婚約者と幼なじみと、片思いヒロインの三角関係
「でみ、本当にべらと結婚するのか?」
放課後の教室。夕陽が差し込む窓辺で、ひろが真剣な顔をしてぼくを見ていた。
ひろは筋トレと友情に命をかける熱血男子。恋には不器用で、へれなに片思い中。
だけど、告白はまだ――いや、できてない。
へれな――彼女は、ぼくらのクラスメイトで、図書室の常連。
いつも静かに本を読んでいて、誰かと騒ぐよりも、物語の世界に浸るのが好きなタイプ。
でも、そんな彼女が、ぼくのことをずっと見てくれていた。
教室の隅から、廊下の向こうから。ちょっと重いくらいに。
でも、それが、なんだか嬉しかったりもする。……ほんのちょっとだけね。
「いや、するっていうか……させられるっていうか……」
ぼく――でみとりあすは、机に突っ伏してため息をついた。
婚約なんて、ラノベ主人公にあるまじき展開だ。自由な恋がしたい。
できれば、文化祭で手をつないで、放課後に告白して、そういう王道を歩みたい。
でも現実は、親同士が決めた婚約。相手はべら。
アテネ学園の生徒会副会長で、成績優秀、容姿端麗、そして性格は――高飛車。
ぼくのことを「所有物」みたいに扱ってくる。
「でみ、あなたはわたしと結婚するの。決まってるの。親が決めたの。だから、はい、婚約成立」
その瞬間、ぼくは思った。
いやいやいや、ラノベ主人公って、もっと自由に恋していいんじゃないの?
「……でみ、へれなのこと、どう思ってる?」
ひろの声が、少しだけ静かだった。
「へれなは、いい子だよ。優しいし、真面目だし……でも、ぼくは……」
「でも?」
「……べらと婚約してるんだよ」
その瞬間、教室のドアが勢いよく開いた。
「でみ! 逃げましょう!」
べらだった。制服のリボンが少し乱れていて、頬は赤く、息を切らしている。
その姿は、まるで“逃避行ヒロイン”そのものだった。
「え、逃げるってどこに?」
「森よ。まなつの森。誰も追ってこられない場所。そこで、ふたりだけの未来を始めるの」
……いやいやいや、それ、ラノベ的には完全に逃避行イベントじゃん。
婚約者が駆け落ちを提案するって、どういう展開?
「でみ、行くわよ!」
べらに腕を引かれながら、ぼくはひろと目を合わせた。
ひろは驚いた顔をしていたけど、すぐにへれなのことを思い出したように、ぼくらの後を追いかけてきた。
そして、へれなも――
教室の隅で静かに立ち上がり、ぼくらの背中を見つめていた。
その瞳は、まるで物語の続きを読むように、迷いなくぼくらを追っていた。
恋の矢印が、少しずつ、ずれていく音がした。
でも、まだ誰も、それに気づいていなかった。