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嫌々に修練

 マチはゴリン園を颯爽と走り抜けた後、タコイの里を形成する四つの地区の内、ヒラカ地区の集落を通り過ぎて、里の中央部――円形の広場にたどり着いた。

 四つの地区を結ぶ道はそれぞれ広場に繋がっているため、ここは各地区から様々な用事があって他地区へ向かう人々が行き交う要衝となっている。

 マチは人波をかき分けて、ロサキ地区とクイシ地区へ向かう街道の間にある道を歩く。森の倒木を利用して架けられた橋を渡ると、その建物はあった。


「あーあ、とうとう着いちゃった」

 

 これから始まる面倒な修練を思い浮かべ、マチは苦笑いする。

 林に囲まれた建物はタコイの祭殿と呼ばれる施設である。

 民が住まう住居の軽く倍以上は大きい。頑丈な縄で木材と木材を縛り、柱や漆を加工して作られた木造建築であり柱は長くとり床を高くした高床式、建物の両側から屋根の棟木を支える棟持ち柱が特徴的だ。

 マチは架けられた梯子を慣れた手つきで軽々と登ると、そっと祭殿の入り口へ入った。

 ぎしり、と木の軋む音がする。


「よし、ギリギリ大丈夫って感じかな」

 

 小声で言ったが、


「どこが大丈夫だ馬鹿者」

 

 脇から何者かにばしっと頭を叩かれた。


「わひゃっ!? いったーい!」

 

 マチは素っ頓狂な声を出して驚き、叩かれた頭を押さえながら声をあげた。

 見上げると、長身の短い金髪の中年男が腕を組み、おっかない表情をしていた。

 藍色の民族服を纏った彼は、筋骨隆々で力強い雰囲気である。


「痛いよ父さん。怒るにももう少し優しくコツってしてもらわないと」

 

 涙目で頭をさするマチへ、父さんと言われた凛々しい顔つきの男は厳かな声で言った。


「今日も遅刻か、マチ。もう数えきれない程の遅れっぷりだな」

 

 彼はマチの父親である。そして、タコイの里に四人いる族長の内の一人だ。

 その証に、族長の証である太陽を模した木製の装飾品を首につけている。


「お前もナナを見習え。あの子はもうとっくに瞑想は終えたぞ」

 

 マチの父は視線を祭殿奥――祭壇の方へ移した。

 誰かが歩いてきた。屋根には風の出口を開けているので、太陽の光が祭殿内に差し込み明るいため、よく見えた。

 近づいてきたのは、焦茶色の民族服を着た少女だった。

 マチよりも頭一個分背が高く大人っぽい印象の少女は、肩より長い亜麻色の髪を側頭部で一つにまとめ、垂らしている。

 両手を腰に当てて、不満げに頬を膨らませた亜麻色髪の少女は、


「お姉おっそーい。どうせまたあの丘で寝てたんでしょ」

 

 呆れたように言った。


「ゴメンよナナ。あんまりいい天気だったから、寝ちゃった」

 

 図星のマチは申し訳なさそうに笑う。

 ナナと言われた彼女はマチの一つ下の妹だ。背丈や身体の発育具合に差があるため、関係を知らない者が見たら、マチの方が姉だとは思わないだろう。特に胸は平地と山ほどの差があった。切れ目が入った瞳の光沢はマチ同様に黒い。首には青色連珠をつけている。

 彼女もまたマチとルイ同様、古代より脈々と続く三神霊の継承者に選ばれた者だった。


「てか、お家にいる時に起こしてくれてもいいんでなかったの。妹の役目だよ、それは」

「だってお姉はすぐ起きれないじゃん。準備も遅いし案の定サボる気だったろうしー」

「そんなこと言わずにさぁ。ルイじゃなくて、たまにはナナが愛する姉を迎えに来てくれたっていいんだよっ」

 

 言いながらマチは獲物を仕留める獣のように俊敏な動きで、ナナの背後にまわる。


「いッ!?」

 

 悪寒を感じたナナが、すぐさま振り返ろうとしたが遅い。

 視認できない速度。瞳を妖しく光らせたマチは両手を伸ばし、ナナの豊満な胸を欲望のままにわし掴もうとしたが、


「いきなり何をやっとる」

 

 真顔の父親の手刀を受けて、床に伏した。


「あたたた。もー、邪魔が入ったからナナのおっぱいチャレンジ失敗じゃん」

 

 ぶつけられた衝撃で顔が赤くなったマチが、残念そうに呟いた。


「ケダモノお姉のおバカお姉なんだから、まったく」

 

 己を守るように両手で胸を抱きしめたナナだが数瞬後、何かに気がついてハッとした顔つきになると、痛みを堪えながらゆっくり立ち上がったマチへ尋ねた。


「あれ、アホお姉、そういえばルイちゃんは?」

「ルイは……。そうだ、競争してたんだあたし達」

 

 ぽんっとマチが手を叩いた後、


「やっと、はぁはぁ、着きましたよッ」

 

 息切れ状態のルイが、生まれたばかりの獣のような足取りで祭殿内に入ってきた。


「おぉルイちゃん。今日もありがとうな」

 

 感謝の言葉を述べたマチの父親は、やっと小さく笑った。


「ロン族長の頼みとあらば。ルイはいつだってどこに隠れていようがマチを連れてきますから」

 

