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3

 翌日。予告時間までレッドブラッドでコーヒーを口にしていた。

 エミリーが接客をしている間、頭では昨晩のこと、それからこの二年間で追ってきたヘクトールについて考えていた。


(昨日は、どこに隠れていた……?)


 毎度予告状の場所に向かっては、視線だけ感じるのだ。だが、ヘクトールを捜している最中に、ダイヤのジャックを受け取った犯罪者たちは動き出す。同時に、感じていた視線が消える。


 こんなことが、もう二年も続いている。エスプレッソを口に含み、進展のない復讐に苛立ちを覚えていた。


「難しい顔をしていますね」


 エミリーが接客を終えてカウンターの向かいに来る。


「嫌でもそんな顔になる」

「また、手がかりはありませんでしたか」


 その通りなので、メネスは深いため息を吐き出した。


「それでも、あなたは予告状の指定した場所に行く。ですよね」


 行くに決まっている。だが、また弄ばれるのだろうか。ヘクトールのような異常者にとって、メネスはただの遊び相手に過ぎないのだろうか。


 頭の中で考えが巡る。浮遊都市は広く、メネスとエミリーでは見張れない。それも、相手がただの人間ではなく、吸血鬼なら尚更だ。


 ヘクトールの正体。そのわずかな情報が、吸血鬼だということだ。


 ヘクトールが殺した遺体を何度か見たが、昔ながらのやり方で首に噛り付き、血を吸った跡がある。吸血鬼の血の飲み方は、各々に決まった特徴がある。指紋のように、それぞれが別なのだ。


 こんな吸血鬼の馬鹿げた犯行を、尊敬する亡き父が見たら嚇怒するだろう。

 メネスにとってヘクトールは復讐の相手であり、正義に生きた父の代わりに止める義務があるのだ。


「とはいえ、最近ではブリシアもヘクトール捜査に本腰を入れたと聞きます」

「ただの人間に奴は捕まらない。へたに死人が増えるだけだ」

「いえ、それがどうやらオパーズを数名動員したそうです」

「なに……?」


 目には目を歯には歯を、というやつだろうか。エミリーが言うには、かつて日本と呼ばれた国にいた鬼と妖狐、それから西洋の魔女を加えたらしい。


 棍棒を振り回す筋骨隆々の鬼と、妖術により人間を惑わしてきた妖狐。しかしなにより、魔女というのが気になった。


「魔女はオパーズから外されたんじゃないのか」

「ええ、ですから増員された魔女は表向き、オパーズではなくエリア一から派遣された特別隊員として迎えられています」


 魔女は古くより虐げられてきた一族だが、浮遊都市に人類が逃げてから扱いが変わった。炎や水といった万物を生み出せる魔女は、閉鎖された浮遊都市では、あらゆる役割がある。特に水を生み出す魔女は重宝されている。汚染された雨水をろ過するより、杖の一振りで大量の飲み水を生み出せるのだ。


 オパーズの枠組みから外された魔女は、今やエリア一に住み、全エリアの飲み水を供給している。

空気を操るといった魔女もおり、ドームの隙間から入る有毒な外気をまとめている。


まとめられた外気は、エリア一の管理センターから軌道エレベーターに沿うように伸びているパイプに通して、空獄の下から外へ放出しているのだ。


 ブリシアに増員されたという魔女は、そういった役割を持たなかったのだろうか。

 エスプレッソを飲み干し「とにかく」と立ち上がった。


「ブリシアより先に、なんとしても見つけ出す」

「それがあなたの、復讐ですか……もう二年になるというのに、飽きもせず、よく続けるものですね」


 その言葉に、メネスはエミリーを睨んだ。


「おまえも『あいつ』に助けられただろ」


 メネスの脳裏によぎるのは、全てを失って死にかけていた自分に差し伸べられた、白く綺麗な手だった。エミリーもその手に救われたから生きている。それを忘れたのかとメネスは問うが、エミリーは興味なさげに呟いた。


