突入せよガワラ王国! 前編
ダムド王のお膝元、王都カシスを囲む広大なサワミ平原。
鳥たちが自由を謳歌するアクアマリン色の空の下、乾いた大地を蹴り進む数多の蹄の音が響き渡る。
世界を統べるため、利己的な作戦を成功させた裏切りの宰相ブラボは、自身に心酔する者達を中心に編成した部隊と共に王都カシスへの帰還途中にあった。
(あと少しだ。神人となったあの日からとても長かったが、あと少しで……)
数多の戦場を共にかけてきた愛馬に跨るブラボは、感慨に耽っていた。
全ては、邪神メギドの力を手にするために行ってきた偽りの忠誠の日々である。
自然と笑みも溢れる。ブラボの手が歓喜で震えていた最中だった。
(む……?)
上空で部隊を先導していた鳥龍使いの神人傭兵シャルが、喚きながら急降下してきた。
尋常ではない様子。ブラボは離れた位置に並んだシャルへ、表情を崩さずに叫んだ。
「シャル! 何を騒いでいるッ」
「ブラボ殿後ろですッ! デカい神獣が接近してきてッ!?」
「なんだと?」
上体を翻して後方を確認したブラボの瞳が、驚愕に見開いた。
部隊最後尾――鼬を巨大にして角を生やした姿の神獣が、土埃をあげながら凄まじい勢いで猛進してきたのだ。
「ん――うぉぉぉぉ何だこのバケモン!?」
「角が生えてるッ、神獣だ! 野良の神獣が出てきやがったのかッ!?」
走る兵士達は突然の神獣襲来に驚き慄き、転倒する者もいた。
前方の騎士達も狼狽え、騎乗する馬も激しくいななく。至近距離での巨大生物の並走に、驚きのあまり前脚を上げて乗り手を振り落とす馬や、恐慌状態に陥り止まった前列を避けきれずに激突、馬から振り落とされる騎士も多数で隊列はパニック状態になった。
(どういうことだ! この近辺に神獣など生息しているはずがないのに!?)
前触れもない神獣襲来へ、ブラボといえど手綱を握る両手が汗で滲んだ。
そして、喚き続けるシャルの声が一瞬聞こえなくなる。
「な――ッ!?」
ブラボの心が更にかき乱される。
鼬の神獣に乗った三人の人間を発見したのだが、全員彼が見知った人物だった。
(ブラボ。とうとう追いついたよ)
顔を上げたタコイ族の少女マチは、精神を乱されたブラボを鋭い眼差しで捉えた。
射抜かれた神人宰相は体勢を戻す。悠長にしていられない状況と理解しつつも、突如現れた三人の人間と神獣に対して考察を巡らせた。
(俺が倒したタコイ族の二人が何故神獣に跨っている!? しかも一緒にいた男は間違いなくレノンだった。騎士団から排斥された奴が、今頃になってどうしてタコイ族と……!」
視界には収めた情報の渦は、簡単に処理しきれない衝撃があった。
レノン――親譲りの騎士として非凡な才能を持つ男である。
大陸統一を見送るようにして世を去った偉大な親の死に際の言葉を、ダムド王が組んだために朱の騎士団から近衛騎士へと任命された、亡き親の威光で出世しただけの取るに足らない存在とブラボは評していた。
だが、神々の異能を操る者としての力の差と恐怖を見せつけてやったタコイ族の少女らと共に、神のしもべに乗って襲来してきたとは想定外にも程があった。
いつ、どこで、何故、どのようにして、交わることのない者達が協力関係に至ったのかブラボには知る由もない。
(タコイ族の降ろし手の異能は把握している。奴らが神獣を従えられているのは、ダズル神の異能を持つ者がいるから――まさか、レノンか!? 異能を隠し持っていたのかッ」
ブラボの額から脂汗が垂れた。
驚天動地の心境だった。神人であったなど聞いたこともない。彼が親の七光りだけでなくダズル神の血を引く者だった現実に、頭が痛くなるばかりである。
「チッ。ムッツよ、捕らえたガキをシャルへ渡せ!」
後方を駆ける大柄な騎士ムッツへ指示を飛ばした。
「ハッ」
男は前列から横にずれ、鳥龍を駆るシャルへと接近していく。
敵の意図を察したマチは、動きを注視したままレノンに声掛けた。
「レノン! やっぱり気がつかれたッ」
「あぁ。鳥龍使いに渡す気だが、そうやすやすといくか。湖鼬、もっと飛ばしてくれッ」
「承知」
湖鼬がペースを上げた。
朱の騎士団が誇る快馬をぐんぐんと追い越していき、もはや先頭列に迫る。
ブラボは焦燥し苛立つも、暗くなった頭上を見て笑みを零した。
助け船が間に合った。鳥龍は二体いる――降下してきたのは、赤髪のシャルではなく、鮮やかな青い髪の少女の方だった。吊り上がった目つきの好戦的なシャルと違い、たれ目で無機質な表情で無言のままである。
「ファナか! 助かったぞ」
安堵したブラボはファナと呼んだ少女の操る鳥龍の、太く鋭い足爪に捕まった。
そのタイミングで、シャルが飛龍を上昇させながら悲痛な面持ちでブラボへ伝える。
「ブラボ殿ッ。鳥龍も遠征で疲れてるのに、人をもう一人抱えてちゃ長くは飛べない。城までは持たないかもしれませんよ!」
「チッ。最低でも城壁を越すぞ! どこで降りるかはその後指示するッ」
ブラボが思うようにならない状況にイライラとしながら言って、ファナの駆る苦し気な表情の飛龍も空へと昇っていく。
「待て! くそ、どっちとも逃げられるッ」
レノンは焦燥感に苛まれた。
二頭の鳥龍と乗り手の存在は最初から考慮していた。二人が動くより早くナナを奪取してブラボに突進、落馬させる作戦だったが理想通りには進まない。
レノンは湖鼬へ作戦変更の指示を出した。
「湖鼬! 目的をナナの救出だけに絞るぞッ」
「承知。我が主とその他者共、ちゃんと毛に捕まっとれ!」
湖鼬は左斜め方向に逸れ、ナナを足の爪で掴まえた鳥龍を追うがあと一歩が足りない。
飛び跳ねて鋭い牙で噛みつく寸前で、上空へと逃げられてしまったのだ。
無念の着地。第一の策は失敗に終わってしまう。
「あーッ惜しかったのに! ――どうしましょう、空に逃げられたとなればッ」
ルイが悔しそうに言った後、おろおろと慌てふためく。
「ナナ……。あと少しだったのに! 湖鼬、あなたアレと同じ神獣なのに飛べないのッ」
涙目のマチは空へ逃げた飛龍を指差しながら、快足の神獣へ無茶な要求をするが、
「何を言うか。いくら我とて華麗に跳躍は出来ても羽は生えとらんから空は飛べんッ」
湖鼬はぴしゃりと言い返し、崩壊したガワラ王国軍部隊を置き去って走り続ける。




