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「よぉ、体の方はどうだ」


 エミリーに刺されてから二日目の昼。医務室にルーカスがやってきた。


「お前の方こそ、大丈夫なのか」

「なぁに、どんちゃん騒ぎには慣れたもんだぜ」


 とは言うが、ルーカスの目元にはクマができていた。アリサから聞いた、吸血鬼騒ぎにてんてこ舞いなのだろう。欠伸をしながら、眠そうに目を擦っている。


「んで、お前さんはどうだ」


 刺された箇所には包帯が巻かれているが、もう問題ない。起き上がるために力を込めれば多少痛むが、その程度だ。


「もうほとんど回復している。気にするな」


 立ち上がって体を伸ばすと、ルーカスは「あやかりたいねぇ」と笑っている。


「それで、お前が来たということは仕事か?」


 ルーカスは考え込む素振りを見せてから、メネスを上から下まで見る。


「体もだが、その、なんだ……心の方は大丈夫なのか」


 メネスはエミリーのことなのだろうと勘付く。刺された腹を撫で、落ち着いた口調で返した。


「心の方も、整理はついている。気にせず、なにをどうすればいいのか言え」

「精神面でも回復の早いことで。んじゃ、ちょっとついてきてくれるか」


 ルーカスに同行すると、廊下を歩きながら現状が語られる。


「散発的な吸血鬼の暴走場所に、ヘクトールらしき目撃情報が多数届いている。つまりは、次の暴走場所を突き止めれば、奴に先手を打てるってことだ」

「そうは言うが、俺は奴を二年間追ってきた。そう簡単には見つからないだろうな」

「だな。ドローンは各エリアに百以上飛ばして、管轄違いだがブリシア隊員も駆けまわってる。それでも見つからねぇんだ。だから、お前さんには期待している」


 歩みを止め、メネスは言う。


「エミリーから聞き出せ、ということか」


 同じく足を止めたルーカスも、いつになく真面目な顔で頷いた。


「ヘクトールと繋がってんのは、今のとこエミリーだけだ。しかしなぁ、エミリーもエミリーで、体がおかしくなってやがる。早いとこ聞き出さねぇと、ありゃ死んでもおかしくねぇな」

「……それがアイツの、選択だ」


 ヘクトールからの輸血。仮にメネスと相対する直前に受けたのだとしても、今日で二日目だ。量にもよるが、体の中の血液バランスは崩れ、死にはしなくても、まともな受け答えができる時間は限られているだろう。


 そうまでして、メネスを殺したかった。いや、復讐したかった。刺されて気を失う前、エミリーは喜びのあまりか、狂ったように笑っていた。出会って二年間、静かで知性的だったエミリーが、狂犬病にでも罹ったように見えた。


「おいおい、本当に大丈夫か? 言っちゃなんだが、今のエミリーは普通じゃないぜ?」

「わかってる……ああ、もう俺の知ってるエミリーじゃないのは、よくわかってるつもりだ」

「つもりじゃ困るんだがなぁ……まぁいい。エミリーと話す、というか面会するのは、お前さんとしてはどういう形がいい?」

「俺が決めていいのか」


 てっきり、ブリシアがオパーズに対応するマニュアルでもあるのかと思っていたのだが、ルーカスはメネスへ任せると言い切った。


「今回ばかりは教科書通りの尋問じゃ無理だろうしな。エミリーを知っていて、関りがあって、同じ吸血鬼のお前さんが決めてくれ」


 言われ、メネスは一考する。面会というと、厚いガラス越しでのやり取りが想像されるが、それではダメだ。もはやエミリーは敵だが、唯一の情報源でもある。生易しい方法では、答えは引き出せないのも明白だ。


