第2話 ゲームの世界で殺されてみた
「…………ハッ!?」
目が覚めると、そこは見慣れた景色。俺の部屋の天井だ。
「やっぱり夢……痛ってえ!」
やはり夢だったのかと起き上がろうとした瞬間、腹部に鈍痛が走る。
服を捲れば、そこには大きな痣ができていた。
ブタに突進されたときの衝撃を考えると少し軽傷すぎる気もするが、ちゃんとケガの痕跡がある。多分、現実の俺が死なないようにダメージが加減されてるんだろう…………難しいことはわからないから、そういうことにしておく。
「まじかよ……」
異世界──とは言っても自分の作ったゲームの中だが──に転移した。
夢みたいな出来事に、歓喜と興奮が腹の底からじわじわ湧き上がる。
「これ、もっかい行けんじゃね!?」
一度行けたならもう一度行けるはずだ。というか、ブタに突進されて終わりなんてクソゲーすぎる。
……そうだ。どうせ行くなら主人公をめちゃくちゃ強く設定してやろう。そうすればブタどころか、俺に勝てるやつなんて存在しない! 俺の天下だ!
「まずは俺の初期レベルを100に設定してー。それから最強装備をつけてー。……そういや誤字ってた場所あったな。あとマップも少し調整して、町の人のセリフも変えて……」
静かな部屋にキーボードの音が響く。いつになく集中できているのは、その先に異世界転移チート無双が待っているからだろう。なんてったって男のロマンだ。
魔王を倒せば、俺は一躍有名人。みんなにちやほやされるヒーローになれる。早く……早くあの世界に行きたい……!
「で……できた……」
外からバイクの走る音が聞こえてくる。新聞配達のおじさんだろう。それから鳥の鳴き声。カーテンの向こうは、少しだけ薄明るい。朝が来る。
「おはよう世界。そしてさよなら世界。俺は『天と地と、そして海と』の世界で英雄になってやるぜ!」
早朝なのでアパートの隣人に気を配りつつ、それでも高らかにそう宣言すると、俺はパソコンの画面をガシッと掴んだ。
「………………あれ?」
が、一向にあのまぶしい光が放たれる気配はない。
シーン……と静まり返った部屋。窓の外からチュンチュンとスズメの鳴き声が聞こえてくる。それが途方もなく虚しい。
「あの……もしもーし……?」
指紋が付くのもお構いなしに、ペタペタとパソコンの液晶を触る。が、それでもなにも起こらない。まるで俺の作ったゲームのエラーのようだ。……やかましいわ!
「くそ……。こうなったら念じるしかない……。念じればなんとかなる……。異世界転移~異世界転移~俺を異世界転移させてください頼みます~……」
どれくらいそうやって念じていただろうか。いつまで経っても、目の前のパソコンはうんともすんとも言ってくれない。
カーテンの向こうは、もう完全に明るくなってしまっている
。いつの間にか深夜テンションは消え、代わりに眠気と疲れが俺を襲う。
「……一旦寝るか」
半分眠った頭で考えたところで、いい案なんて浮かぶわけもない。
ひとつ大きなあくびをすると、俺は最後の気力を振り絞って洗面所へと向かった。歯磨きは大事だ。
「あーねむ……。おやすみー……」
開きっぱなしだったパソコンの画面を閉じてベッドに向かう。
はあ……今日はすごい一日だった……。
──────────────────────────────
「…………は? ここどこ?」
目を開けて最初に見えたのは、広大な大地だった。
眠っていた頭が一気に覚醒する。
「……は!? え!? 俺、またこっち来られたの!?」
確認がてら、辺りをぐるりと見まわしてみる。頭上には真っ青な空、左には真っ青な海、目の前には少しずつ茂っていく木々、後ろには立派な砦を構えた町。作り変えたマップ通りだ。
そして一番大事なのは俺! 俺の装備! 金ぴかの鎧に金ぴかの兜! それと大剣! もちろん金ぴかだ! それから黄色の靴! これはフリー素材が見つからなかった! 黒いパーカーに黒いズボンを履いている普段の俺とは大違いだ。これが勇者の風格ってワケ。
多分ステータスも最高値になっているはず。……そういえばステータスって見られるのか?
「ステータス画面オープン! ……なんつって」
まさかそんなので見られるわけないよな……と思っていると、目の前に突然ステータス画面が現れた。ゲームでよく見るあの画面だ。
一通り確認してみると設定した通り、レベルは100になっている。攻撃力も防御力もなにもかも999。カンストというやつだ。
こんなに重い鎧を身に着けていても軽々と動けるところを見ると、もしかしたら筋力もかなり上がっているのかもしれない。
「ステータスはオッケー。あとは……セーブはどうなってんだろ?」
『セーブを実行しますか?』
「だっ、誰!?」
突然耳元で響く無機質な声。目の前には『はい』と『いいえ』の選択肢が浮かんでいる。
「どうしよう……。わからないけどとりあえずセーブしとくか。セーブなんてすればするだけいいもんな」
『はい』と書かれた選択肢に触れてしばらくすると、またあの無機質な声で『セーブが完了しました』と告げられた。便利なものだ。ありがとう! セーブ機能! ……実装したの俺だけど。
「さて、と……。男・天地海、生ける伝説となりに行きますかね」
町に向かってずんずん歩いていく。頭の中では、このフィールドに設定したBGMが流れている。まだなにもしてないけど、気分は既に勇者、英雄、ヒーローだ。前回ブタにやられた俺とは違う。
この青い空も、青い海も、広い大地も、すべてがこの俺、勇者の門出を祝福している。
町の砦はもう目の前だ。これが伝説の第一歩……!
「き、金……!? ま……魔王の手下じゃああああ!!!」
「…………え?」
第一歩を町の中へ踏み出したその瞬間、門の側にいたおばあさんが俺を見て悲鳴をあげた。その声に、町中の人が集まってくる。
「なんだあの全身金コーデのやつ……!」
「あんな人、この辺りで見たことないわよ!?」
「金鉱石は魔王軍が採掘し尽くしたはず……!」
「ならやっぱり魔王の手下!?」
「みなでヤツをひっ捕らえるのじゃ!!」
「は!? え!? なに!?」
知らない! 俺はこんなイベント知らない!
前回のブタといい、今回のこれといい、なにかがおかしい! 俺の作ったゲームに無いことが起きている!
「クソッ……! やるしかねえのか!?」
このまま捕まるわけにはいかねえ! 剣を構えりゃ威嚇くらいにはなるだろ!
そう思いながら背中に背負った大剣を抜こうとして、それが少しも動かないことに気付く。
「は!? なんだこれ!?」
俺の腕力だとかの問題じゃない。まるで鞘ごと俺の背中に貼り付いたみたいに動かない。
そうこうしているうちに町中の人が俺を取り囲み、じりじりと間合いを詰めてくる。
「なんだよ! なんで抜けねえんだよ……!」
『町の住人への攻撃は許可されておりません』
「はあああああああ!? いや、たしかに攻撃できないように設定したのは俺だけどさあ! 時と場合ってやつを考えろよ!」
慌てふためく俺の耳に響くのは、いつもの無機質な声。
どこから聞こえてくるのかわからないその声に向かって文句を叫んだ直後、今度は老婆の声が耳に飛び込んできた。
「今じゃ! 捕らえろ!! ヤツを豚箱送りにするのじゃ!」
「や、やめ……! やめろ! 放せ! うわああああああ!!!!!!」