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忍び寄る悪意

 数多に広がる星々が天上に映る晴れた夜。

 タコイの里で銀の空が一番近く見える丘に、神妙な顔つきの銀髪少女ルイが訪れていた。

 夜風がさらさらと流れ、短草が囁くように揺れている。

 もっとも彼女がここへ来たのは、星を鑑賞するためでも虫が奏でる音色を楽しむためではないのだが。


「あれは――」

 

 所々に生えている発光植物の明かりで周囲がよく見えるため、何かを発見。

 歩いて十数歩程の場所に見知った人物がいた。


「マチじゃないですか」

 

 親友との想定外の遭遇に、ルイは瑠璃色の双眸を丸くする。

 足を崩して座っていた彼女も上体だけ振り返り、


「お、ルイじゃん。どうしたのさ、こんな夜更けに」

 

 夜間のこの丘で親友との会偶に驚く。

 ルイはマチの横に両膝を立てて座り、物憂げな表情で答える。


「何故だか全然眠れなくてですね。ここだとマチがよく寝てる気持ちいい場所ですし、私もここで横になってる内に眠くなってくるかなと思ってって来たんです。うとうとしてきたら帰ろうかと」

 

 彼女の父と母も夜間に年頃の娘が独り歩きすることを、何も咎めなかった。

 それは外世界の常識。ここは平和の楽園。タコイの民は基本的に穏やか、過度な負の感情に苛まれて闇夜の中、仲間を襲おうとする者はいない。


「そういうマチこそどうしたんです? 流石に夜までここでは寝てないでしょうに」

 

 ルイが怪訝そうに質問を投げると、マチは後頭部に手をあて、戸惑いの表情を浮かべる。


「実はさ、あたしも今夜は眠れなくてさ」

「え、いつでもどこでも寝れるマチが寝れなくて悩んでる!?」

 

 ルイは大きな瞳を見開いて驚愕の声をあげた。

 顔と顔がぶつかりそうになるまで近づけた彼女を、マチは両手で制した。


「それは言い過ぎだよっ」

 

 驚天動地と言わんばかりの反応を大げさだと笑って否定するマチ。

 ルイは至って真面目な顔つきで反論する。


「言い過ぎじゃないですって。マチがそんなことを言うなんておかしいです」

「うーん。いやさ、何でだかわからないけど、胸騒ぎがして落ち着かないんだ」

 

 天真爛漫かつ無邪気なマチには似合わないような真剣な表情で言われたため、ルイは少し顔をこわばらせた。そして、胸騒ぎという言葉に強く反応した。


「胸騒ぎ?」

「うん。上手く説明できないけど、そういう感じ」

「ますますマチらしくないです。欲望に忠実なあなたが……。けど、私も似たような感じなんですよねぇ」

「ルイも!?」

 

 何故なら、ルイも同様の理由だったからだ。

 驚くマチへ話を続ける。


「えぇ。気のせいかとは思うんですけど、私もいまいち説明できないというか。夕飯は焼いた川魚に森の木の実とかでしたけど、いつも食べてるものですしねぇ」

 

 疑問が解決せず首を傾げるルイ。

 経験したことのない不安感。漠然としてはいるが、確かに存在している感覚なのだ。


「そっか。でも悩んでもわからないんじゃあしょうがないよね」


 マチは言いながら、草っぱらの上にごろんと横になった。


「ですねー。とりあえずここで横になるとしてみます」

「じゃあ今夜はさ、朝まで一緒にここで寝ない?」

 

 マチの提案に一瞬キョトンとした顔つきになったルイだが、特に断る理由もないので乗ることにした。


「一緒にですか。まぁいいですけど」

「たまには友達と一緒に寝るのも楽しいかなってさ、へへ」

 

 苛まれる胸騒ぎを脱していないが、考えても解決しないので気持ちだけでも切り替えて、寝れない状況を楽しむにしたマチが屈託のない笑みをルイへ向けた。

 親友の笑顔を見ているとルイの心の中も暖かくなり、胸の嵐も少々収まった気がした。

 ルイも横になり、二人は見合って雑談を交わす。


「明日は何かあるの?」

「父さんと母さんがゴリン園で実を収穫しますので、手伝いに行こうかと。終わったら母さんと一緒に私達の地区の作業場で、服の編み込み作業の手伝いです」

「相変わらず働き者だね。じゃあ起きたらあたしに構わず行っていいよ」

「わかりました。というか、マチの明日の予定は?」

「あたしは特に何もないかな。食って遊んでよく眠ろうかなって」

「いつもと変わらないですね。また部族長とナナさんにどやされますよ――マチ?」

 

 会話の途中でマチは瞼を閉じて静かに寝息を立てていた。

 あまりにも突然寝始めたため、ルイは思わず噴き出しそうになるが寸で堪えた。

 マチのあどけない寝顔を近くで見つめ、同い年であるのにまるで赤子のような愛おしさを覚え、静かにほほ笑んだ。

 

 キラメキの空の下、大いなる力を内包する少女らが眠りに落ちていく。

 平和そのものの場面だが今夜、信じていた日常は消えかけていた。

 悪意の影がタコイの里に迫っていた。

 凶暴な獣達も鳴りを潜める真夜中。草木を掻き分けて進む外の文明の一団があった。

 鎧に身を包み、深夜の行軍を続ける軍勢。

 空には異形の化け物が人を乗せて飛び、森で迷い立ち止まらぬよう兵団を先導。

 彼らは異文化交流のために訪れた使節団ではなかった。

 神に選ばれた聖域に暴虐非道と不自由をもたらし、かの邪悪の化身を呼びさまそうとする不道徳者達である。

 

 進軍、進軍、進軍、進軍、進軍。楽園は目と鼻の先に。侵入。今宵安息は失われる。

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