 ルイは苦しげだが、自信に溢れた表情を信頼する族長に見せた。

 マチは競争に負けた彼女が恰好をつけるのがおかしくてけらけらと笑った後、声掛けた。


「遅いよルイ。今日もあたしの勝ちだね。掃除は――」

「替わりませんってば! せめて、一緒にやってあげますからッ。頑張りましょうマチ」

 

 強めの口調で捲し立てられたマチは、勢いに圧倒されたように、


「ちぇっ。まぁ一緒にやってくれなら仕方なくしぶしぶやろうかな」

 

 彼女の条件変更提案をしぶしぶ呑んだ。


「相変わらずおルイちゃんは優しいね。感謝しなよ、アホお姉」

 

 ナナがじとっとした目つきで反省しない姉を流し見た。


「わかってるよっ。ちゃんとやりますから」

 

 と、ひらひらと手を振って調子よく返したマチ。

 彼女達の普段から変わらぬやりとりが一段落ついたところで、ロンがぱんぱんと両手を叩いた。三人娘はロンに注目する。


「じゃあ揃ったところで、修練再開だな」

「はーい」

 

 一名以外は元気な返事を返した。


「ナナは裏の修練場で天女エナガ様の力の発現確認だ。そんで、マチとルイちゃんは瞑想からやりなさい」


 指示がでた後ナナは「また後でね~」とマチとルイへ振った後、すたすたと入り口から出て行く。残った二人は祭殿奥――祭壇の前に胡坐をかいて座った。

 後ろにはロンが立っているが、いつの間に持ってきたのか木の棒を持っていた。

 チラっと父親を流し見たマチは小さな嘆き声を出し、横で静かに両目を閉じているルイにならって自身も瞳を閉じた。


(面倒くさいけど、修練が終わったら水浴びしてご飯食べて寝れるから頑張ろう)

 

 終了した後の楽しい想像をしたマチは、意識を切り替える。


(いつもやってるけど不思議だ。神霊様を降ろしてその力だけ憑依させるなんて凄いことを、あたし達が出来るなんて)

 

 過集中。深淵の中で、別の世界へ瞬時に移動してしまったような感覚を覚えた。

 それは空よりも高く、星々が輝く真っ黒な場所である。実際に行った経験もないのに、マチはそう感じていた。


(瞑想で成すべきは、降ろした神霊と私達の意識を同調させた時の集中力をより深めて、神霊様の力を生前くらいまで使えるようにすること。さぁ私よ、これから没入しますよ)

 

 繰り返してきた修練の意味を頭の中で呟くルイもまた、マチと同じ空間に意識を埋没させている。

 マチとルイの連珠が同時に白い光を帯び始め――彼女達もまた同様の光に包まれた。

 神霊を一時的に降ろしたのだ。ロンは本格的に始まった瞑想を静かに見つめている。

 やがてマチの空間にぼやけてはいるが、大人の女性が現れた。


(あたしの神様、エレナ様が出てきた。ほんと、綺麗なお方だねぇ)

 

 紫水晶のような瞳と流れる絹糸を思わせる黒髪に、黄金比を満たす美人顔。

 凹凸のはっきりした体とナナよりも大きな胸を強調させた黒い服は、マチが見たことのない意匠を凝らしたものだ。

 瞳は瞑っているのに彼女の姿をそのまま見たように理解している。

 彼女もまた瞳を閉じたまま、星々を浮いているように漂う。


(変てこりんな服を着てるけどでかいお胸だし、あそこなら気持ちよく寝れそう)

 

よからぬ煩悩が入るマチ。集中力が切れ始める。


(あ、やばたんやばたん。同調だよ。集中して同調)

 

 瞑想に集中しなければと意識を深化させるが――


(どうちょ、しゅちゅ、ごは、ん。ひる、ね)

 

 すでに涎も垂らしていた。

 頭の中に突如割り込んできた、睡魔という強敵に負けそうになっている。


「寝るなーッ!」

「いてーッ!?」

 

 瞬間。小さな肩にロン渾身の木の棒の一撃を受けた。

 痛絶に耐えきれず、マチは目を開けて飛び跳ねた。


「いつつ……。何がどうなって――あれ、あたしまた寝てた?」

 

 頭の中に広がっていた世界も神霊エレナもすでにいなかった。

 マチは叩かれた肩を撫でながら「おかしいな、めっちゃ集中してたのに」と、納得いかない面持ちでため息を吐いた。

 そして見上げると、ロンが彼女よりも深いため息を吐き、頭を抱えていた。


「お前はどうしていつもこうなのだ。ルイちゃんを見てみろ、お前と違ってちゃんと意識を神と同調して集中しておる」

 

 ロンはマチの横の銀髪少女に目配りする。


「おーい族長さん、にやついてますけどこの人」

 

 マチが覗き込むとルイは笑いを堪えていた。もはや彼女も集中力を失っている。


「まぁともかくだ、マチ。もう一度集中して瞑想するんだ。俺がいいと言うまでしっかりやりなさい」

「わかったよぉ。もう眠りませんってばー」

 

 自身にだけ向けられた叱責に不服なマチだったものの、再度胡坐をかいて瞳を瞑った。

 姿勢を正したまま静止して無心となり、己に宿した神霊に二人は再度同調する。

 瞑想はまだまだ終わらなそうだ。

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