へれなに惹かれたはずなのに、なぜか胸がざわつく
「へれな……」
気づいたら、ぼくは彼女の名前を呼んでいた。
月明かりの中、森の入り口に立つ彼女の姿が、まるで物語のヒロインみたいに見えた。
髪が風に揺れて、制服のリボンがふわりと浮かんで、ぼくの胸がぎゅっと鳴った。
「でみが、わたしを見てる……」
へれなが、信じられないような顔でぼくを見返していた。
その瞳が揺れている。驚きと、戸惑いと、ほんの少しの期待が混ざったような、そんな目。
「へれな、君って……こんなに綺麗だったっけ?」
言葉が自然にこぼれた。
自分でも驚くくらい、すっと出てきた。
でも、へれなの反応は――ちょっと違った。
「えっ……えええっ!? な、なにそれ……」
顔が真っ赤になって、目が泳いでる。
でもその奥に、どこか不安が混じっているように見えた。
「でみ……本当に、わたしのこと……好きなの?」
その問いに、ぼくは即答した。
「もちろんだよ。君のことしか見えない。君の声、君の髪、君のノートの文字まで愛しい」
「ノートの文字!? それ、見たことないでしょ!?」
へれなが思わずツッコんだ。
ぼくは一瞬、首をかしげた。
……あれ? なんで知ってるんだろう?
その瞬間、胸の奥にざわざわとした違和感が広がった。
ぼくの気持ちは本物なのか? それとも――
木の陰から、ぱっくの姿がちらりと見えた。
あの妖精は、いたずらが成功した子どもみたいな顔で、ニヤニヤしていた。
「えへへ〜、ぱっく……!」
へれなが拳を握りしめた。
その目には、涙が浮かんでいたけど、同時に強い光も宿っていた。
「わたし、戦う。魔法に負けない。でみの心を、取り戻す」
その言葉が、ぼくの胸に深く刺さった。
へれなの声が、まっすぐで、震えていて、でも確かに強かった。
ぼくは、彼女のことを好きになったはずだった。
でも、それが魔法のせいだとしたら――この気持ちは、偽物なのか?
へれなの瞳が、涙で潤んでいる。
でも、その奥にある光は、ぼくの心を揺さぶるほどに眩しかった。
この恋が、魔法で始まったとしても。
それでも、彼女のことをもっと知りたいと思った。
本物の気持ちを、見つけたいと思った。
そして、ぼくは気づいた。
この夜が、夢じゃないってことに。