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黒芙蓉寮の異世界先輩  作者: やなぎ怜


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不味くなるサロン(4)

 ニカからすれば、宇津季は決して鈍感でも悪人でもないのだが、外から見るとそう取られることも多い。


 宇津季は感情表現がヘタクソで、他人のことを過度に怖がっているところがあるから、そっけない態度に見える言動を取ってしまうこともある。


 ニカからすれば、宇津季はそんな不器用な自分に対しあきらめを持っているように見えた。


 けれど今は――異世界先輩を思い、普段の宇津季であれば胸に仕舞って口にはしないだろうことを、言葉にした。


 ニカはちょっと感動した。ニカと宇津季は従兄弟同士で、幼馴染の腐れ縁というやつだったが、今のニカは完全に兄貴分か保護者の気持ちで宇津季を見ていた。


 一瞬、静まり返った場に次の言葉を落としたのは、筒井筒だった。


「そうだな。なんかそういう無関心さが嫌だって言う美平の気持ちは、わからなくもない」


 ニカは完全に言うことがなくなったので、ちらりと当人である異世界先輩に目をやった。


 どこかしんみりとした空気の中、異世界先輩はいつもの微笑を浮かべて――なぜか固まっていた。


「異世界先輩?」


 不審に思ったニカが異世界先輩の名を呼ぶが、その言葉尻は異世界先輩の声にかき消された。


「いるっ!!!」

「は、はあ? なにが……?」


 筒井筒の疑問に答えず、異世界先輩はアンティークのチェアから勢いよく立ち上がると、切り分けられたチーズタルトの載った紙皿を持ち、それを高々と頭上へ掲げた。


 突然の異世界先輩の奇行に、ニカはもちろん宇津季も筒井筒も呆気に取られ、異世界先輩の頭上に掲げられたチーズタルトに自然と視線が集まった。


「いる! 今めちゃくちゃみんなのチーズタルトを食べてる!」

「だから! なにが?! なんの話だよ!」

「なんか丸くて灰色がかった白くて口の大きな化け物がすごい勢いでみんなのチーズタルトを食べてるような仕草をしてる!!!」


 今度は三人の視線が今度は下へ、それぞれ切り分けられたチーズタルトへと向かった。


 平素であればオカルトな事象を前にすれば興奮して突撃するような異世界先輩であったが、どうやら今回は勝手が違うらしい。


 チーズタルトの載った紙皿を頭上へと掲げたまま、半泣きで


「クチャラーだし! 最悪だよ! もうっ!」


 と叫んでいた。


 ニカは混乱しながらも一周回って冷静に「クチャラーは最悪だな……」と思った。


 宇津季も動揺に視線を泳がせながら「それは最悪ですね……」と異世界先輩の言葉に同意している。


「燃やして欲しい!」

「……俺たちには見えてないからヘンピトじゃないだろうし、そもそも火法は室内で使うものじゃない」

「つっくんのバカ!」

「はあ?!」


 筒井筒をけなす異世界先輩の姿は、いつもよりもなんだか子供っぽく見えた。


 いや、いつものオカルトを前に興奮したり突撃したりする様は十二分に子供っぽいだろうが、一人称は「私」だし、オカルトが絡まなければどこか大人びたしゃべり方だったように思う。


 ――もしかしてこれが「素」ってやつなんだろうか……?


 単に混乱して子供っぽいしゃべり方になっているだけという可能性はある。


 しかし、もしもこれが異世界先輩のありのままの姿だとして、普段はああして気取った態度を取っているのだとしたら、このひとつ上の先輩には可愛いところもあるのだなとニカは思った。


「うああ……チーズタルトが、クッキーが……クチャラーに食べ尽くされて行く……食べ尽くし系だ……」


 異世界先輩の嘆きの声は止まらないが、いかんせん他の三人にはなにも見えていない。


 いつの間にやら異世界先輩は靴を脱いでチェアの上に立ち、己のチーズタルトを死守しようと頑張っている。


 ……やがて異世界先輩にだけ見えていた「化け物」は去ったらしい。「ようやくいなくなった……」と言って、しおしおに萎びれた異世界先輩がようやくチェアから降りてきたところで、筒井筒は己が作ったチーズタルトを口にした。


 ニカは異世界先輩の言う「化け物」の実在に対して半信半疑だったが、あれだけ異世界先輩が騒いだあとにチーズタルトを食べられる筒井筒の胆力にはぎょっとした。


 チーズタルトを食べた筒井筒は、不可解と言いたげな表情を作り、眉根を寄せる。


「んー……? なんかパッサパサになってるし、味がなくなってるな……」

「え? マジっすか……」

「……あの化け物が食べて行った食べ物は味がしなくなる――つまり、『不味くなる』。……このサロンで起こる怪奇現象はこういう仕組みだったんだね……」


 異世界先輩はいつもより力のない声でそう結論づけた。


「その『化け物』は食べてたけど、実際にものが消えるわけじゃないのはどういう理屈なんですかね……?」

「……お仏壇とかに供えた食べ物でもそういう現象が起こる、みたいな話を読んだことがあるよ。その場合、故人の霊といった超常的な存在が食べたからだと解釈されることもある……。このサロンで起こった現象も、そういう解釈ができるんじゃないかな」


 異世界先輩は饒舌にしゃべったものの、やはり常より声に覇気がない。


「はあ……チーズタルトは一切れだけ死守できたけど……クッキーも食べ尽くされてしまった……」

「……えっと、また作りますよ、クッキー」


 明らかに萎びれている異世界先輩を励ますように宇津季がそう言う。


 筒井筒もそれに続いて、


「また作れるんだからそんなしおしおしてんなよ」


 と、からっとした声で言った。


 異世界先輩はそれで多少持ち直したのだろう、「ありがとう。また今度食べたいな~」といつものノリで微笑んだ。


 そんな異世界先輩の言葉に、まんざらでもない顔をする宇津季と筒井筒を見て、ニカは「ふたりともチョロすぎじゃん……」などと思ったが、口にも顔にも出しはしなかった。



 ……なお、「不味くなった」チーズタルトのうちフォークをつけていたものは三人とも無理やり胃に入れたが、残りとクッキーは赤百合寮の事情を知らない、とりあえずなんでもいいから胃に入れたい、育ち盛り食べ盛りの寮生たちに下げ渡された。

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