第13話 アリスター――テオドリック王国の追放された元第一王子
新たな出会い
桃色の髪をなびかせながら、エリーゼはそっと顔を上げた。
不思議な感覚だった。
たしかに涙を流したはずなのに、心は驚くほど澄み渡っている。まるで、長い迷いの果てにようやく自分を取り戻したかのようだった。
金と銀に輝く義手と義足。
それは、母の愛と祖父の誇りが、確かに自分の中に生き続けている証だった。
(それにしても……)
ふと視線を落とす。手元には、血に染まった一本の折れた枝しか残っていなかった。
「……これじゃ、戦えないよね」
エリーゼは思わず苦笑した。
敵が現れたとしても、これでは威嚇すらできないだろう。剣でも、せめてまともな武器を――そう考えて、彼女はきゅっと拳を握った。
「よし。まずは一度、森を出よう」
自らに言い聞かせるように呟き、エリーゼは立ち上がった。
そのとき、ふと目に入ったのは、足元に転がるウルフの死体だった。
痛みと怒りの中で無我夢中に倒した相手。今では、ただの無力な肉塊にしか見えない。
(あ……もしかしてできるかもしれない)
手をかざしてみると、自然に力が湧き上がった。
エリーゼの手から、淡い金色の光があふれ出し、ウルフの死体を包み込む。
――収納。
心にそう浮かべた瞬間、死体はふわりと光の粒となり、エリーゼの手の中へと吸い込まれていった。
感覚としては、小さな空間――「アイテムボックス」に物を収めたようなものだった。
「わあ……これが、精霊の力……」
胸に手を当て、エリーゼは感動に震えた。
まだ力は不安定で、扱いにも自信はない。でも、確かに新たな力を得たのだ。
明るい未来を信じて、エリーゼは再び歩き出した。
折れた枝を杖代わりに、まっすぐ森の出口を目指して。
未来はまだ見えない。
でも、母の願いを胸に秘め、どこまでも歩いていける気がしていた。
***
森から一旦、元居た場所に戻る。エリーゼは慎重に周囲を見回した。エリーゼを乗せてきた馬車や兵士たちの姿は見当たらなかった。
でも監視の目が光っている南には進めない。北と西は森だ。東に向かうしかないだろう。
そう決めると、彼女は隣国――テオドリック王国を目指すことにした。
国境の街ラベンナまでは行かなくても、どこかで剣ぐらい手に入るはずだ。
硬い地面を踏みしめながら歩き続ける。
森の間を抜けた先、小さな池を見つけたのは、そのときだった。
陽光を受けてきらめく水面。
その畔には、ひとりの金髪の若者が立っていた。
池を眺めながら、うっとりとした表情を浮かべている。
(……なにしてるんだろう)
不審に思い、エリーゼは警戒しつつ声をかけた。
「どうしたのですか?」
若者は、振り返って微笑んだ。
そして、さらりと言った。
「見惚れていたのだよ。ボクの美しさに」
(え、ええ……)
近づいて顔を見た瞬間、たしかに美しいと思った。
整った顔立ち、整然とした金髪。絵に描いたような美少年だった。
しかし、エリーゼは同時に鳥肌が立った。
――こいつ、ナルシストだ。きもい。
「……そうですか。話しかけてすみません」
そそくさと立ち去ろうとするエリーゼ。
「ちょっと、待ちたまえ!」
背後から若者の声が追いかけてきた。
エリーゼが振り向くと、彼は胸に手を当て、芝居がかった仕草で言った。
「ボク、聞いてほしいのだよ。ボクの名前を。アリスター――テオドリック王国の第一王子だった男だ」
「だった……?」
妙な言い回しに、エリーゼは思わず問い返した。
アリスターはため息をつき、芝居がかったポーズで空を仰いだ。
「美しすぎるボクに、婚約者と弟が嫉妬してね」
(……は?)
エリーゼは目を瞬かせた。
アリスターはうっとりとした表情で続ける。
「婚約者だった女は、弟に心変わりした。嫉妬と憎しみの果てに、ボクは王城を追われたのだよ」
「……へ、へぇ」
エリーゼは相槌を打ちながら、心の中でそっと距離を取った。
この男、確かに美形だけど、相当にめんどくさいタイプだ。
「だからボクは、今はただの流浪の美青年……。しかし、そんなボクを哀れだと思ったかい?」
「い、いえ別に……」
そそくさと立ち去ろうとするエリーゼに、アリスターはさらに語りかけた。
「せっかくだから、一緒に旅をしないか? ボク、剣も魔法も使えるんだ」
「……えっ?」
思わず、足を止めてしまう。
森を避けながら東に進んでいる今のエリーゼには、確かに力強い仲間が欲しいところだった。
このナルシスト王子(元)――アリスターが本当に戦力になるなら、悪くない話だ。
しかし。
(……やっぱり、めんどくさそうだなぁ)
エリーゼは、頭を抱えたくなる気持ちを必死で押し殺した。
「考えておきますね!」
笑顔でそう答え、エリーゼは再び歩き出そうとした。




