ピアスをあけた日、わたしたちは少しだけ大人になった
中学卒業後、高校生になるまでの間の宙ぶらりんな時期。
少女2人が"少しだけ大人になる瞬間"を描いた掌編です。
ふとした時間に読んでいただけたら嬉しいです。
昔、別名義で書いた作品のリメイクです。
杏里ちゃんがピアスホールを開けたいと言い出したのは、中学校の卒業式の日だった。
わたしと杏里ちゃんは同じ学校を受験したけれど、仲良しグループの他の子たちはみんなバラバラの学校になる。みんな大好きだよ!最後の思い出つくりに行こう!なんて高いテンションのまま卒業式が終わるやいなや、街に飛び出した。
この制服で最後のプリクラ撮りにいこーよって、一番元気な杏里ちゃんが提案する。式の最中には一番泣いていたくせに。
遊びに行く定番の近隣のショッピングセンター内にあるゲームセンターへ向かって、プリクラを撮って。みんなでお揃いで買おうかなんて立ち寄ったアクセサリー屋さんに踏み入れた直後、杏里ちゃんはかわいい!と叫んだ。視線の先には、ピアスコーナーの棚。一目惚れだったようで、杏里ちゃんはピアスホールもないのに、一瞬の躊躇いもなくそれを購入した。お揃いアクセサリーの話はどこへやら。その場でわたしたちに向かって「ピアス穴あける!」と宣言したのだった。
へんてこな動物の形のピアス。わたしには何の動物かすらわかんない。多分ねこだよ!かわいい!ってジタバタしてた杏里ちゃんが可愛かったから、きっとそういうものなんだと思った。
朝から晩まで泣いて笑った卒業式の翌日。昨日の高ぶりとはうってかわった、中学生でも高校生でもない宙ぶらりんな日々のはじまりの日。
ピアッサーで杏里ちゃんの耳たぶに穴を開ける。わたしが。
杏里ちゃんの部屋で、ふたりきり。
正座で床に座っている杏里ちゃんに、向かい合うように膝立ちになる。杏里ちゃんの耳を、不安げに見上げてくるその表情を、みつめる。
わたしの右手には先っぽが尖ったピアスが設置されたプラスティックの機械。ちょっと強く握ったら壊れちゃいそうなこれで、人間の体に穴があくという。
尖っている針の部分だって、触っても痛くなさそうなくらいの鋭さだ。お裁縫の針や安全ピンとかの針のほうがまだ鋭利な気がする。そういえば、クラスメイトだった女の子が安全ピンでピアスホールを開けたっていっていたっけ。耳たぶの裏に消しゴムを宛がって、そのまま一気に突き刺す……って方法を聞いたときにはあまりにも恐ろしすぎて倒れるかと思った。
わたしは本当にそういうのがダメで、ギャルのくせにって友達にからかわれても、一生ピアスホールは開けないつもりだった。わざわざ体に傷を作って飾るなんて、グロテスクな自虐趣味だと思う。
「ねぇ、きっと痛いよ?すごく痛いよ?ピアスじゃなくってって、可愛いピアスっぽいイヤリングだって売ってるよ?」
「平気だもん、怖くないもん!イヤリングじゃなくって、このピアスがいいの!もう高校生だし! ピアスあけるくらい平気!」
まるで自分自身に言い聞かせているような饒舌さだった。ちっとも平気じゃなさそうな半分泣いたような表情で、きっと睨みつけられる。正確には杏里ちゃんが睨んでいるのは、わたしの手元にあるピアッサーなのだけれど。
杏里ちゃんも本当は痛みに弱い。小さな怪我でも涙目になるし、血が流れるのも、それを見るのも苦手なはず。
幼い頃から仲良しだけど、小学生の頃だったかな。転んで膝を怪我したわたしの傷を手当してくれたけれど、見るだけで痛い!なんて視線をそらしながら絆創膏を貼るものだから、傷口とはずれた場所に貼られた覚えがある。
そんな杏里ちゃんがわざわざ自分の意思で傷を作るような行為をするなんて言い出すんだから、あのへんてこな動物(たぶん猫)がよっぽど気に入ったらしい。
ピアスホールをあけてすぐはつけられないのに、杏里ちゃんの手元には透明なパッケージに入ったままのあの謎の動物のピアスが握られている。
お願い! ってピアッサーを渡されたのが数十分前、それから開封する覚悟を決めるまでまた時間がかかって、耳朶のどの位置に開けるかでまた時間がかかって。
緊張しているのと、いじくりまわされたのとで、杏里ちゃんの耳朶は真っ赤に染まっている。触れると熱いぐらい。
「位置はほんとうにここで大丈夫? すこし下過ぎないかな?」
「そう?」
「んー、わかんないけど。でも、先輩がね、ピアスホールを耳朶の端っこに近い位置に開けてて……重いピアスを付けてたらね、だんだん穴が重さに負けて……広がって……先輩の耳朶見せてもらったら、傷跡みたいに裂けた痕が残ってたの」
「きゃぁぁあ! も、もう少し上にする!」
あれは本当にホラーってやつだった。ぴったりくっついて元に戻ったのが不思議でたまらない。そのまま千切れちゃったらどうするんだろう。穴を開けるだけでも痛そうなのに。
怖いエピソードを聞いて思い直した杏里ちゃんが、このあたりなら平気かな?なんて小さな手鏡で位置を確認しながら慎重に穴を開ける位置を探す。指差されたあたりに触れて、場所を覚える。
しるしか何か付けたほうがいいかもしれない。 ちょっと待ってね、と声をかけてポーチからアイライナーを取り出した。ボールペンなんかの文房具よりはまだ、肌に書くのに向いているはず。
