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禁断の忠誠  作者: 海野雫
第二章 疑念と忠誠

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10/30

2-5

 東宮控えの間に戻ると、そこには李徳謙りとくけんが待ち構えていた。眉間に皺を寄せ、長い髪を撫でながら何か思案している様子だった。


李詹事りせんじ


 凌雪りょうせつは李徳謙へ向けて拱手をすると、彼は苦々しい顔を向けた。


中庶子ちゅうじょし、話がある。私の執務室へ」

「はっ」


 李徳謙の後について控えの間を出るとき、後ろで小宦官がひそひそと声を出した。


「中庶子様、何かあったのか?」

「心配だな……」


 その声を耳にすると、凌雪の頬が緩んだ。少し前までだったら、李徳謙に呼び出されでもしたら冷たい言葉を投げかけられていたものを。自分の存在を認められているようで嬉しかった。


 李徳謙の執務室に到着すると、控えの間を通り書房へと通された。


「お前、最近変わったことはないか?」


 書房に入るなり急に身の上を心配され、驚いて目を見開いた。


「いえ、特には……」

「そうか……。ならいいのだが」


 李徳謙は目を合わせることなく、長い髪をなでつけている。


「何かありましたか?」

「それが……」


 李徳謙はすっと凌雪に近づき、小声でいった。


「最近、宰相派が東宮をうろついているのを見かけたものでな。もしかしたら、お前のことを監視しているのかもしれん」

「わ、わたくしを、ですか?」


 そういえば、このところ視線を感じることが多かったのは、もしかしてそれだったのか。


「宰相派は、また何か企んでいるのかもしれんな」


 李徳謙は顎を撫でながら目を瞑った。

「私も殿下の書房にはできる限り足を運ぶことにする。また、殿下に何かあれば大変だからな。お前も自分の身は自分で守るように」

「承知いたしました」


 またもや東宮に不穏な空気が漂い始めていた。



 その日の夜更け、凌雪は書房内で文書の整理をしていた。


 景耀けいように届く文書は膨大で、控えの間の小宦官たちが仕分けをしているが、そのまま景耀に渡すことはない。凌雪が書房内で内容を精査する必要がある。


 実際に書房に入り、景耀の補佐をすると、王の代理としての執務の多さに閉口する。それを弱音も吐かず淡々とこなしている景耀は、やはり次期国王として相応しいと改めて思った。


 そのようなことを考えながら、文書の仕分けをしていると、机の引き出しに薄い紙が挟まっているのが見えた。


「……これは……?」


 引き出しと机の板の間でぐしゃっとなった紙を破れないようにそっと取り出して広げた。


「……っ!」


 急いで書かれたのか、殴り書きされていた形跡が残っている。内容を読み進めると、宰相派の新たな計画らしきことが読み取れた。


 凌雪は息を呑んだ。


 ――これは、どうすべきか……。


 ちらりと横目で景耀の執務机を見た。その机の主人は、今日はすでに寝所へと戻っている。


 これは、罠なのか、それとも、本当なのか……。


 もし、凌雪がこの文書を持っていることが景耀や李徳謙に見つかったとしたら、自分の立場は危うくなる。もともと自分は宰相から推挙されて東宮へ入った身だ。こんな文書を持っていれば、「やはり宰相の駒だったのか」と疑われるのは当然だろう。


 だからといって、これを誰にもいわずに放っておくと、景耀が危険にさらされる可能性がある。


 凌雪は両肘を机について頭を抱えた。


「私は、どうすれば――」


 自分の使命は殿下の命を守ること。これは揺るぎない。そしてようやく景耀の信頼を得つつある今、自分の立場を危うくすることは許されない。


 ただ茫然と、机の木目を見つめた。もう一度、密書に目をやると、引き出しから出ていた部分がほんの少しだけ黄ばんでいて、最近書かれたものではないということがわかった。


 今、凌雪が使っている机は、以前、李徳謙が使っていたものだ。


 ――李詹事が……?


 一瞬そんな考えが浮かんだがすぐに否定した。今日、凌雪が宰相派に監視されているかもしれないと警告してくれたばかりだ。


「そんな、はずは……」


 頭の中が混乱する。目を瞑ると、魏嵐が不敵に笑っている顔が浮かんだ。


 ――まずは、この密書を確認しなければ。


 凌雪は慎重に密書を灯火に近づけ、内容を精査し始めた。


 そこには――景耀を排除し、別の後継者を立てる計画の断片が記されていた。


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