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第3話 シャルル王子から見た婚約破棄

  ──シャルル=レインハルト視点

 王宮の広間に、張り詰めた静けさが満ちていた。


 だが、シャルル=レインハルトの胸中にあったのは、静けさなどではない。むしろ高揚だった。燃えるような興奮と、解放の快感。

 ようやく、ついに──あの女を追放できるのだ。


 玉座の前に(ひざまず)く少女、エリーゼ=アルセリア。

 端整な顔立ち、品のある仕草、知性を宿す紅玉の瞳。誰もが賞賛し、誰もが期待する、理想の王太子妃。

 だが、彼女の存在がシャルルにとっては、何よりも「鼻につくもの」だった。


 ──いつも、俺を試すような目をしていた。


 表面は丁寧でも、その言葉の節々には皮肉が滲んでいた。


「王子のお考え、さすがでございます。ただ、もし軍の動員に遅れが出た場合は……少し、修正案をお出ししてもよろしいでしょうか?」


「お可哀想に。勉強の時間がお好きではないのですね……ご安心ください、わたくしがお手伝いいたしますわ」


 あの態度──まるで、自分のほうが上だと言わんばかりだった。


 だからこそ、カリーナだった。エリーゼの姉にして、柔らかで、優しくて、何より「自分を持ち上げてくれる」女。

 夜の帳の中、ベッドでささやかれる声──「あなたのようなお方に愛されるなんて、夢のよう……」。

 涙ぐみながら尽くす彼女の姿に、シャルルは何度も「王子であること」の幸福を感じていた。


 その甘美な関係は、次第に確信へと変わっていった。エリーゼではなく、カリーナこそがふさわしいと。

 ──いや、最初からエリーゼなど間違いだったのだ。


「エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」


 広間に響く自らの声。その瞬間、確かな快感が背筋を走った。

 カリーナが隣で優しく身を寄せる。しなやかな身体の温もりが腕に触れ、心が満たされていく。


 エリーゼが、信じられないという顔でこちらを見た。あの整った顔が愕然と歪む様が、なんとも言えず心地よかった。


「……なぜ、ですか……?」


 その声が、耳に残る。戸惑い、痛み、そして、信じたいという最後の希望がにじんでいた。


 シャルルは冷たく答えた。


「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」


 その瞬間、広間がさらに凍りついたように静まり返る。だが彼の頭の中では、カリーナの涙が鮮明に蘇っていた。


「エリーゼに閉じ込められたの……魔法の封印までかけられて……。私のドレスも裂かれて……舞踏会にも出られなかった……もう、限界なの……」


 泣きながらすがってきた彼女を、どうして疑えようか。

 夜のぬくもりと、膨らんだ腹。

 自分の子を宿す彼女を信じるのは当然のことだった。


「貴様のような下劣な女を、王家に迎えるわけにはいかぬ」


 そう、これは正義だ。王家を守るための当然の処置。

 その確信を込めて、シャルルは最後の宣告を口にした。


「よって、貴様との婚約は破棄。さらに──国外追放を命じる」


 玉座の間に沈黙が流れる。


 エリーゼが崩れ落ちた。その姿を見ても、胸は痛まなかった。

 むしろ、やっと解放されたとさえ思った。


(これで……終わりだ)


 兵士たちが彼女の腕を取り、縛る。

 そのとき、ふいに、彼女と視線がぶつかった。


 紅玉のような瞳。泣いていた。

 だがそこにあったのは、絶望でも怒りでもない。


 ──哀れみ、だった。


「……シャルル様。どうして、そんなにも……愚かに……」


 そう、聞こえた気がした。

 一瞬、胸に棘が刺さる。だがすぐに振り払った。自分は正しい。間違ってなど──


 隣で、カリーナが囁いた。


「ふふ……よかったわね、シャルル様。あの女がいなくなれば、私たち、やっと一緒になれるわ」


 耳元に触れた唇の柔らかさ。くすぐるような吐息。

 それに、背筋がぞくりと震えた。


 ──これでいい。これが、自分の選んだ道。

 エリーゼの涙など、過去の幻に過ぎない。


 自分はこれから、忠実で優しい妻と、愛しい子と、未来を歩んでいく。

 たとえそれが、嘘と欺瞞(ぎまん)で築かれたものだったとしても。


 玉座の上で、彼は静かに目を閉じた。

 勝者の笑みは、どこか空虚だった。














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