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初恋の相手が忘れられないと婚約破棄されたら、心の声が聞こえる様になったので、相手を探してあげることにした。  作者: 四宮 あおい


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3/10

探索の始まり

 調査開始から一週間。


 アネットの書斎には、数十枚の書類が積み上げられていた。十年前の王都夏祭りに参加していた貴族家の記録、該当する年齢の令嬢のリスト、そして社交界での評判をまとめた資料。


 公爵家の情報網は優秀だった。アネットが「社交界の友人を増やしたい」という名目で調査を依頼すると、使用人たちは喜々として情報を集めてきた。


『お嬢様、婚約破棄の後で気落ちされているかと思ったけど、お元気そうで良かったわ』


『新しい縁談のために人脈を広げようとしているのね。さすがお嬢様、前向きだわ』


 使用人たちの心の声が聞こえる。彼らは皆、アネットの行動を好意的に解釈していた。まさか、元婚約者の初恋相手を探すためだとは、誰も思わないだろう。


 リストには二十七名の令嬢の名前があった。十年前の夏祭りに参加し、現在十六歳から二十歳の間で、男爵家または子爵家に属する、薄い金髪を持つ令嬢たち。


 二十七名。決して少なくない数だ。だが、アネットには切り札があった。心の声を聞く能力。一人ずつ会って、心の声を聞けば、真実が分かる。


(さて、まずは誰から始めましょうか……)


 アネットはリストに目を通した。そして、最初の標的を選んだ。


 子爵令嬢エミリア。社交界では控えめな性格で知られる、十八歳の令嬢だ。


 彼女に茶会の招待状を送った。公爵令嬢からの招待を断る者はいない。案の定、翌日には承諾の返事が届いた。



 〜〜〜 



 茶会は、ホーエンベルク公爵家の庭園で行われた。初夏の陽光が眩しく、薔薇が美しく咲き誇っている。


 エミリアは時間通りに現れた。薄い金髪を三つ編みにした、儚げな印象の少女だった。彼女はアネットを見ると、深々とお辞儀をした。


「アネット様、お招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、来てくださってありがとうございますわ、エミリア様」


 二人は優雅にテーブルに着いた。使用人が紅茶を注ぐ。


 アネットは能力を集中させた。エミリアの心の声を聞くために。


「エミリア様、お元気でしたか?」


「はい、おかげさまで。それより、アネット様こそ……、その、大変でしたわね」


 エミリアは気遣わしげに言った。婚約破棄のことを指しているのだろう。


 その時、エミリアの心の声が聞こえた。


『公爵令嬢と二人きりで話すなんて緊張する。私なんかが相手で大丈夫かしら。でも、アネット様、お辛いだろうな。婚約破棄なんて……、私だったら立ち直れない』


 アネットは内心で安堵した。エミリアの心の声には打算がなかった。純粋に心配してくれている。


 会話を続けながら、アネットは巧みに十年前の夏祭りの話題に持っていった。


「――そういえば、十年前の王都の夏祭り、覚えていらっしゃいますか?」


「十年前……? ああ、確か参加しましたわ。でも、幼かったのであまり覚えていませんの」


『十年前なんて、もう記憶が曖昧だわ。確か迷子になって泣いていた気がする。恥ずかしい思い出だわ』


 エミリアの心の声は正直だった。彼女は傘を差し出したような記憶がないようだ。


 アネットは内心で首を振った。


(この方は違いますわね。次へ参りましょう)


 その後も会話を続け、優雅に茶会を終えた。エミリアは本当に善良な令嬢だった。だが、探している人物ではなかった。



 〜〜〜 



 それから三週間。


 アネットは次々と該当する令嬢たちに会っていった。茶会、舞踏会、園遊会。あらゆる社交の場を利用して、一人ずつ心の声を聞いた。


 そして、その過程でアネットは様々な人間の本音を聞くことになった。


 男爵令嬢マリア。表面上は親しげに笑いながら。


「アネット様、お元気そうで何よりですわ!」


『公爵令嬢と親しくなれば、うちの商会も安泰だわ。今のうちにゴマすっておこう! 婚約破棄されて弱ってる今がチャンスね』


 アネットは完璧な笑顔を保ちながら、内心で呟いた。


(この方、心の声が生々しすぎますわ……「ゴマをすって」「チャンス」って、もう少しオブラートに包んでくださいまし)