「もう、吹っ切れましたから。いろいろと……」


 メネスは怒りを覚え、カウンターを叩こうとした。だが、エミリーの顔は晴れていた。


「……クソッ」


 なんとも言い様のない感情に苛まれ、メネスはレッドブラッドを出ていく。

復讐など馬鹿げていると人は言うが、エミリーだけは違うと思っていた。それだけに、メネスは復讐という過去に一人取り残されたようで、寂しさを感じていた。



~~~




 気の晴れないままコンテナ広場へとやってきた。余計な感情を振り払うと、メネスは向かいに建つ建物の上からコンテナ広場を見渡している。


(誰もいない……?)


 ダイヤのジャックを誰かが受け取ったのなら、ここに犯罪者が集まるはずだった。しかし、警備員の姿もなく、無人に見えた。


 この二年間と違う。メネスは不気味に思いながらも建物を降りていく。


 そのままコンテナを運び込むゲートを抜け侵入した。

 静かな夜だった。誰の気配もしない。だとしてもマスクとフードで顔を隠し、奥へ奥へと進む。暗くても吸血鬼なら夜目が効く。鼻も敏感だ。


 すると、かすかな血の匂いが漂ってきた。思わず身構えると、匂いは次のコンテナの角を曲がったところから漂ってきている。慎重に歩き、角を曲がる。そこには、


「矢印……?」


 コンテナに、赤い色で右を差す矢印が書かれていた。どうやら血の匂いは、この矢印から漂ってきたようだ。

 罠だろうか。この矢印の先に、ヘクトールが待ち構えているとでもいうのか。


 なんにせよ気を引き締めて、矢印の指す方へと曲がる。しばらく進むと、また血の矢印があり、その通りに進む。


 覚悟を抱いて矢印の通りに進んでいくと、開けた場所に出た。矢印は、そこにある管理棟を指している。


(罠であれば食い破る。奴がいれば殺す)


 それだけだ。メネスにとって、今考えるのはそれだけしかない。管理棟の扉に手をかけると、カギはかかっていない。しかしメネスの鼻は、中から膨大な血の匂いを嗅ぎつけている。開けた瞬間に、メネスの足元でピチャリ、と音がする。


 見れば、血の池が広がっていた。管理棟一階の床は、ほとんど血の池となっている。

 ヘクトールの仕業と見て間違いないだろう。


 見回しながら歩けば、階段の下で、ここの職員らしき男が首から血を流して死んでいた。部屋の角にも同様の死体がある。


 死体二つを調べると、首筋に噛り付いた跡が見られた。全身の血も抜かれており、二年間目にしてきた死体と同じ場所に跡がある。やはりヘクトールがやったのだ。


(気配はしないが、まさか本当に奴がここに……?)


 この上にいるかもしれない。


 慎重に、そして集中し、階段を一段ずつ上がっていく。二階に着くと、また血の池が広がっている。今度は警備員らしき青い服の男が、拳銃を手にして死んでいた。他の職員の死体もある。


 いったい何人殺したのか。なぜこんなことをしたのか。訝しむメネスは、さらに階段を上り、三階へとやってきた。


(血が途切れている?)


 ここまで凄惨な死体と血の池が続いていたが、三階にはそれがない。代わりに赤い足跡があった。階段から続くそれを追っていくと、コンテナ広場を一望する部屋に出た。


 赤い足跡はその部屋の奥へ続いており、メネスは一歩ずつ迫っていく。いつでも戦えるように身構えながら角を曲がると、窓ガラスが割れていた。足跡も途切れている。


(ここから飛び降りたのか?)


 窓から真下を見下ろすと、そこにも赤い足跡があった。あれを追っていけば、ヘクトールにたどり着くかもしれない。しかし、微かに吸血鬼の気配が漂ってきた。


 即座にそちらを向けば、壁になにか張り付いている。白い便箋のようで、その表面には、目を疑う文字があった。


「メネスへ」と、吸血鬼の血で書かれていた。間違いなく、ヘクトールが残した物だろう。

 なぜこんなものを残したのか。疑問を感じつつ、張り付いた便箋を恐る恐る剥がす。

