不味くなるサロン(2)
ニカはその場の流れで超常現象探求サークルへの入会を決めた。「他のサークルに入ってもいい」という異世界先輩の言葉もあったので、特に深く考えずに入会用紙に名前を書いた。
間違っても、宇津季みたいに……なんというか、しっかりとしたというか、重い感情があって入会を決めたわけではない。
異世界先輩はそんなニカの本音を知ってか知らずか、大部分は正式なサークルとして設立できる条件を満たした喜びが大きいのだろう、二枚の入会用紙を受け取ったその場で「歓迎会をしたい」と言い出した。
「学内で借りられるサロンで歓迎会。まあなんかテキトーに食べ物を持ち寄っておしゃべりするだけ。いいでしょう?」
異世界先輩はちらりどころか、がっつりと筒井筒を見た。
筒井筒はそんな異世界先輩の顔を見て、軽くため息をつく。
「どうせ俺に全部準備させるつもりだろ」
「チーズタルト食べたい」
「……材料代はお前が出せよな」
「それくらいはするよ。よろしく!」
……単に世話焼きなだけだと思っていた筒井筒は、もしかしたら異世界先輩には特別甘いのかもしれない。
筒井筒は家庭料理サークルに所属しているらしい。異世界先輩はその腕前を見越してというよりも、完全にその成果物目的で歓迎会を開きたいのかもしれない……。
と、ニカは邪推したのだが、筒井筒の本心はともかく、どうやら異世界先輩の真の目的はそれではないようだ。
「学内サロンには入ったことある?」
「いえ……」
「あそこって予約しておかないと使えないんですよね? それに、一年生にはハードル高いですよ」
「あは、そうかも。でもサロンの中には不人気な場所もあってね」
ニカには、異世界先輩が次に話す言葉がありありとわかった。
「――いわゆる、曰くつきってやつ」
「……呪われるとか、幽霊が出るとか?」
「そのふたつだと『呪われる』が近いのかな? そのサロンで飲食をすると不味く感じるって噂があるんだ」
ニカは正直拍子抜けしなかったかと問われると、ちょっとそういう気持ちになったことは否めない。
隣に座る宇津季も、目をぱちくりとさせている。
異世界先輩がしてくれた噂話は筒井筒も知っているらしい。異世界先輩の言葉に続けて、こんな話をしてくれた。
「……サロンですることって言えばおしゃべりとか、グループワークのために予約取るやつもいるけど、飲み食いのうち食べるのはともかくなにも飲まずに長時間しゃべったり作業したりってのはまあないだろ? で、その部屋で口に入れたものは不味く感じるってんで不人気なんだと」
「……どういう理屈なんですかね?」
筒井筒の説明にニカがそう返すと、異世界先輩はしたり顔でこう言った。
「だからそれを調べに行くんだよ。超常現象探求サークルとしてね!」
……学内施設であるサロンは、学園に籍を置く者であればだれでも自由に使うことができるが、先にニカが言ったとおり予約制ということもあり、一年生が利用するのにはハードルが高いという印象がある。
しかし異世界先輩や筒井筒の言った通り、件のサロンは不人気らしく、利用申請はあっさりと通り、異世界先輩から「歓迎会は明日」という連絡がチャットアプリのグループルームに投下された。
「お菓子、作るんですか」
ニカたちが暮らす、赤百合寮のキッチン。……といっても何十人もいる寮生の腹を満たすためのキッチンとは別の、寮生たちが自由に出入りして使える、そう広くないキッチン。
そこにエプロンをつけた筒井筒と宇津季がいる。ふたりとも――ニカにとっては悔しいことに――ニカよりも背が高いので、広くはないキッチンが余計に狭く見える。
ニカは筒井筒と、珍しくやる気に満ち溢れた宇津季を交互に見やり、先ほどのセリフを言わざるを得なかった。
「チーズタルトとクッキーと、当日にはピーナッツサンドでも持って行くつもりだ」
「実験だし、不味くなるんじゃ……」
「まあそういうことになるんだけど……材料費はあいつが出すし」
「飲食物が不味く感じられるサロン」の噂をニカは話半分に聞いていたが、今の返事から、筒井筒のほうは案外とそうでもないような感触があった。
そうであれば美味しく作ったものが不味くなってしまう場所に持って行くものなんて、購買で買った市販品の菓子類でいいんじゃないかとニカは思うのだが、筒井筒は異世界先輩の「お願い」を断れないらしい。
――やっぱ弱みでも握られているんじゃ……。
……あるいは、「惚れた弱み」というやつなのかもしれない。
「ニカも作るか?」
「いや、キッチンふたりいるだけでぎゅうぎゅうだし、お菓子作るのは頼みます」
宇津季の問い、というか誘いにニカは即、当たり障りのない断りの言葉を口にした。
社交辞令の「頼みます」というニカの言葉に、筒井筒は「任せとけ」と言ってからりと笑った。筒井筒が学年問わず頼りにされたり、慕われたりしているのは、こういった気性にあるのだろう。
ニカは筒井筒のようになりたいとは思わなかったので、菓子作りはふたりに任せて寮の相部屋へと帰ることにした。