 子爵令嬢ソフィア。心配そうな顔で慰めながら。


「アネット様、お辛いでしょうけど、きっと良いご縁がありますわ」


『あの娘、婚約破棄されたのに余裕ね。きっと他に良い縁談があるんだわ。公爵令嬢は違うわね。私も早く良い縁談を見つけないと。あと二年で二十歳……、焦るわ』


 アネットは内心でツッコミを入れた。


(ソフィア様、慰めながら自分の縁談の心配をしていますわ! しかも「あと二年で二十歳、焦る」って、わたくしの前で考えることですの!?)


 伯爵令嬢イザベラ。同情的に微笑みながら。


「アネット様、貴女は強い方ですわね。私なら耐えられませんわ」


『可哀想に……、完璧に見えても、捨てられるときは捨てられるのね。明日は我が身かしら。でも、私は大丈夫。私の婚約者はもっと誠実だもの。ハインツ様より、ずっと』


 アネットは紅茶を飲みながら思った。


(イザベラ様、表面では同情しているのに、内心では優越感に浸っていますわね。「私の婚約者はもっと誠実」って……、まあ、実際そうかもしれませんけど)


 そして、極めつけは男爵令嬢シャルロッテだった。


「アネット様! お久しぶりですわ!」


 シャルロッテは満面の笑みで近づいてきた。


『やった! ついに公爵令嬢と親しくなるチャンス! 彼女が弱っている今なら、友達になれるかも! そうすれば私の社交界でのランクも上がるわ!』


 アネットは優雅に微笑んだ。


「シャルロッテ様、お元気そうで何よりですわ」


「ええ、おかげさまで! アネット様こそ、お元気そうで安心しましたわ!」


『本当は落ち込んでると思ってたのに、意外と元気ね。まあいいわ。ここで優しくしておけば、きっと感謝されるはず!』


 アネットは内心で深くため息をついた。


(シャルロッテ様、心の声が計算高すぎますわ……、完全に「ランクアップのチャンス」としか思っていませんのね。表情は完璧な友情なのに)


 会話を続けながら、アネットは十年前の夏祭りの話題を振った。


「そういえば、十年前の夏祭り、いらっしゃいましたか?」


「ええ、参加しましたわ! 楽しかったですわね」


『十年前? 覚えてないわ。でも適当に合わせておこう』


 アネットは内心で呆れた。


(この方、完全に覚えていませんわね。しかも「適当に合わせる」って、心の声で自白していますわ)


 結論、シャルロッテは対象外。


 そして、この日の夕方。


 アネットは書斎で、今までの調査結果をまとめていた。


「えーと、二十七名中、すでに十五名を調査済み。該当者……、ゼロ」


 彼女は額に手を当てた。


(このペースだと、全員調査するのにあと一ヶ月はかかりますわね。しかも、心の声を聞くのは精神的に疲れますの……)


 アネットはリストを眺めながら、ため息をついた。


 そして、ふと思った。


(でも……、この能力のおかげで、社交界の真実を知ることができましたわ。表面的な友情なんて、本当に存在しないのかもしれませんわね)


 その時、ドアがノックされた。


「お嬢様、お茶をお持ちしましたわ」


 侍女のマリーが入ってきた。


「ありがとう、マリー」


『お嬢様、最近お疲れのご様子。でも、以前より生き生きしているような……、何か目的ができたのかしら。それなら良かった』


 アネットはマリーの心の声を聞いて、少し微笑んだ。

(マリーの心の声は、いつも純粋ですわね。打算がない。こういう人もいるのですわ)


「マリー、貴女がいてくれて助かりますわ」


「お嬢様?」


「いえ、何でもありませんわ。ありがとう」


 マリーは少し不思議そうな顔をしたが、微笑んで部屋を出ていった。


 一人になったアネット。


 彼女は紅茶を飲みながら、窓の外を見た。


(さて、残りは十二名。必ず見つけてみせますわ。ハインツ様の初恋の相手を)