 折りたたまれていた便箋を開くと、


「ゲームの始まり?」


 赤い文字で、そう書かれていた。その下に文章が続いている。



『今までの追いかけっこは楽しめたかな? 別に君がどう思っていようと関係ないんだけど、そろそろボクは飽きちゃってね。改めてゲームを始めようと思う。頭を使ったゲームをしたいんだけど、まずはチュートリアルをクリアしてもらえるかな。クリアしたら、親愛なる友人を訪ねるように』



 なんのことだか意味がわからなかった。ゲームやチュートリアルなど書かれているが、なにを考えてこんなものを残したのか。しばらく手紙を見ていると、メネスは大勢の人の気配を感じ取る。割れた窓ガラスから見れば、コンテナ広場の入り口に、赤色灯の輝くブリシアの車両が何台も停まっていた。


 罠だった。いや、手紙にある通り、これはゲームなのだろうか。


 なんにせよ、この場にいることは不味い。管理棟の死体はヘクトールによるものであり、メネスもヘクトールと同じ吸血鬼だ。見つかれば言い逃れの出来ない濡れ衣を着せられる。

 舌打ちをして、一階部分へ駆け降りた。とにかく今は逃げるのだ。


 その一心で血の池を駆け、管理棟を出た。まだブリシアの部隊は入り口付近にいるようだ。

辺りを見回してから、近くのコンテナに飛び乗った。這うように身を低くしてから周囲を確認し、安全ならば隣りのコンテナへ飛び移る。いくらブリシアの隊員が探し回っても、夜の闇の中、二メートルはあるコンテナの上までは見張れないだろう。巡回するドローンもやり過ごしていく。


 コンテナの上を渡っていき、外郭までたどり着けば、この広場を出ていける。展開しつつあるブリシア隊員の目を欺き、端へ、端へと渡っていく。


 そんな時だった。コンテナの下からクフフ、と奇妙な笑い声が聞こえた。


「隠れておるつもりなのかのう。まぁ人間如きには見つからないかもしれんが、わっちの耳にはお見通しじゃ――やれ、源一郎」


 女の声がしたかと思えば、乗っていたコンテナが宙に浮いた。何事かと思っているうちに、コンテナは飛んでいく。咄嗟に飛び降りたメネスの前に、二つの人影がある。


 片方は筋骨隆々の大男、もう片方は着物姿の線の細い女だった。

 男の頭には角が生え、女の頭には狐耳が生えていたが。


 それを見て、エミリーの言葉を思い出す。


「ブリシアの鬼と妖狐か」


 闇夜の中で立つ二人に言葉を向ければ、妖狐がクフフと笑った。鬼もコンテナにたてかけていた身の丈ほどもある棍棒を担いでニヤリと笑っている。


「ブリシアなど、わっちらにとっては手段に過ぎぬ。そしてお主は、目的のための生贄のようなものじゃ」

「あんまし、まどろっこしい言い方すんなよな。俺は所謂、なんだっけか……ああ、単細胞ってやつみたいだからな。まぁ何はともあれ、見つけたぜ、吸血鬼ヘクトールさんよぉ」

「ヘクトールだと?」


 その言葉を受け、二人を前に身構えたメネスは、管理棟のことと、絶妙なタイミングで現れたブリシアとが頭の中でつながっていく。


 ヘクトールはこの状況を作ろうとしていたのだ。予告状より前にコンテナ広場に来て、管理棟で虐殺を起こし、矢印を書き、手紙を残し、この場を去った。あとは時間通りやってきたメネスに罪をかぶせるため、ブリシアに情報を流した。


 なんにせよ、メネスにとって非常に不味い事態だ。この場を切り抜けなくては、空獄送り……いや、ヘクトールとして死刑を言い渡されるかもしれない。


 戦うしかない。だが相手は同じオパーズである鬼と妖狐だ。直接どのような能力を持つのか見たことはないが――。


 考えていても仕方のないことだった。メネスは二人の懐に踏み込むと、まずは鬼のみぞおちに向けて指を突き立てた。急所を狙った一撃だったが、鬼が身体を捻じり、みぞおちを外した。その隙に、鬼は片手で棍棒を振りかぶり、メネスへ向けて振り下ろす。