示された位置にしるしをつけようと触れた途端、杏里ちゃんの細い肩がビクンと揺れた。真っ赤に染まった耳の、その薄い耳朶を指先でつまみながら、杏里ちゃんの横顔を盗み見る。形の良い唇が震えてる。その震える唇からこぼれる息まで熱い。
「ねぇ、怖いんだったら、やめる?」
今ならまだ間に合うから……と続けようとして、杏里ちゃんの覚悟を決めた視線に止められた。いいのかな、ほんとうに。まるで睨むような力のこもった瞳、でも、うっすらと涙の膜で潤っている。怖いんでしょ、ほんとは。
「大丈夫だから!」
ほら、声だって震えてる。
「病院とかでも開けてくれるらしいよ」
「知ってる……でも……結構お金かかるらしいし……それに……」
杏里ちゃんらしくない、歯切れの悪い言葉。不思議に思って、一度みみたぶから手を離した。
正座をしている杏里ちゃんの膝の上に置かれた手は、力が入っているのか、真っ赤な耳たぶと対照的に青白くなっている。俯き気味なせいで、表情は髪に隠れてほとんど見えない。ちらりと見える唇は、続きの言葉を転がすようもごもご動いている。どうしたんだろう。顔を覗き込もうかと思ったそのとき、杏里ちゃんが顔をあげた。
「あのね……いくらお医者さんでも、知らないひとに開けてもらうくらいだったら、リナがいい」
「わたしがいいの……?」
「うん。リナがいい……リナに痛くされるんだったら、平気だよ」
そう言って杏里ちゃんは笑った。わたしが大好きな、小さい頃からずっと変わらない、お花が咲くような笑い方。今は眉毛が八の字に下がっていて、涙だって浮いてるけれど、それでも、明るいいつもの杏里ちゃんの笑顔だった。
途端に、すっと自分が冷静になるのを感じた。杏里ちゃんが怖がるのは当たり前だけれど、わたしも杏里ちゃんにピアッシングするという行為を怖がっていたんだ。だから、とっくに覚悟を決めてる杏里ちゃんに、何度も何度も「いいの?」なんて確かめたりしたんだ。
相変わらずに杏里ちゃんの細い肩は小動物みたいに震えている。でも、覚悟してる。傷を作る行為だけど、杏里ちゃんに血なんて流させたくないけど。
杏里ちゃんが望むのなら。
みみたぶに触れた瞬間、杏里ちゃんの体がはねた。
「だいじょうぶだよ、リナ」
反射的に手を引きそうになったわたしに、気付いたのか気付いてないのか。杏里ちゃんはそう言って、目を閉じた。言い聞かせてくれるような、優しい声色。ああもう、どっちがどっちなんだかわからない。
先ほど描き込んだしるしに当たるように、杏里ちゃんの耳たぶにピアッサーをセットした。部品ごと握りこんで針を当てる。機械に仕込まれたバネの微かな抵抗。あとは、わたしがこの右手に力を入れるだけ。
ずっと杏里ちゃんの耳とピアッサーとばかりを見つめていたけれど、ふと、その瞬間になって杏里ちゃんの顔を見た。
さっきまでよりよっぽど落ち着いた表情で、伏せられた目のラインを縁取るまつげがふさふさで。お人形みたい……なんて似つかわしくないことを考えながら、思いっきりピアッサーを握り締めた。
がしゃんっと使い捨てのプラスティックの軋む音。その瞬間、ぎゅっと目を閉じて耐えていた杏里ちゃんが小さく声をあげた。
「っ……!……ぁ……」
穴あけ用のピアスを固定していた部品が飛んで、ピアスは杏里ちゃんの耳たぶに残った。そっとピアッサーごと手を引く。生まれて初めての感覚だった。機械越しなのに、まるでわたしが杏里ちゃんの中を突き抜けたような気がするぐらいに、手の中に鮮明に感触が残った。
壊れたピアッサーと、それを使った右手を確かめるように見る。
「………っ……リナぁ……」
「大丈夫!?痛い?痛いよねっ?」
「ん……我慢できないことはない、かも……。あ、でも、だんだん後から痛くなってくる感じ」
えへへ、これで私も大人かなっと杏里ちゃんが茶化すように笑ったけれど、その笑顔は苦しそうに歪んでる。
耳たぶには一分前にはなかった銀色の丸い玉のピアスが埋め込まれていた。あんな簡素な機械なのに、説明書の通りに杏里ちゃんの耳たぶを貫通して、耳裏のキャッチ部分でしっかりと留まっていた。予想とは違って血は滲んですらいなかった。ただ、ピアスの刺さった耳たぶはこれ以上ないぐらいに赤く腫れていて、その真ん中に冷たい印象の銀色の玉。
わたしの右手が、わたしがこれを杏里ちゃんに埋め込んだんだと思うと、背筋がゾクゾクするような、思わず震えるような不思議な感覚に襲われる。さっきの穴を開けた瞬間の杏里ちゃんの、悲鳴を熱い息で溶かしたような声が頭の中に再生される。何かとてつもないことをしでかしてしまったような、そんな。目の前が真っ白になってしまいそうだ。
「リナ、ありがとう」
わたしの気も知らずに、杏里ちゃんが笑うから。
またいつも通りの、わたしの大好きな笑顔になるから。わたしばっかりおかしくなってしまった気がして、わたしも杏里ちゃんにピアッシングをお願いしようか、なんて考えてしまった。
痛いのは怖いけど。痛いのは嫌だけど。
でも、わたしもきっと、杏里ちゃんに与えられるのならば。今の杏里ちゃんみたいに、痛みの中で笑っている気がする。




