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第4話 ゲームの世界と幼馴染

 



「まあこういったことはね、往々にしてあるということでね」



 小教室での授業。じいちゃん先生ののんびりした声は、俺の眠気を最大限に引き出してくる。

 あの衰弱死事件から一週間。俺はあれ以来、ゲーム世界に転生することができずにいた。

 暇さえあればパソコンの画面と向かい合い、ゲームを編集してみたり、画面をべたべた触ってみたり、初めて転生した日に遊んでいたゲームをプレイしてみたり歯磨きをしながらパソコンに触ってみたり……。思い付く限りを尽くしてみた。が、あの光が現れることは無かった。その上寝る間も惜しんで試行錯誤していたせいで今にも寝そうだ。今日は家帰ってすぐ寝よう……。



 ──キーンコーンカーンコーン──



 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。長い90分だった……。

 小教室の授業で居眠りをできるほど俺は肝が据わってないし、それに自慢じゃないが俺には友達がほとんどいない。だからもしも居眠りなんてした日には、誰にも板書を写させてもらえないままになる。それはまずい。

 だからこの90分、俺は耐えることしかできなかったのだ。

 そんなことを考えながら、ひとつ大きなあくびをする。あー眠い。



「随分眠そうね」



 そんな折、突如背後からかけられた声。だらしなく丸めていた背筋がピーンと伸びる。

 慌てて振り返れば、俺が大学内で最も出会いたくない相手であろう人物がそこに立っていた。



「アヤメー! 学食行かないのー!?」

「すぐ行くから席取っといてー!」

「わかったー! 待ってるねー!」



 がやがやとうるさい教室の中で、女子の黄色い声が俺の頭上を行き交っている。俺の人生で最も縁遠い声だ。



「俺に構ってないでさっさと行けっつーの……」

「なに? なんか言った?」

「いーえ、なーんにも! つーかなんの用だよ! 陽の気が伝染す(うつ)るから俺に構うなって!」

「まーた変なこと言ってる。あんたのおばさんがあんたと連絡取れないって心配してるわよ。ほら、おばさんから来たメール」



 ずいっと目の前に押し付けられたスマホの画面には、『海と連絡が取れないの。アヤメちゃん、海に会ったら連絡するように言ってくれる?』の文字が連なっている。

 そういえばこの一週間、ゲームにかかりっきりでほとんどスマホを見ていなかった。心配性の母ちゃんにはちょっと悪いことをしたな。



「あんたねえ、連絡くらいちゃんとしなさいよ。どうせまたゲームばっかしてるんでしょ? ていうかあんた、よく見たら目の下クマだらけじゃない。ちゃんと寝てるの?」

「うるせえなあ。お前には関係ないだろ」



 この口うるさい陽キャの名前は瀬川アヤメ。なんとびっくり、俺の幼馴染だ。

 幼馴染……それも女子の幼馴染と聞くと、大抵の男はちょっとしたラブコメの予感を想像するかもしれない。

 そんな幻想を抱く諸君らには申し訳が立たないが、ここであえて言わせてもらおう。幼馴染だからといって、それが恋愛に直結するわけがない、と。


 陰の者を極めた俺と違い陽キャ一直線のアヤメは、たしかに幼稚園の頃から今もなお男女問わず人気の的だ。

 だが! だからと言って! 俺がアヤメに惚れるかと言われればそんなことはない。そもそも俺は陽キャが嫌いだ。近づいただけで溶けそうになる。



「なによその言い方! 人がせっかく心配してるのに!」

「だーもー! わかったわかった! 心配してくれてありがとな! 帰って寝るからヘーキ! 母ちゃんにも連絡しとく! ほら、さっさと行けって。友達待たせてんだろ?」

「そうだけど……。でもほら、あんたって夢中になると一直線でしょ? 身体だけは壊さないでよね?」

「……わかったって」

「あ、そういえばアレどうなったの? ゲーム作るって言ってたやつ!」

「……俺、お前にその話したっけ?」

「私が就活どうするのか聞いたときに言ってたじゃない。『俺はゲームで天下を獲るんだ』って」

「あー……、まあそんなことも言ったっけな……」



 アヤメの言葉に、眠っていた記憶が掘り起こされる。

 そういえばこの前、どうせ就活のことなにも考えてないんでしょーだなんて言われたから、つい大口叩いちまったんだった……。いや、当時はマジで天下を獲れると思ってたけど『アレ』を客観的に見た後じゃあ、そんなことを言えるわけがない。



「私、海なら面白いゲーム作れると思うよ!」

「はいはい、お世辞どーも」

「お世辞じゃないってば! 本気でそう思ってる!」



 伏せた顔を両手で掴まれて、グッと上を向かされる。

 アヤメと目が合う。まっすぐな目。これだから陽キャは嫌なんだ。

 視線を右下に逸らす。これだから陽キャは嫌なんだ。俺とは違う生き物だ。




「海のゲーム、楽しみにしてるからね!」



 それだけ言い残すと、アヤメは颯爽と教室を出て行ってしまった。

 数人だけ残っていた学生が、アヤメの出て行ったドアと俺を見比べてなにかを話している……ような気がする。

 どうせ、アヤメみたいな陽キャに構われる俺が物珍しいんだろう。いつものことだ。


 いつものことだけど、"ちゃんとしてるアヤメ"と"ちゃんとしてない俺"の差を思い知らされてるようで、胃の奥底に不快感が淀む。

 俺はコンプレックスの塊だ。俺は俺じゃない誰かになりたい。


 ゲームの世界なら、それになれるんだ。

 だからもう一度行きたい。あの世界に。



 帰って寝て、起きたらまたいろいろ試そう。

 明日は休みだ。夜通しかかったっていい。



 ……あ、その前に母ちゃんに連絡しないと。



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