ギリギリのところで側転して避けたが、棍棒が叩きつけられたコンクリートには大穴ができている。直撃をくらえば、いくら頑丈な吸血鬼とはいえ生きてはいられないだろう。


 しかし身軽さならメネスが上だ。コンテナに飛び乗り、姿をくらます。闇夜の中を飛び回っていれば、隙は生まれるはずだ。一撃でも急所を狙えれば、無力化できる。


(レイスを使えば――いや……)


 脳裏によぎった、レイスというこの場の解決策。鬼と妖狐、それからブリシア隊員たちも簡単に無力化できてしまう。


 だがメネスは、悪人ではない彼らにレイスを使うことができない。

 

この力は悪に対して使うものだ。そう心に決めている。昨晩の人質のような例外もあるが、簡単に破るようでは、メネスは善悪も関係なくレイスを使う見境のない化け物になり果てる。


 この自らに課したルールだけは破ってはならない。吸血鬼としての身体能力で乗り切るのだ。


(ここからなら!)


 鬼の背後に回り込めた。行方を失っているようで辺りを見回している。今なら首を狙える。いくら巨体だろうと、全力で放つ手刀を首にくらえば意識を失うだろう。


 コンテナから飛び掛かり、首筋を狙う。手刀が鬼の首筋に向けて切り裂くように振られた。

 が、突然鬼の姿が目の前から消えた。手刀は虚空を切り、コンクリートに下りてしまう。なにがあったのか。辺りを見ると、さらに異様な光景が広がっている。


「鬼が、増えた……?」


 棍棒を手にする鬼が十人も周りにいる。何事なのか理解できないメネスへ、妖狐の声が聞こえてくる。


「困っておるようじゃのう。良いぞ、実に良いぞ。わっちの妖術に、すっかりはまっておるからのう」

「妖術……そういうことか」


 妖狐の得意とする魔法のようなものだ。今まで聞いた限りでは幻覚を見せるくらいしか知らなかったが、これだけの数の幻影を生み出せるとは。


 姿の増えた鬼も、ニヤニヤと笑みを浮かべて近寄ってくる。囲まれており、本体がどれなのかわからない。さらに妖狐は、幻影の後ろで守られているようだ。


「チッ」


 一か八か、幻影の一つへ突っ込んだ。鬼の姿は煙のように消え、その後方にあるコンテナに飛び乗った。

 妖術で数を増やしても、鬼の攻撃は本体しかできないはずだ。同様に、この幻影を作る妖狐を守るのも本体だろう。つまりすべての鬼が攻撃した時、背後に妖狐がいるのを狙えばいい。


 コンテナの上で、高く掲げられた棍棒が振り下ろされるのを待つ。一瞬の隙を逃せば潰されるだろう。だがその隙を突ければ、背後にいる妖狐を捉えられる。


 一瞬の後に振り下ろされた棍棒より高く飛び上がり、鬼の背後を見下ろす。妖狐を見つけると、落下しながら本体と思しき鬼の肩を足場とし、もう一回飛ぶ。妖狐の目の前に降り立つと、今度こそみぞおちへ指を突き立てた。


 鬼も妖狐も、なにが起こったのか理解できずにいた。しかし鬼の幻影は消え、妖狐は聞いたことのない声を吐き出して地に伏せた。


「この野郎!」


 背後から鬼が怒りを露わにして襲い掛かってきた。しかし単調な攻撃だ。またコンテナに飛び乗る。鬼を中心に見てコンテナを飛び回ると、見失っているようだった。


どこだ、と叫んでいるが、見つからないだろう。後方より飛びかかって首筋に手刀を食らわせると、フラフラしながら巨体が倒れた。


 どうにかなった。一息つき、コンテナの上へ戻る。今の騒ぎでブリシアの隊員たちが駆けつけてくるだろう。これ以上の面倒事は御免なので、このままコンテナを飛び移って広場を出る。そのつもりで外郭へ飛んでいき、いくつも積み上げられたコンテナへ登り切った時だった。


 シュン、と音を立てて、なにかが目の前を横切った。咄嗟に反応するも、なにが起きたのかわからない。背後や頭上を飛び交うなにかから、やがて巨大な火の玉が降り注いだ。


避けるが、あらゆる方向から飛んでくる。片端から避けていると、気づけば背後はコンテナの端であり、逃げ道を失った。


