プロローグ これは、夢かうつつかラブコメか
あの夜のことを、ぼくは今でも忘れられない。
星がやたら綺麗で、空気がほんのり甘くて、そして何より――恋が、暴走していた。
「でみ、あなたはべらと結婚するのよ。決まってるの。親が決めたの。だから、はい、婚約成立」
……いやいやいや、待ってくれ。
ラノベ主人公って、もっとこう、自由に恋していいんじゃないの?
しかもべらって、アテネ学園でも有名な高飛車お嬢様だよ? ぼくの好みは、もっとこう……地味で、優しくて、でも芯が強い子なんだけど。
たとえば、へれな。
図書室の常連で、静かに本を読む姿が印象的な文学少女。
ぼくのことをずっと見てくれていた。ちょっと重いくらいに。でも、それが、なんだか嬉しかったりもする。……ほんのちょっとだけね。
ただ、へれなに片思いしてるのは、ぼくの親友・ひろだった。
筋トレ命の熱血男子で、友情に厚くて、恋にはちょっと不器用。
彼はへれなのことを本気で想っていた。……はずなんだけど。
そんな中、べらが突然「逃げましょう!」と言ってきた。
婚約者が駆け落ちを提案するって、どういう展開?
……この恋愛関係、バグってない?
そんなわけで、ぼくらは夜の森へと逃げた。
アテネ学園の裏手にある「まなつの森」。誰も近づかないその場所には、妖精が住んでるって噂があって――そして、ラノベ的にはそういう場所って、だいたい本当に魔法がある。
現れたのは、ぱっく。
耳がとがってて、服装が完全に異世界仕様。しかも手には、怪しい粉。
「このラブパウダーを使えば、誰でも一瞬で恋に落ちますよ?」
……いやいやいや、それ使ったらラブコメとして成立しないでしょ!?
でも、使われちゃったんだよね。ぼくらに。
その結果、恋の矢印はぐるぐるして、誰が誰を好きなのか、もうわけがわからない。
でも――それでも、あの夜のことを「夢だった」なんて言えない。
だって、恋も、魔法も、青春も、全部が本物だったから。
これは、夢かうつつかラブコメか。
そんな、恋の迷宮に迷い込んだ夜の、はじまり。