フェリ、ドラゴンを斬り伏せる
傷だらけのレッドドラゴンの強襲に馬がたじろぐ。
馬車が停止している以上、回避は不可能だ。
「アイシクル……ランス!!」
タルトが生み出した巨大な氷柱が迎撃するが、レッドドラゴンはギリギリで身を捩って躱す。
脇に逸れたレッドドラゴンが旋回し再びこちらを狙ってくる。
“ゲーーーーーッ!“
“これ躱すのかよ!!“
“どうすんだこれ!!“
コメント欄が騒がしいが、無視。
御者として馬の手綱を握るクロエがこちらを見るのを見越して、俺は余裕ぶってみせる。
ちらっ。
ででーん。
ふぅ、クロエが内心ほっとした。
こいつが錯乱したら俺達は機動力を失って詰む。
馬の手綱を握るのはクロエだが、俺はクロエの手綱を握らなければならない。
レッドドラゴンが急降下し、側面から馬を狙ってきた。
タルトのアイシクルランスに身を削られながらも、レッドドラゴンは執拗に軌道を変えない。
これはもう意地だな。
“避けないぞ!“
“来る来る来る来る来る来る“
“全員逃げ!!“
“防御態勢!!!!!!!“
「ホーリーシールド!!」
「グアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
アリアがホーリーシールドを展開して進行を阻害しようとするが、レッドドラゴンは構わず突貫。
パギャン!!
ホーリーシールドを貫いた。
“嘘だろ“
“そんな“
“ああああああああ!!“
“もうできることな“
レッドドラゴンの右爪が迫り、クロエが緊張から手綱を握りしめ、馬に動揺が走る。
俺はというと、けたたましく流れていくコメント欄を流し見ながら、酒を煽っていた。
ドラゴンの爪が馬に届かんとするその寸前。
クロエの脇を走り抜け馬を蹴り跳ねたフェリが、剣を振りおろした。
軌道を読み切っている。
「そこだああああああああああ!!」
ザシュッ!!
レッドドラゴンの悲鳴があがり、そのまま地面へ倒れ込む。
馬も驚いているが、レッドドラゴンはもっと驚いているだろう。
立ち上がれないのだから。
「……ッ ……!? ……!!」
レッドドラゴンの右脚は、もうない。
フェリが切り落としたからだ。
“やりやがった! やりやがった!“
“SUGEEEEEEEEEEEEEEEEE!!“
“面目躍如!!“
“嘘だろ“
“カウンターだぁぁぁぁ!!“
コメント欄が沸き立つ中、俺は馬車を動かさないようクロエに指示を出す。
アリアとタルトは予定通り動いているな、指示を出す必要もないか。
重症を負ったレッドドラゴンを見て、もう一匹の無傷のレッドドラゴンが身じろぐ。
人間の冒険者にたとえるなら初手で三人パーティのうち一人が殺され、二人目が重症を負った状態だ。残された者が怯えるのも当然だろう。
重症のレッドドラゴンにフェリが突貫し、距離を詰める。
“おおおおおおおおおおおおおおおお!!“
“いけええええええええええええええ!!“
“いけええええええええええええええ!!“
“いけええええええええええええええ!!“
“やっちまええええええええええええええ!!“
今まさにドラゴンスレイヤーになろうとしているフェリにコメント欄が沸き立つ。
深めに釘を刺しておかねばなるまい。
「あーー! これ、一度でも空に逃げられたら終わりなので! みなさんは絶対に真似しないでくださーーーい!!」
“たしかに“
“飛ばれたら剣届かねえもんな“
“やべえじゃん“
“どうすんだこれ“
まぁ、実際は飛ばれる前に終わるんだが。
その説明はしなくてもわかるからいいか。
レッドドラゴンがフェリに気づき、崩れた体勢のまま大口を開けた。
“ファイアブレスが来る!“
誰かがそうコメントしたのと同時にフェリは懐から短刀を抜き放つ。
口内の火打ち石が短刀に砕かれ、ギャリッと嫌な音を立てた。
レッドドラゴンがドラゴンブレスを吐こうとするが、着火しない。
二本目の短刀が左目に刺さり、レッドドラゴンがたじろぐ。
右目を狙った三本目は外れたが、動揺することなく距離を詰める。
“ウオオオオオオオオオオオオ!!“
“あの距離から当たる!?“
“走りながらだぞ!!“
レッドドラゴンが後ろ足に体重をかけて立ち上がり、残った左爪でフェリを狙うが動きが単調すぎた。
フェリは横にステップを踏んで回避し、そのまま跳躍。
右翼に斬撃を浴びせる。
いいぞフェリ。
飛ばれたら終わりだからな。
「えーーー、本当はやらないほうがいいんですが、ドラゴンと接近戦をする場合。飛ばれると終わりなので初手で即死させるか、無理なら翼を狙ってくださーい」
“いや、ちょっ“
“できるかこんなの!!“
