表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋の相手が忘れられないと婚約破棄されたら、心の声が聞こえる様になったので、相手を探してあげることにした。  作者: 四宮 あおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

崩れゆく幻想

 晩餐会が終わり、貴族たちが去っていった。


 大広間には、わずかな人々だけが残っていた。


 アネット、ハインツ、アンドレイ、そしてホーエンベルク公爵。


 ハインツは、窓際に立って外を見ていた。その背中は、深い悲しみに沈んでいるように見えた。


 アネットは、彼に近づいた。


「ハインツ様……」


「来ないでくれ」


 ハインツの声は、震えていた。


「今は……、君の顔を見たくない」


 アネットは、立ち止まった。


 ハインツの心の声が、聞こえてきた。


『十年間……、十年間、僕は何を信じていたんだ。あの優しさは、嘘だった。全て、計算だった。僕は……、馬鹿だった。アネットを傷つけて、幻想を追いかけて……、そして、こんな結末を迎えて』


 アネットは、胸が痛んだ。


 ハインツは、深く傷ついている。それは、彼女が望んだことではなかった。


「ハインツ様、わたくしは……」


「なぜだ」


 ハインツが振り返った。その目には、涙が浮かんでいた。


「なぜ、こんなことをしたんだ。君は……、僕を憎んでいるんだろう? 婚約を破棄した僕を、復讐したかったんだろう?」


「違いますわ」


 アネットは、首を振った。


「わたくしは、貴方を憎んでなどいません。確かに、傷つきました。怒りも感じました。でも……」


 アネットは、真っ直ぐにハインツを見つめた。


「わたくしは、貴方がこれ以上傷つくのを見たくなかったのです。ニーナと結婚していたら、貴方はもっと深く傷ついたでしょう。だから……、わたくしは、真実を暴いたのです」


 ハインツは、アネットを見つめた。


「君は……、僕のために?」


「ええ。貴方の幸せを願っています。それが、かつて婚約者だったわたくしにできる、最後の誠意ですわ」


 ハインツの心の声が、聞こえた。


『アネット……、君は、こんなにも優しかったのか。僕は……、本当に、大切なものを失ってしまった。あの時の雨の傘より、君の優しさの方がずっと温かかったのに。なぜ、気づかなかったんだ』


 アネットは、その心の声を聞いて、微笑んだ。


(……まだ傘の話してますの、この方。でも、少しは成長されたようですわね)


 ハインツは、深く頭を下げた。


「すまなかった、アネット。僕は……、愚かだった。君という素晴らしい人を傷つけて、幻想を追いかけて。本当に……、すまなかった」


「顔を上げてください、ハインツ様」


 アネットは、優しく言った。


「貴方は間違っていませんわ。運命の人を探すことは、美しい。ただ、幻想と現実を見極める目が必要だっただけ。今回のことで、貴方はそれを学んだのでしょう?」


 ハインツは、ゆっくりと顔を上げた。


「僕は……、これから、どうすればいい?」


「前を向いて、歩いていくのです」


 アネットは、微笑んだ。


「現実を見て、本当に大切なものは何かを考えて。そして、いつか本物の愛を見つけてください」


 ハインツは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「アネット、僕は……、君を失って、初めて君の価値に気づいた。でも、もう遅いんだよな」


「ええ、遅いですわ」


 アネットは、はっきりと言った。


「わたくしは、もう貴方の元には戻りません。わたくしには、わたくしの人生がありますから」


 ハインツは、悲しそうに微笑んだ。


「そうだよな。君は、もっと素晴らしい人生を歩むべきだ」


『アネットは、僕なんかより、もっと良い相手を見つけるだろう。そして、幸せになるだろう。僕は……、それを願うしかない』


 アネットは、ハインツの心の声を聞きながら、心の中で別れを告げた。


(さようなら、ハインツ様。貴方との日々は、決して無駄ではありませんでした。ありがとうございました)