 コンテナが積まれ、下まで二十メートル以上ある。いくら吸血鬼でも、飛び降りるのは不可能だ。

 追い詰められた。舌打ちをしていると、頭上から高飛車な声がした。


「ヘクトール! とうとう追い詰めたわよ!」


 見上げると、長つば帽子に黒いマントを羽織った女が、箒に乗って空を飛んでいる。

 こんな芸当ができるのは、魔女しかいない。エミリーから聞いた増員だろう。


「あの炎は、お前のせいか」


 炎もだが、先ほどまで飛び交っていたのも魔女だろう。大したスピードだ。


(それだけ、厄介な相手というわけだが……)


 相手は空だ。こちらの攻撃は届かず、魔女の炎は一方的に届く。

 退路のないメネスに、箒に乗った魔女は容赦なく手に持った杖から火の玉を放った。


(届くか……?)


今立っているコンテナから離れた、外へと通じる塀。届けば逃げられる。足に最大限の力を込めて、メネスは跳躍した。ギリギリだったが、片腕がなんとか届いた。


しかし、


「ぐぁっ……!」


 頭上の魔女が、塀にぶら下がるメネスへ炎を放った。直撃は避けたが、半身が文字通り焼けるようだった。

 痛みのあまり手を離してしまう。そのまま堀から落下した。受け身もとれず、ゴミの様にコンクリートの上を跳ねた。体中が熱と痛みでめちゃくちゃになっている。


 魔女は頭上より迫り、ブリシアの隊員たちも周りを囲んでいる。


「動か、なくては……」


 このままでは捕まる。なんとかして逃げなくてはならない。しかし脚は震え、視界も朧になっていた。


「俺が、ヘクトールを……!」


 それでも、命を燃やして立ち上がる。体中が悲鳴を上げている。だとしても、囲んでいるブリシア隊員たちを睨みつける。追い詰められた化け物の瞳は、人間たちに例えようのない恐怖を与える。


「見つけて、殺す……そして!」


 復讐は成すためだけに、メネスは全身に力を込めた。


「仇を取る!」


 メネスは叫んだ。すると他と同じように仮面と防護服に包む一人が前に出た。


「お前さん、まさか……」


 しゃがれた声の主は、仮面の中でメネスをジッと見つめた。

 なにか考えているようだが、彼を中心に銃を手にしたブリシア隊員がいるということは、この部隊の指揮官だろう。


(こいつを人質にすれば)


 無謀な賭けに縋るほど、メネスは追い詰められている。すべてはヘクトールへの復讐のため。最後の力を振り絞って、指揮官らしき男へ飛び込むと決めた。


 そこへ、ユラユラと人影が降りてくる。


「もう、やめなさい」


 魔女が箒に腰掛けていた。杖をメネスに向け、どこか寂しげな顔をしている。


「世間は違うって言っても、アンタもアタシもオパーズ。社会に虐げられている者同士よ――今なら、裁判の時に魔女の特権を使って助けてあげてもいい。だから、」

「従え、というのか……? お前たちに捕まって、裁判にかけられ、空獄へ行けというのか? そんなものは――糞食らえだ」


 魔女もブリシアも知ったことではない。指揮官を人質に、この場から逃げる。メネスは無謀な突撃に出た。全速で走れば、魔法を使うよりも、弾丸が放たれるよりも早くたどり着く。


 歯を食いしばり、目を見開き、ただ突っ込む。その手が届こうとした瞬間、メネスの体がグラリと倒れた。足が震え、突撃が止まる。


「……撃て」


 指揮官らしき男の一声に、ブリシア隊員たちは構えていた銃のトリガーを引く。弾丸の雨がメネスへ降り注いだ。

 意識が遠くなる。声も出ない。頭も働かない。ただ一つだけ、死ぬという現実を突きつけられて、メネスは倒れた。


 ブリシア隊員たちがメネスへ集まってくる。もう抵抗ができないメネスを、彼らが囲み、指揮官がマスクを取り見下ろしてくる。


 その顔を最後に、メネスは意識を失った。

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