“できてるやないかい!“
“俺が知ってる剣術とちがう……“
まぁ、そうだろうな。
対人の剣術と対巨大種の剣術は別物。
ドラゴン相手ともなればなおさらだろう。
尻尾が振られれば跳び上がって斬り、噛みつかれればバックステップで回避して斬り、ブレス攻撃の兆候があれば後ろに回り込んで斬る。
フェリはドラゴンの攻撃を完全に読み切り、回避→攻撃→回避→攻撃を繰り返している。
理想的な立ち回りだった。
これは俺の持論だが、戦士職の成長が遅れる理由は魔法支援があるからだ。
死にかけても回復してもらえる。
持ちこたえていれば魔法でとどめを刺してもらえる。
その余裕が戦士の勘を鈍らせる。
なので、俺は戦士職だけで低階層のダンジョンを掃討させた。
遠距離魔法がないためゴリ押しが使えず、回復魔法がないためモンスターの攻撃をよく見るようになる。
ただこれを深層で行うと普通に死ぬので、浅層で延々とモンスターと戦わなければならず。
安全でさして金にならない浅層より危険で金になる深層に潜りたがる冒険者たちは、俺の忠告を無視してしょっちゅう死んでいた。
フェリもまた基礎ができていると言える。
それを証明するかのように。
深手を負い、息も絶え絶えとなったレッドドラゴンと対峙するフェリは未だ無傷だった。
“ドラゴンスレイヤーじゃん“
“フェリつえええ“
“剣教えてもらいたいんだが“
“いちおう銀:いや、絶対に真似すんなよ! 死ぬぞ!“
“真似しないけど。でも、教えてはもらいたい“
コメント欄では誰も触れていないが、この戦闘が成立しているのはアリアとタルトのおかげだ。
レッドドラゴンが二体いる以上。
一対一で制圧しても、もう一体が遠距離からファイアブレスを吐けば終わる。
それができないのは、アリアとタルトが無傷の一体に杖を向けているからだ。
「ふーーっ」
「こっちみろーー! 見とけー!」
あれだけ繰り返せば、ブレスがホーリーシールドで防がれ、お返しにアイシクルランス(柱)が飛んでくることは嫌でもわかる。
もしこちらで攻防が始まれば、あの単独でドラゴンを斬り伏せている化け物がこちらに刃を向けるかもしれない。
その思考がレッドドラゴンに「何もしない」を選ばせる。
結果として、アリアとタルトは一発の魔法も使わずに無傷のレッドドラゴンを拘束していた。
盤上の駒として浮かせることで戦力を無効化する。
これが戦術というものだ。
アリアとタルトもずいぶん魔力を消費した。
もう一体のレッドドラゴンはギリギリ倒せるかどうかだろうが、無理そうなら俺が手伝ってやればいい。
みんな、成長したな。
俺がらしくないことを考えていると、空から極光が差した。
光の落下地点にはドラゴンがいる。
あれは、見覚えがある。
まずい、あの光は……!
「エクストラ……」
ベリア領の手前にて。
満身創痍の枢機卿・ユリウスが杖を掲げていた。
激闘があったのだろう。
乗っていた馬車は大破し、周囲には魔女・パンタグラフから送り込まれた大量の聖銀製の動物たちが砕けていた。
「エクストラ・ロングヒール!!」
ユリウスの超遠距離回復魔法が遥かな距離を越え、重傷のレッドドラゴンを完治させていく。
配信に目をやると、コメント欄が動揺していた。
“なんでドラゴンが回復して“
“こんなのどうしたらいいんだ“
“やっとここまで追い詰めたのに“
“嘘だろ“
失われたはずの右脚まで治り、形勢が逆転していた。
フェリは果敢にドラゴンに立ち向かい、傷を負わせるが。
「ふ、ははは! 無駄なことを! エクストラ・ロングヒール!!」
ユリウスの超遠距離回復魔法が何度でもレッドドラゴンを癒やす。
「ユ、ユリウス様。一体何にヒールを……。まずは御身をお癒やしください!」
壊れた馬車に隠れていた御者がそう訴えるが、血塗れのユリウスは聞く耳もたない。
「うるさい! 僕の身体などどうでもいい! 余計なことに使う魔力などないのだ! 万が一。いや、億が一にでも魔力が足りなくなったらあいつを倒せなくなる!! あいつは、絶対に、ここで……!」
高揚したユリウスは祈りの所作で冷静さを取り戻す。
エクストラ・ロングヒールは強力な分、集中力を必要とする魔法だった。
冴えていく頭脳でユリウスは作戦を反芻する。
ナナシが配信を続ける限り、僕は戦場に出られない。
なら簡単なことだ。
配信に映らないほど遠い距離から、レッドドラゴンを援護すればいい。
パンタグラフの聖銀どもとの戦闘でだいぶ魔力を消費したが、それでもあと1000回は余裕で回復できる。
この距離だ。
回復役(僕)を倒す手も使えないぞ!
さぁ、根比べといこうか! ナナシ!!