 そして、内心で付け加えた。


(そして、その方がどんな人なのか……、この目で確かめますわ)



 〜〜〜 


 さらに一週間が経過した。


 アネットは着実に調査を進めていた。そして、ついに興味深い人物に出会った。


 男爵令嬢ルイーゼ。十九歳。薄い金髪で、優しそうな笑顔を持つ令嬢だった。


 舞踏会で彼女と会話する機会を得たアネットは、早速能力を集中させた。


「ルイーゼ様、今夜はお美しいですわね」


「まあ、アネット様。ありがとうございます」


 ルイーゼは柔らかく微笑んだ。そして、その心の声が聞こえてきた。


『アネット様、噂よりずっと優しそう。婚約破棄されたのに、こんなに堂々としていて……、強い方なのね』


 アネットは内心で頷いた。


(この方も打算がないようですわね。好感が持てますわ)


 会話を続けながら、アネットは十年前の夏祭りの話題を持ち出した。


「ルイーゼ様、十年前の夏祭り、参加されましたか?」

「ええ、参加しましたわ。懐かしいですわね」


『十年前の夏祭り……、確か、雨が降ったんじゃなかったかしら』


 アネットの心臓が跳ねた。


(雨!? これは……!)


 彼女は努めて冷静に続けた。


「雨が降ったんですの?」


「ええ、突然の豪雨で。私、慌てて家族を探した記憶がありますわ」


『あの時は大変だった。でも、私は特に何もしなかったわね。ただ逃げ回っていただけ』


 アネットは落胆した。


(違いますわね……、傘を差し出した記憶がないようですわ)


 だが、ルイーゼとの会話は楽しかった。彼女は本当に優しい性格で、打算のない心の声を持っていた。


(こういう方もいらっしゃるのですわね。少し、安心しましたわ)


 舞踏会が終わり、アネットは馬車で帰路についた。


 車内で、彼女はリストを見直した。


「残り七名……」


 そして、ふと気づいた。


(もしも……、該当者がこの二十七名の中にいなかったら? ハインツ様の記憶が曖昧で、実は男爵家や子爵家ではなかったら? それとも、王都以外から来ていた人だったら?)


 可能性は無限にあった。


 アネットは頭を抱えた。


「これ、本当に見つかるんでしょうか……」


 その時、馬車が揺れた。


「失礼しました、お嬢様!」


 御者が謝る声が聞こえた。


『道に穴が……、修繕してくれないかな、市が』


 アネットは思わず笑ってしまった。


(御者さん、わたくしの心配より道の穴が気になっていますわ。まあ、確かに重要ですけど)


 彼女は窓の外を見た。


 夜の王都が広がっている。無数の灯りが、星のように輝いていた。



 ~~~ 



 そして、調査開始から丁度一ヶ月後。


 アネットはついに、決定的な候補者を見つけた。


 男爵令嬢ニーナ・フォン・グラヴナー。


 資料によれば、彼女は十八歳。薄い金髪、淡い緑色の瞳を持つ、儚げな美少女。十年前の夏祭りに参加していた記録がある。年齢も、容姿も、全てが一致していた。


 さらに興味深いことに、彼女は社交界ではあまり目立たない存在だった。控えめで、清純な令嬢として知られている。だが、積極的に社交の場に出ることは少なく、謎めいた印象があった。


 アネットは直感した。


(この方……、怪しいですわ。いえ、怪しいというのは失礼ですわね。でも、何か引っかかりますわ。会ってみる必要がありますわね)


 アネットはニーナに茶会の招待状を送った。そして、返事を待った。


 三日後、返事が届いた。丁寧な文字で書かれた、承諾の手紙。


 アネットは手紙を読みながら、微笑んだ。


(さあ、ニーナ様。貴女が本当にハインツ様の初恋の人なのか、確かめさせていただきますわ)


 アネットの目に、冷たい光が宿った。




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