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初恋の相手が忘れられないと婚約破棄されたら、心の声が聞こえる様になったので、相手を探してあげることにした。  作者: 四宮 あおい


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8/10

心の声がもたらす苦悩

 真実を暴露する日が近づいていた。


 アネットは、王宮での晩餐会を舞台に選んだ。社交界の主要人物が集まる場で、証拠を提示する。それが、最も効果的な方法だった。


 だが、その準備を進める中で、アネットは深い疲労を感じていた。


 心の声を聞く能力。それは、想像以上に彼女を消耗させていた。



 ~~~ 



 ある日の午後。アネットは社交界の茶会に参加していた。


 表面上は、優雅な会話が交わされている。令嬢たちは笑顔を浮かべ、お互いを褒め称えている。


 だが、心の声は違った。


『あの子の新しいドレス、趣味が悪いわ。でも褒めておけば、後で利用できるかもしれない』


『公爵令嬢、婚約破棄されてからおかしくなったわね。最近、目つきが怖いもの』


『ニーナ嬢が侯爵様と交際してるなんて、羨ましいわ。どうせ体を使ったんでしょう。清純ぶって』


 嫉妬、見下し、打算。


 心の声は、醜い感情で満ちていた。


 アネットは、それを一つ一つ聞きながら、完璧な笑顔を保ち続けた。


(……もう、限界ですわ。人の本音を聞き続けるのは、こんなにも辛いことだったなんて)


 茶会が終わり、アネットは屋敷に戻った。


 自室に入ると、彼女は初めて仮面を脱いだ。


 疲労が、どっと押し寄せてきた。


 ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。


「わたくし……、どうしてこんなことに……」


 心の声を聞く能力は、呪いだった。


 人々の表の顔と、裏の本音。その落差を知ることは、世界を色褪せたものにした。


 誰も信じられない。誰もが偽善者に見える。


 いや、それは違う。人間は複雑なのだ。善と悪、両方を持っている。それは当然のことだ。


 だが、それを直接聞き続けることは、精神を蝕む。


 アネットは、涙が溢れそうになるのを堪えた。


(泣いてはいけませんわ。わたくしは公爵令嬢。完璧でいなければ……)


 その時、父の声が聞こえた。


 廊下を歩いているのだろう。使用人と話している。


「アネットの様子は、どうだ?」


「お嬢様は、お元気そうに見えます。でも……」


「でも?」


「最近、お部屋に籠もられることが多くて。少し心配です」


 父の心の声が聞こえた。


『アネットは強い子だ。でも、強すぎるのも問題だ。本当は、もっと頼ってほしい。でも、僕は父として、公爵として、彼女に多くを求めすぎたかもしれない……』


 アネットは、驚いた。


 父の心の声には、後悔があった。娘への愛情と、同時に自責の念。


『婚約破棄の後、アネットはさらに強くなった。でも、それは本当の強さなのか? 無理をしているだけではないのか? 僕は……、娘の本当の気持ちを、理解できているのだろうか』


 アネットは、涙が溢れるのを止められなかった。


 父も、自分のことを心配してくれていた。不器用ながらも、愛してくれていた。


(お父様……、わたくし、貴方の娘で良かったですわ)


 だが、その安堵も束の間だった。


 侍女のマリーが部屋に入ってきた。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


「ありがとう、マリー」


 アネットは涙を拭い、笑顔を作った。


 だが、マリーの心の声が聞こえた。


『お嬢様、泣いていらしたのね。やっぱり、無理をされている。でも、私には何もできない。ただ、美味しいお茶を淹れることしか……』


 マリーの心の声は、優しかった。純粋に、アネットのことを心配している。


 アネットは、そんな人々がいることに、救われた。


 打算的な人間ばかりではない。優しい人々も、確かにいる。


 だが、それでも、心の声を聞き続けることは辛かった。



 ~~~ 



 翌日、アンドレイが訪ねてきた。


 アネットの様子を見た彼は、すぐに異変に気づいた。


「アネット様、お顔の色が優れません。大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫ですわ。少し疲れているだけですの」


 だが、アンドレイの心の声は、深く心配していた。


『嘘だ。彼女は疲弊している。何かが、彼女を追い詰めている。でも、何を? 僕には……、彼女の本当の苦しみが分からない』


 アネットは、アンドレイに本当のことを話したかった。


 心の声が聞こえること。それがどれだけ辛いことか。


 だが、言えなかった。


 この能力は、誰にも知られてはいけない。秘密にしなければならない。


「アンドレイ様、わたくしは本当に大丈夫ですわ。ご心配なく」


 アネットは、完璧な笑顔を作った。


 だが、その笑顔は、以前よりも脆く見えた。


 アンドレイは、何も言わずにアネットの手を取った。


「アネット様、貴女は一人ではありません。僕がいます」


『この人を守りたい。でも、どうすればいいのか分からない。彼女が抱えている苦しみが、何なのか分からない。でも……、せめて、側にいたい』


 アネットは、アンドレイの温かさに涙が出そうになった。


「ありがとうございます……」


 その時、アネットは決意した。


 もう、限界だ。早く、この計画を終わらせなければならない。


 ニーナの本性を暴き、ハインツに真実を見せる。そして、この苦しみから解放されたい。


「アンドレイ様、晩餐会の準備を進めましょう。もう、待てませんわ」


「分かりました」


 アンドレイは力強く頷いた。



 ~~~ 



 だが、その夜。


 アネットは、予想外の心の声を聞くことになった。


 屋敷の庭を散歩していた時、庭師が何かを呟いているのが聞こえた。


「お嬢様、最近元気がないな。あの婚約破棄のせいだろう。若いのに、可哀想に」


 そして、彼の心の声。


『お嬢様は、昔から完璧だった。でも、完璧すぎて、息苦しそうだった。婚約破棄は不幸だが、もしかしたら……、これをきっかけに、本当の自分を見つけられるかもしれない』


 アネットは、立ち止まった。


 本当の自分。


 それは、何だろう。


 完璧な令嬢としての自分。それは、本当の自分なのか。


 それとも、心の声を聞くようになってから変わった、冷たく計算高い自分が、本当の自分なのか。


 アネットは、分からなくなっていた。


 自分が何者なのか。何を求めているのか。


(わたくしは……、誰なのかしら)


 月明かりの下、アネットは一人立ち尽くしていた。


 心の声を聞く能力は、彼女に真実を見せた。だが同時に、自分自身を見失わせてもいた。




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