 ハインツは、最後に深々とお辞儀をして、会場を去っていった。


 その背中は、寂しげだったが、どこか吹っ切れたようにも見えた。



 ~~~ 



 ハインツが去った後、アンドレイがアネットに近づいてきた。


「アネット様、お疲れ様でした」


「ええ、ありがとうございます、アンドレイ様」


 アネットは、疲労を感じていた。だが、同時に解放感もあった。


 長い戦いが、終わった。


 真実を暴き、ハインツに現実を見せた。そして、自分自身も前に進める。


「アネット様、貴女は本当に強い方です」


 アンドレイは、真剣な目でアネットを見た。


「最後まで、優雅に、そして毅然と振る舞われた。僕は……、貴女を尊敬しています」


『そして、愛しています。でも、それは言えない。今は、まだ……』


 アネットは、アンドレイの心の声を聞いて、胸が温かくなった。


 彼は、自分の感情を押し殺している。今は、それを伝えるべきではないと判断している。


 それが、アンドレイの誠実さだった。


「アンドレイ様、わたくしこそ、貴方に感謝しております」


 アネットは、微笑んだ。


「貴方がいなければ、わたくしは一人で戦わなければなりませんでした。貴方は……、わたくしの支えでしたわ」


 アンドレイは、少し照れたように視線を逸らした。


「僕は、当然のことをしただけです」


『でも、嬉しい。アネット様の支えになれたなら、それだけで十分だ』


 二人は、しばらく沈黙した。


 そして、ホーエンベルク公爵が近づいてきた。


「アネット」


「はい、お父様」


 公爵は、娘を見つめた。


「よくやった。お前は、ホーエンベルク家の誇りだ」


 表面上は、父らしい言葉。だが、心の声は違った。


『アネットは、本当に強くなった。でも……、幸せなのだろうか。この子は、笑顔を見せているが、本当は傷ついているのではないか。父として、何かしてやれることはないのか』


 アネットは、父の心の声を聞いて、涙が出そうになった。


 父は、不器用ながらも、自分を愛してくれている。


「ありがとうございます、お父様」


 アネットは、深々とお辞儀をした。


「わたくし、これからも公爵家の名に恥じぬよう、精進いたします」


「うむ。だが、無理はするな」


 公爵は、珍しく優しい口調で言った。


「お前は、もっと自分を大切にしていい。完璧である必要はない」


 アネットは、驚いた。


 父が、こんなことを言うなんて。


「お父様……」


「アネット、お前は我が娘だ。公爵令嬢である前に、一人の人間だ。そのことを、忘れないでほしい」


 公爵は、そう言って、会場を去っていった。


 アネットは、その背中を見つめながら、静かに涙を流した。



 ~~~ 



 夜が更けて、アネットは一人、屋敷のバルコニーに立っていた。


 星が瞬いている。美しい夜空。


 全てが終わった。


 ニーナの本性を暴き、ハインツに真実を見せた。そして、自分自身も前に進める準備ができた。


 だが、アネットの心には、複雑な感情があった。


(わたくしは……、何を得て、何を失ったのかしら)


 心の声を聞く能力。それは、真実を見抜く力を与えてくれた。だが同時に、多くの苦しみももたらした。


 人々の本音を知ること。それは、世界を色褪せたものにした。


 だが、同時に、本当に大切な人々も見えてきた。


 アンドレイ。父。侍女のマリー。


 彼らの心の声は、真っ直ぐで、優しかった。


(わたくしは……、孤独ではありませんわね)


 アネットは、夜空を見上げた。


 長い戦いは終わった。だが、新しい人生が始まろうとしていた。


 心の声を聞く能力を持った、新しい自分として。


 完璧な令嬢ではなく、傷つきながらも強く生きる、一人の女性として。


 アネットは、静かに微笑んだ。


 そして、心の中で呟いた。


(さあ、始めましょう。わたくしの、新しい人生を)


 星が、優しく瞬いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