婚葬(2)
異世界先輩はいつもの微笑を浮かべて、淡々と説明する。
「依頼人である生徒の、祖父母が暮らしていた地方の、すでに廃れた習俗なんだって。冥婚の一種らしいよ」
「冥婚?」
「死者と死者を結婚させる、あるいは死者と生者を結婚させるなどのことを指して、冥婚。この木の板に絵を描きつけるのもそう」
「なんでそんなことを……」
「色々言われているけれど、私が聞いたものではこの形式の冥婚を希望するのは亡くなった方の親御さんであることが多いとか。結婚って一般的に幸福なもののイメージがあるでしょう? 特に冥婚をする……というかさせられるのは、若くして未婚のままなくなった方が多いから、遺された親御さんの、亡くなった我が子の幸福な姿をせめて絵の中ででも見たい、というような願いから来ているものとか。そんなに起源が古い風習じゃないみたいだけど、もう廃れているんだね」
宇津季の問いに、異世界先輩は淀みなく答えた。
「……まあ結婚ってひと口に言っても色々あるからな」
「えーっと、じゃあこの板に描かれているのはもう亡くなられた方々で、それを生きている人間が勝手に結婚させて夫婦にした絵ってことですか?」
「ありていに言ってしまうとそうだね。――でも亡くなられているのは女性のほうだけだよ」
異世界先輩の返答を受けて、ニカは思わず木の板を見た。
やはり巧拙で言えば、稚拙な部類に入る絵だ。
けれども異世界先輩が説明したとおりであれば、絵に描かれた片割れ……女性のほうは故人だと言われると、なんだか哀悼の感情と同時に不気味さも湧いてこなくもない。
しかし、それ以上に気になったのは――。
「男性は……今も生きている、ってことですか?」
恐る恐るといった声で宇津季が聞けば、異世界先輩は意味深長な微笑を浮かべて「そうだよ」と言った。
「それが依頼人が『後ろめたい』理由でもある」
「……勝手に描いたのか?」
筒井筒の問いに、また異世界先輩は微笑んで「その通り」と言った。
「発端は依頼人の家に立て続けに不幸があったこと。依頼人のご家族はその原因を幼くして亡くなった依頼人の祖母の妹さんに求めた。供養がきちんとできていないんじゃないか、とね。それで祖母の一家が昔暮らしていた地方の習俗である冥婚をすることになった。けれども廃れて久しい習俗ゆえに、引き受けてくれる絵師の伝手もない。そこで依頼人にお鉢が回ってきた――ということなんだけれども」
「なんか、突っ込みどころがいくつもあるんだが……」
「そうだね。人間は不条理の塊だということで、とりあえず今は置いておいて」
「置いておいても腐らせるだけだろ」
筒井筒がそう辛辣に評したが、異世界先輩は動じた様子はない。
「依頼人はそこに、同級生の嫌なやつを描いた。本当は架空の男性を描く予定だったけれども、魔が差して自分の嫌いな人間を描いてしまったんだね」
「……実在する生きている人間を描くとまずかったりするんですか?」
「依頼人の祖父母が暮らしていた地方……というか集落では禁忌だったみたいだね。……ただ生きている人間を描いたからってなにか不幸が起こる、みたいな言い伝えはなかったみたい。単に縁起が悪いから避けられていたようだね。ほら、葬式は立て続けに起こるものだとか、葬式で死者が生者を『引っ張る』とか、そういった迷信はたくさんあるから」
「それで、その供養のために描いたはずの絵がなんでここに?」
「もしかして、ここに描かれた男性のほうになにかあったとか……?」
異世界先輩は絵が描かれた板切れに目線を落とす。
「あったから、依頼人は一度は寺に納めたこの板を持ち出してきたというわけ。ただ先に言っておくとここに描かれた生徒が大怪我をしただとか、亡くなったってことはないよ」
「もったいぶるな……」
「いや、私もなんと表現したらいいのか悩んでいて」
「でも、なにかはあったんですよね……?」
「そう、なんていうか……その生徒は依頼人曰く『すごく嫌なやつ』でね。火法の成績がいいのを鼻にかけて、『こんなこともできないのか』とか言ってきたり、だれかがなにか失敗すれば『そんなことも予測できなかったのか』とか言ってきたりするのが日常茶飯事なんだって」
「それは……」
「ヤなやつだな……」
「地味に嫌なタイプですね……」
依頼人の言葉が本当であれば、この絵に描かれた男性のほうは、一度に大きなダメージは与えてこないが、ちくちくと小さなダメージを継続して与えてくる人間なのだろう。近くにいたらなかなか参ってしまいそうな嫌なタイプだとニカは思った。
「だから、依頼人は憂さ晴らしのつもりで描いて、特にだれかに言ったこともなかったんだって。描いたあと実家から寮に戻っても、学校でその生徒が怪我をしたりだとかいう話を聞いたことがなかったから、『生きている人間を描いてはいけない』という禁忌も迷信だと思っていたんだけれど……」
異世界先輩はまた悩んだ様子で一度言葉を切ったが、すぐに続きを口にする。
「なんていうか、依頼人の言葉を借りると――その生徒は『嫌なやつ』から『いいやつ』になったんだって」
「……え?」
異世界先輩が告げた言葉が予想外のものだったので、自然と三人の口から同じ音が漏れた。
「『こんなこともできないのか』とか言わなくなって、積極的に人助けをして、人当たりもよくなって、火法の成績がいいことを鼻にかけた態度がなくなったんだって」
「それは――いいこと、なんじゃないのか?」
「そうだね。まったく心当たりがなければそう受け取るよね。実際、依頼人の同級生たちもそう受け取っているみたい」
「心当たり……。依頼人の方は、冥婚の絵が、その生徒の豹変の原因だと思っているってことですか……?」
「それを『後ろめたく』思って依頼してきたって? さすがに考えすぎじゃ――」
「うん。私もそう言ったんだけれどね。依頼人曰く、その生徒は学園を辞めるつもりなんだって。理由は、『妻と結婚するから』」
筒井筒はため息に似た呼気を吐いた。
ニカはもう一度板切れに描きつけられた、決して「上手い」とは言えない絵を見る。
礼服に身を包んだ男女――夫婦に仕立て上げられたふたりが、なんとも言えない表情で並んで立っている。
そして片方は今もこの世にいる、生きている人間だが、もう片方はすでにこの世にはいない、死者だ。
「――そういうわけで、今回のご依頼は『この木の板を燃やして欲しい』だよ。みんな、よろしく頼むね!」




