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第2話 カリーナ=アルセリアの追憶

  ──これで、ようやく終わったのだ。


 広間に響く鎖の音。その音が、カリーナ=アルセリアの胸を甘く満たしていた。


「国外追放を命じる」


 王子シャルルの無慈悲な宣告。エリーゼの膝が崩れ、桃色の髪が広がる光景に、カリーナは目を細めた。


 これでようやく、あの「妹」とのすべてに決着がついたのだ。


 わたしの腹違いの妹。


 母を苦しめるすべての元凶となる妹。


「カリーナ様よりも、妹君のほうが聡明(そうめい)で慈悲深いのでは?」と、かつてある貴族の婦人が言った言葉は、今もカリーナの耳に残っていた。笑顔の裏で、どれほど悔しさを噛み(かみ)締めてきたことか。


 あの子は、何も知らなかった。姉である私が、どれほど努力してきたかを。そして、妹を憎んでいたかを。


 貴族社会は甘くない。王家に嫁ぐということが、どれほどの重圧と意味を持つか。それをわかりもしないあの子が、ただ天使のような笑顔とお行儀のよさだけで、周囲の好意を集めていくのが、たまらなく――鬱陶しかった。


(すべて、私が勝ち取ってきたものなのに……)


 幼い頃、エリーゼはよく私の後ろを歩いていた。真似をし、学び、慕って(したって)きた。


 その姿が、可愛いと思っていた時期もあった。けれど、真実を知った後では、私は妹を許せなく感じていた。それを諭されないようにしてきた。すべてはこの日のために。妹を地獄に叩き落すために。


「姉様は、素晴らしいお方ですの。私も、姉様のようになりたい」


 そう言っていた妹の言葉に、いつも笑顔で答えながら、私は復讐劇(ふくしゅうげき)の準備をコツコツと進めていた。母と父を苦しめる存在に鉄槌(てっつい)を下す時のために。


 なぜか? エリーゼには国王と王妃からの暖かなまなざしが向けられいた。決して粗末にするな、大切にしろと命令されていた。


 そして、王子殿下との婚約者に収まっていた。なぜ? わたしではなく妹なのか? 同じ侯爵家令嬢ならわたしでも良いのではないか?


 だから、先に手を打ったまで。


 この世界は、「優しさ」や「正しさ」で支配されるものではない。


 必要なのは、権力と結びつきと、勝者の立ち回り。


 そして私は、王子殿下の心を掴んだ。王子殿下との逢瀬で、ついにわたしは目的通りに彼の子供を身籠った。国王と王妃が外遊の今だからこそ、わたしは動いた。エリーゼの前に立ち、王家の未来を担う者として、確固たる地位を築いたのだ。


(それが、私。姉として、当然のこと)


 名だけの王妃候補の選定が始まったとき、すでに戦いは終わっていた。最初からエリーゼに決まっていたのだ。だけど、どれだけ裏があろうとも、そんなことは関係ない。あの子が「邪魔」だった。ただそれだけの話。


 だからこそ、些細な言動を拾い上げ、誇張し、「陰湿ないじめ」に仕立て上げた。


 シャルル殿下には、涙ながらに訴えた。


「妹は、私を憎んでいるのです。何もかも、私から奪っていこうとして……私、どうすればいいのでしょう。このお腹の子のことも」


 ――当然、殿下は私の味方になった。わたしが懐妊し、後には引けなくなったのだ。


 まさか、エリーゼが口答えなどできようか。すでに王子の寵愛を受けているこの私に対し、誰が信を置く? 周囲を説得し、父と母をも味方につけていた。この計画に最初、父は反対したが、わたしが殿下の子を身籠った(みごもった)ことを告げると、口を閉ざした。


(そう、エリーゼ。あなたが甘かったのよ)


 私たちは、侯爵家の姉妹。けれど、選ばれるのはひとりだけ。愛されるのも、求められるのも。


 あなたはただ、夢を見ていた。姉妹で仲良く王宮に仕えられるなどという、甘美な幻想を。


 ──そして今、夢は終わった。


 兵士に縛られ、引きずられていくエリーゼを、カリーナは冷たく見下ろした。


「……さようなら、エリーゼ、わたしの憎き妹」


 誰にも聞こえない声で、呟く。


 エリーゼが振り返る。あの紅玉のような瞳に、涙が光る。


 だが、その視線に、もはや怯えも哀願もなかった。あるのはただ、静かな疑念。


(……まだ、諦めていないのね)


 ふと、心にかすかなざわめきがよぎる。


 だが、すぐにかき消した。


 エリーゼがいなくなれば、すべてが私のもの。王妃の座も、王家の信頼も、未来も。


 もう二度と、あの子に奪われることはない。


「これで、いいのよ」


 勝利者の笑みを浮かべたまま、カリーナは王子の腕にそっと身を預けた。


 玉座の間には、沈黙と冷気が満ちている。


 ──だが、この静寂は永遠ではない。


 いつか来るかもしれない「彼女の逆襲」など、今は考える必要はない。


 今はただ、勝者として、この瞬間を味わえばいい。


 カリーナの紅い唇が、静かに歪んだ。


 それはまるで、運命の火種を自ら焚きつけるような、静かなる微笑だった。

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