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初恋の相手が忘れられないと婚約破棄されたら、心の声が聞こえる様になったので、相手を探してあげることにした。  作者: 四宮 あおい


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優雅なる再会

 それから一週間。


 アネットとアンドレイは、密かに調査を進めていた。


 アンドレイは騎士団のネットワークを使い、ニーナの行動を追跡した。そして、決定的な事実を掴んだ。


 ニーナには、確かに恋人がいた。


 名前はダニエル。王都の商人の息子で、平民だが裕福な家の出身。彼とニーナは、三年前から密かに交際していた。


 二人は週に二度、王都の郊外にある小さな宿で密会していた。そこでの会話を、アンドレイは部下を使って記録させた。


 その内容は、衝撃的だった。


『ダニエル、もう少しだけ待って。私、侯爵家に嫁ぐことになるかもしれないの』


『侯爵家? どういうことだよ、ニーナ』


『十年前、ある男の子に傘を貸したの。その子が侯爵の息子だったのよ。今でも私のことを探しているらしいわ』


『それで、お前はその男と結婚するつもりか?』


『当然よ。こんなチャンス、逃すわけにはいかないわ。でも、愛しているのは貴方だけよ、ダニエル』


『俺のことは……、どうするんだ?』


『決まっているでしょう。侯爵様と結婚しても、貴方との関係は続けるわ。侯爵家の金で、私たち二人は幸せになれるのよ』


 記録を読んだアネットは、怒りで震えた。


(……こんな、こんな女性に! ハインツ様は、こんな女性に騙されようとしているんですの!?)


 だが、怒りと同時に、冷静な部分もあった。


 これは完璧な証拠だ。ニーナの本性を暴くには十分すぎるほどの証拠。


「アンドレイ様、素晴らしいお仕事ですわ」


 アネットは記録を手に、アンドレイに微笑んだ。


「いえ、当然のことです」


 アンドレイは厳しい表情で答えた。


『こんな女に、ハインツが騙されるなんて。絶対に阻止する。そして、アネット様の名誉も守る』


 アンドレイの心の声は、怒りと決意に満ちていた。


「では、次の段階に進みましょう。ハインツ様と、ニーナを引き合わせますわ」


「しかし、それでは……」


「ええ。ハインツ様は、一度初恋の人に会うでしょう。そして、騙されかけるでしょう。でも、その後でわたくしが真実を暴く。その方が、彼も納得するはずですわ」


 アネットの計画は、冷酷だった。


 ハインツに希望を抱かせ、そして絶望させる。だが、それが必要だった。彼が幻想から目覚めるためには。


 アンドレイは少し躊躇したが、最終的には頷いた。


「分かりました。アネット様のお考えに従います」


『これは残酷な方法だ。でも、ハインツには必要なことなのかもしれない。そして……、アネット様も、これで前に進めるのかもしれない』



 ~~~ 



 三日後。王宮での園遊会。


 初夏の陽光が眩しく、貴族たちが優雅に談笑している。


 アネットは、この場にニーナとハインツを招待していた。二人とも、互いが来ることは知らない。


 アネットはニーナには「良縁をご紹介したい」と伝え、ハインツには「大切なお話がある」と伝えていた。


 園遊会が始まって一時間。


 アネットは、計画を実行に移した。


 まず、ニーナを見つけた。彼女は白いドレスを着て、儚げな笑顔を浮かべていた。


「ニーナ様、お待ちしておりましたわ」


「アネット様、お招きいただきありがとうございます。良縁とは……?」


 ニーナの目が、期待に輝いていた。


 アネットは優雅に微笑んだ。


「ええ。実は、十年前に貴女が傘を貸して差し上げた方をお連れしたいと思いまして」


 ニーナの表情が、一瞬だけ驚愕に変わった。だが、すぐに儚げな微笑みに戻った。


「まあ……、本当ですの?」


『来た! ついに来たわ! 侯爵様との運命の再会! 完璧に演じなきゃ。清純で、優しくて、控えめな初恋の人を!』


 アネットは心の声を聞きながら、内心で冷笑した。


(さあ、貴女の演技力、見せていただきますわ)


 アネットはニーナを連れて、園遊会の中央へと向かった。そこには、ハインツが立っていた。


 金髪碧眼の美しい青年。彼はアネットを見つけると、近づいてきた。


「アネット、大切な話とは……」


 その時、ハインツの目がニーナを捉えた。


 薄い金髪。儚げな美少女。


 ハインツの表情が、凍りついた。


「まさか……、君は……」


 アネットは優雅に二人の間に立ち、紹介した。


「ハインツ様、こちらがニーナ・フォン・グラヴナー様。十年前、王都の夏祭りで、雨の中迷子になっていた男の子に傘を貸して差し上げた方ですわ」


 ハインツの目が、大きく見開かれた。


「君が……、あの時の……!」


 ニーナは完璧に驚いた表情を作った。


「まさか……、もしかして、あの時の……?」


 彼女は儚げに微笑み、少し涙ぐんだ。


「あの時の男の子……、貴方だったのですか」


『よし、完璧。涙も出た。これで彼は完全に落ちる。初恋の再会、感動的でしょう? さあ、私を理想の女性として見なさい!』


 ハインツは感動に震えていた。


「君なんだ……、ずっと、ずっと探していた。あの日の優しさを、僕は一度も忘れたことがない」


 彼は一歩、ニーナに近づいた。


「名前を教えてください。君の名前を」


「ニーナですわ。ニーナ・フォン・グラヴナー」


「ニーナ……、美しい名前だ。まるで君のような」


 ハインツの心の声が聞こえた。


『ああ、会えた。ついに会えた。彼女だ。間違いない。あの日の温かさを持った人だ。こんなに美しくて、優しそうで……、運命だ。これは運命なんだ』


 アネットは、その光景を冷静に見つめていた。


 ハインツは完全に騙されている。ニーナの演技を、真実だと信じている。


 そして、ニーナの心の声は、醜悪だった。


『ちょろい! 本当にちょろい! こんな簡単に騙されるなんて、信じられないわ! 馬鹿な男ね。でも、そのおかげで私は侯爵夫人になれる。ありがとう、馬鹿な侯爵様!』


 アネットは、怒りを押し殺した。


(まだですわ。まだ時ではありませんわ。もう少し、もう少し証拠を集めて……)


 二人は、まるで運命の再会を果たした恋人たちのように、見つめ合っていた。


 周囲の貴族たちも、その様子に気づき始めた。ざわめきが広がる。


「侯爵様と、あの男爵令嬢……?」


「まるで運命の恋のようだわ」


「でも、侯爵様は公爵令嬢と婚約していたのでは……」


 アネットは、その全てを聞いていた。


 そして、優雅に微笑んだ。


「皆様、素晴らしい再会の瞬間に立ち会えて、わたくしも嬉しいですわ」


 彼女の声は、会場に響いた。


「ハインツ様の長年の想いが、ついに叶いましたのね。おめでとうございます」


 ハインツは、ハッとした表情でアネットを見た。


「アネット……、君が……」


「ええ、わたくしが探して差し上げましたの。貴方の幸せのために」


 アネットの笑顔は、完璧だった。


 だが、その目の奥には、冷たい光が宿っていた。


『さあ、劇の第一幕は終わりましたわ。次は第二幕。貴方たちの虚飾を、全て剥ぎ取って差し上げます』




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