたことには一直線で、融通がきかなく頑固な側面もある。


 今だってそうだ。宇津季の脳内を占めるのは、「異世界先輩を捜す」ということ。


 それが手に取るようにわかるニカは、わざと大きなため息をついた。


 しかしそれで動じるような宇津季ではない。ニカの目の前で宇津季はあっさりと玄関扉を開いてしまった。


「……鍵かかってない」

「……そーみたいね」


 そこに遅れて筒井筒が駆け寄ってきた。


「おい、勝手に入るなって。――おい、美平?!」

「あー……すいません。こうなった宇津季は止まらないので……」


 ニカに続いて筒井筒も大きなため息をついた。


 そんな空気を変えようと、ニカは筒井筒に異世界先輩と連絡は取れたのか問う。


「――いや、相変わらずぜんぜん出ねえ。さっきも『家のひと』が戻ってきたとかで途中で切られたし……」

「え? ……ここ、廃墟なんですよね?」

「……俺はそう聞いた」


 ニカと筒井筒のあいだに流れる空気など無視して、宇津季が「異世界先輩を捜しましょう」と言ってくる。


 ニカと筒井筒のため息が重なった。



 ……結局、三人で豪邸に不法侵入するはめになった。無論、犯罪である。


 しかしこの邸宅内に異世界先輩はいるらしい。この廃墟にしては綺麗だが、ひとが住んでいるようには見えない豪邸に「招待」されて、しかも「家のひと」にもてなしを受けているらしい。


「……異世界先輩だけ異世界に行ってるって話じゃないですよね?」

「どうだかな……」


 なんとはなしに、ニカも筒井筒も小声でやり取りする。


 宇津季は、ずんずんとよどみのない足取りで、珍しくニカたちの前を歩いていた。


 「占い御殿」の内部は、外観同様に「廃墟」という言葉の持つイメージに比べて綺麗なほうではあった。床が腐っている、ということもない。


 しかし床には埃と砂利が入り混じった汚れがこびりついていたし、壁にはお定まりのようにカラースプレーで落書きがなされている。


 それらを見れば、ここには住人がいないということがよくわかった。


 ひとつひとつ、扉を開けて中の部屋の様子を伺うが、異世界先輩の姿は見当たらない。


 いよいよ、本当に異世界先輩だけが異世界へ迷い込んでしまったのではないかとニカが思い始めたころ、ぼそぼそとどこからかくぐもった話し声が聞こえてきた。


 思わず、三人ともが足を止めて、その音の出所を探る。


「――向こうだ」


 宇津季が小さな声でつぶやいた。そしてまた迷いのない足取りで廊下を進んで行く。ニカと筒井筒はそれを追い、足音に気を払いながら、ぼそぼそとした話し声が聞こえてくる部屋へと向かった。



 三人は無言のまま、部屋の扉の前に立つ。低く、くぐもった話し声が扉越しに聞こえる。


 宇津季は扉に手のひらを触れさせたかと思うと、背を丸めて左耳を扉に当てるようにした。まったく、迷いのない動きだった。


「……異世界先輩、いる?」

「異世界先輩だと思う。……だれかと話しているみたいだけど、異世界先輩の声しか聞こえない」


 躊躇のない宇津季の動作に、付き合いの長いニカでも若干引きつつ、小声で問いを投げかけた。


 宇津季はそんなニカの様子などなんのその、扉の向こうの話し声に耳をかたむけて、やはり断定形ではないものの、部屋の中に異世界先輩がいると確信しているような声音で言う。


 そのとき、それまでぼそぼそとくぐもっていた声が、急にハッキリと聞こえた。


「――ええ。はい。それで……あなたも『邪相(じゃそう)の者』と――」


 それは間違いなく、異世界先輩の声だった。

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