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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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邪相(1)

 基本的に、学園に通う生徒は届け出なしにその敷地外へ出ることができない。全寮制で、生徒たちが暮らす寮が学園の敷地内にあるがゆえの、少々堅苦しいルールだった。


 とは言えどもよほどのことがなければその外出届が却下されることはない。


 ニカはそう聞いていたが、思えば入寮してから一度として学園の外に出ていないことに気づいた。


 入寮、そして入学してからしばらくは、これまでとは違う生活スケジュールに慣れなかったせいか、休日はベッドに寝転がって怠惰に過ごしていた。


 だが近ごろは寮での共同生活というものにも慣れてきて、それなりに余裕がある。


 ……つまるところニカは時間を持て余していた。


 ニカは自他共に認めるとおり、多くのひとよりも要領がいいほうだ。順応性が高いとも言い換えられる。


 対して、ニカの従兄弟でルームメイトのひとりでもある宇津季は、どちらかと言えば不器用な性質に類されるだろう。


 そんな宇津季も、多少なりとも寮生活に慣れが見え始めていた。つまり、入寮式からそこそこ時間が経過したということだ。


 宇津季は入学式あたりから続いた正体不明の痛みのために、ふもとにある街の医院を訪れていたので、学園の敷地外から出たことはある。


 外出届の用紙の在り処や書き方は、寮のオリエンテーションの際に先輩である筒井筒から教えてもらっていて、まだニカはそれを忘れ去ってはいなかった。


 出された課題はすべて手際よく終わらせていた週の、休日。外は薄ら青い空に淡い白い雲がかかる晴れ。


 学園のふもとに広がる古式ゆかしい街を散策するにはちょうどいい天候だと思うと、がぜん外出する気が高まってくる。


「出かけるのか?」


 寮の四人部屋にはニカ以外には宇津季しかいなかった。ちなみに一年生は四人部屋と決まっていて、二年生はふたり部屋、三年生は個室が与えられる。


 ニカが外出の支度をしていると音で気づいたのだろう。机に向かっていた宇津季がそう声をかけてくる。


「そ。思えば外出届というものを出したことがないことに気づいて」

「理由はよくわからないが……おれも出ようかな」

「なんか用事あんの?」

「靴下とか見たい。穴開いたし。購買でも一応買えるけど……」

「じゃ、いっしょに出るか」


 ニカの誘いに宇津季が「いいのか?」とは聞かないのは、従兄弟同士で幼馴染の腐れ縁ゆえであった。


 もし相手がさして親しくない相手であったり、たとえば先輩である筒井筒などであれば、宇津季は絶対にそんな問いを投げかけていただろう。しかしニカ相手ではそんなことをする必要性があるとは思っていないのだ。


 ニカも宇津季が同行することを、特に鬱陶しく思ったりはしない。なにせ物心つく前からの仲だ。変に遠慮をすることもないし、する必要性も感じない。


 宇津季が外出の支度をし始めたのを見て、ニカは届け出の用紙を二枚取りに向かった。




 学園のふもとに広がる街並みは古風であったが、なかなか風情があり、目に楽しい。


 おそろいの白い壁にレンガ色の屋根。整然と敷かれた石畳が美しいメインストリート。


 多くの学園が寄り集まり、「学園島」などと呼ばれるこの島で、もっとも栄えた街と言われているだけはある。


 ニカたちが通っている学園からのアクセスはいいので、恐らく同じ学園の生徒ともすでにすれ違っているだろう。ただ、当たり前だが街に出るときは私服に着替えているので、顔見知りでもなければそうとはわからない。


 ニカは特段目的はなかったので、宇津季について靴下を見にショップに立ち寄る。


 靴下を吊るした什器が店頭に置かれていたので、宇津季が高い背を丸めてじっくりと選び出した。


 ニカはわざと変な柄の靴下を手に取り、宇津季に勧めるという茶々入れをするなどしていたが――。


「あれ……異世界先輩?」


 しかめっ面でニカのほうを向いた宇津季の眉間のしわが、またたく間に取れた。


 そんな宇津季の視線の先へ、ニカも自然と顔を向ける。


 メインストリートの人ごみの中にあって、頭ひとつぶんほど突出した、背の高い男性の後ろ姿はすぐ目についた。


 異世界先輩はたしかに身長二メートル近くある。けれどもその後ろ姿となると、それを見せられただけで異世界先輩とは断言できない。長い付き合いであれば、後ろ姿だけでもなんとなくの雰囲気でわかったりするのだろうが……。


「異世界先輩……かあ? たしかにあんだけ背の高い人間はホイホイいないけど――」

「たぶん、異世界先輩」


 宇津季は慎重に「たぶん」とつけたものの、その口ぶりは人ごみの中を行く背の高い男性が異世界先輩だと確信を持っているようなものだった。


「声かけてみる?」


 宇津季は、異世界先輩に妙に懐いている。異世界先輩を前にすると、普段の消極的な部分がどこかへ行くこともざらだと、ニカはこれまでの経験からよくわかっていた。


 そう思って先回りするようにそんな提案をしたが、宇津季は悩ましい顔で首を左右に振った。


「邪魔したくない」

「えー、異世界先輩はそんなこと思わなさそうだけど」

「……異世界先輩がそう思わなくても、おれが思いそうだから」

「え~。まあたしかにここらへん歩いてるってことは、なんか用事があって街に来てるのかもだけど……」


 そんなやり取りをしているあいだに、異世界先輩は角を曲がって、メインストリートから外れてしまったので、姿が見えなくなった。


 ニカは「声くらいかけてもいいだろうに」と思いはしたものの、口には出さなかった。


 ……その後、宇津季が靴下を購入したので、本日の用事はまたたく間にすべて終わってしまった。


 ニカが同級生たちのあいだで評判の良いカフェに寄りたいと言えば、宇津季は黙ってうなずく。


 しかしメインストリートを歩き始めたところで、また人ごみの中によく見知った先輩の姿を見つけた。


 異世界先輩ではなく、同じ寮の先輩である筒井筒だ。


 筒井筒はせわしなく顔をあちらこちらへと向けていて、ひと目でだれかを捜しているのだろうと察せられる。


 ニカと宇津季は思わず顔を見合わせたあと、筒井筒のほうに向かって歩き出した。

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