2-1
薬草の苦い匂いが、鼻腔をかすめた。
ぼんやりと霞んだ視界の中、凌雪はゆっくりとまぶたを持ち上げる。見知らぬ天井が目に入った。しばらくして、そこが東宮の一室であることに気づく。
身体を起こそうとした瞬間、腹の底から鈍い痛みが込み上げ、息が詰まった。喉も焼け付くように痛む。宴の夜、盃に残った酒を舐めたときの、あの鉄臭い味と痺れるような感覚が、脳裏に蘇る。
「目が覚めたか」
声に振り向くと、部屋の隅に医官が座っていた。年配の宦官医で、落ち着いた目をしていた。
「毒は舌先だけだったようだ。運がよかったな。あと少し遅ければ、命はなかった」
医官はそういって、木の盆を差し出した。湯気の立つ薬湯が乗っている。凌雪は感謝の意を込めて拱手し、両手で受け取った。薬はひどく苦く、喉を通るたびに内臓に染み渡るようだった。
「殿下が、お前の治療を命じられた。倒れたお前をすぐにここへ運び、解毒薬を飲ませるように仰せになったのだ」
「……殿下が?」
凌雪は意外そうに目を見開いた。医官は淡々と頷く。
「宴の混乱で倒れた宦官に、普通ならここまでの手当てはしない。殿下のご沙汰がなければ、お前は床に放置され、今頃は死んでいたであろう」
その言葉が胸にずしりと響いた。景耀が……命じたのだ。
凌雪は膝の上で拳を握った。
――あの夜、あの瞬間には、迷いはなかった。殿下を守ること。それが自分に課せられた唯一の役目だった。
外から、宦官たちのかすかかなざわめきが聞こえてきた。
「……毒だったらしい」
「宴の席で……」
「中庶子が身を投げ出したって?」
凌雪は布団の上に身を起こし、扉の向こうに耳を澄ませた。噂はすでに東宮中を駆け巡っているようだった。
「身体は動かせそうか?」
「……はい。なんとか」
「ならば、自室にて休むがよい。毒を口にしたのだから、養生せねば身体にさわるぞ」
「いえ、そういうわけには――」
凌雪はかぶりを振って身体を動かそうとした。だが、身体に痛みが走る。
「だめだ。殿下から仰せつかっておる。しっかり養生させるようにとな」
「殿下が?」
凌雪は驚きのあまり目を見開いた。
――まさか、殿下が私を休ませてくださるとは……。
「そういうことでしたら、数日、自室で養生したいと思います」
「それがよかろう。わしから殿下に数日自室で休むと伝えておこう」
「ありがとうございます」
医官の言葉に頷き、凌雪は慎重に身体を動かした。まだ頭は重く、吐き気も残っていたが、重い足を引きずるように東宮書房にある自室へと向かった。
痺れが残っていてうまく歩けない。普段ならすぐに着く距離なのに、一刻あまりもかけてようやく自室にたどり着いた。木の扉を押しやり中に入ると、白壁に質素な寝台と机が目に飛び込んだ。見慣れた簡素な室内に安堵する。
おぼつかない足取りで寝台まで向かうと、力無く倒れ込んだ。
――殿下から休息をいただけて、よかったのかもしれない。この様子では、とても仕事などできなかった……。
寝台に仰向けになり目をつぶると深い眠りについた。




