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偽物の騎士、月を見上げる


 口だけで大したことのない男。

 それが私のナナシに対する評価だった。

 

 周囲が忙しなく働いているというのに、この男は何をするでもなく絶えず質問を浴びせてくる。


「王都はどうだ」「なぜ王妃と王子は死んだ。どんな事故だ」「最近、何を食べた?」「なぜ一人でここに来たんだ」「騎士団の連中は元気にしているか?」「王はバクスターのことをなんと言っていた?」


 クロエと名乗った私はそのすべてを適当な言葉ではぐらかす。

 

 何を聞いてこようが無駄なことだ。


 真実を伝える必要はない。

 その場限りの嘘でいいのだから。


 私に本当の名前はない。

 幼い頃から王家直属の暗殺部隊レガシーの一員として諜報活動に携わってきた。


 私の感情も行動も命すらも私のものではない。

 すべてはグランツ王国のためにある。


 王が乱心して王妃たちを皆殺しにした日。

 配備についていた他のレガシーたちは王を殺そうとしたらしいが、無駄なことだった。


 王が呼び立てていた腹心のエルフは尋常でないほど強く。誰も太刀打ちできないし、冷淡な王は反逆の意思が見えれば相手が誰であろうと即座に処刑する。


 最初は恐怖した。

 明らかにこの王は我らが知る王ではない。


 言動から察するに初代王が何らかの魔術で憑依しているのだろう。

 古代の人間の気性は荒く、残虐であったと聞くがどうやら本当らしい。


 だが、今代のグランツ王にここまでの強さがあっただろうか。


 レガシーを使って邪魔な人間を秘密裏に殺し、政権の盤石を図るばかりの日々。

 本来なら王の求心力でもって他者を従えるのが正道ではないのか。


 その点、今のグランツ王は違う。


 苛烈にして残虐。

 その上、徹底的で平等だ。


 そう、平等なのだ。

 妻も子も貴族も平等に殺す。

 そして恐怖をもって人を統べる。


 善悪で言うなら間違いなく悪だろう。

 だが、新しきグランツ王になってから宮廷での足の引っ張り合いはなくなった。


 もうかつてのようにコソコソと暗殺者を差し向けるようなことはしない。

 直接その場で死を宣告して殺す。


 なんと清々しい悪か。

 

 尊敬はしない。

 絆されもしない。


 ただ、一点。

 国家を統治する機能として見た場合、それは研ぎ澄まされた刃のように完成されていた。


 ならばこの国を任せられる。

 私の命など天秤にかけることすらおこがましいことだ。


 だからここに来た。


 夜。


 私は冒険者たちの歓待を受け、バクスターお手製のやたら凝った料理と度数の高い酒を振る舞われながら無邪気な笑顔をしてみせる。


 胸元に隠されたペンダントに、意識が向いた。

 新しき王より渡された必殺の魔道具。


 今回の私の任務はこれでナナシとバクスターを殺すこと。


 ちなみに使えば私も死ぬ。

 最後の晩餐というやつだ。


 それでいい。

 ただ一振りの刃としてこの生をまっとうできるなら、この血濡れた手も満足だろう。


 酔いが回ってきたのでそろそろお暇すると告げて、私は用意された宿に戻る。


 決行は明日。

 目撃者を確実に皆殺しにするため、アッシュウッドの森の中で行う。


 それにしても、今夜は月が綺麗だ。

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