 そういったことを頭の中でまとめると、ルーカスへ伝えた。すぐに準備させるらしい。


「しかしだな、ないとは思うが、お前さんを人質にとって釈放を要求でもされたら困る。万全なら気にしねぇとこだが、まだ傷が治ってねぇだろ」


 馬鹿なことを気にする。そういう几帳面で警戒心の強い一面が結果に繋がっているのだろうが、メネスはフッと笑ってみせた。


「その時は俺ごと撃て。俺もエミリーも、体に風穴が二、三個できても死にはしない」


 吸血鬼らしいジョークだな。ルーカスはいくらか頷き、面会室へと向かった。



~~~




 準備が整った。ブリシア支部の地下面会室前で、隊員がメネスへと伝える。

 集中しなおして部屋へ入ろうとすると、耳に付けた小型無線機からルーカスの声がする。


「気を抜くなよ」

「当たり前だ」


 メネスは別室から部屋内を監視しているルーカスへ答え、扉を開けた。

 薄暗い部屋の中に、机が一つと、向かい合うようにパイプ椅子が二つ。向こう側に手錠をされたエミリーが座っている。こうして会うとなると、やはり気が滅入る。


 だが、ヘクトールに繋がるのは、エミリーだけだ。

 メネスはいい加減に踏ん切りをつけると、向かい側に腰掛けた。


「ヘクトールはどこだ」


 開口一番の言葉に、エミリーはハハハと声を殺して笑った。


「……さて、どこでしょうね」


 蛍光灯に照らされたエミリーは、驚くほどに顔色が白い。ひび割れた唇から出てくる言葉は、酷く掠れている。


「それより、二問目のなぞなぞは解けましたか?」

「一番下にいる男の姿をした女とやらか」


 すると、無線機からルーカスが答えは解けていると聞こえてくる。


「答えは女らしいが」

「よくヒントもなしに答えられましたね。正解ですよ。おめでとうございます」

 メネスはいい加減にしろとエミリーへ言う。


「まだなぞなぞ遊びを続ける気か? いつまでもヘクトールが逃げられるとでも思っているのか」

 全エリアで起こっている吸血鬼騒ぎは、一時的なものになるだろう。


 ヘクトールは今回の事件で、一線を超えた。


「これからはプリシアの全部隊がヘクトールを追う。今は見つかっていないが、時間の問題だ。レムレースが捕まったように、奴は光に照らされ、捕まり裁かれる――俺が裁く」


 わかっていないはずはない。エミリーはレムレースの下にいたのだ。追い詰められていく過程も知っているだろう。


 だというのに、エミリーは力なく笑うばかりだ。もう狂ってしまったかとメネスは思うが、深いため息をエミリーが吐き出すと、その顔は狂人のものではなかった。

 何度も見てきた、エミリーの知的で冷静な顔だ。


「ヘクトール様が、二の轍を踏むとでも? 二年間、あなたはおろか、ブリシアからも逃げおおせた方ですよ?」

「なにが言いたい」

「わかりませんか? じゃあヒントを出しましょう。あなたたちの飼っていた鬼と妖狐はどこに行きました? ちなみに死んではいませんよ?」


 源一郎と璃子は、今も連絡がつかない。無線越しに、ルーカスが言う。


「あの二人に何をした」

「今頃、ヘクトール様の偉大さを知り、私達の仲間になっているでしょうね。あなたのような、恵まれた復讐者ではなく、虐げられた復讐者になっているでしょう」

「……親を殺され、生きる目的だった人も殺された俺が、恵まれているだと?」

「わからない? わからないですか? ああ、メネス……。生まれながらの吸血鬼。両親が殺されて一人になっても、大切な人を見つけた、恵まれた復讐者」


 語るエミリーに、メネスは答えない。そんなことなど知らず、エミリーは歌うように続けた。


「私も同じ復讐者です――あなたと違って、虐げられた復讐者。私が、レムレース様からもヘクトール様からも引き離されて、どんな日々を送っていたと思います? レイスも使えず、力比べでも人間より少し強いだけ。世の中は、そんなひ弱な私でさえ、オパーズとして扱った」

「すべてはレムレースが馬鹿げたことをしたからだ。オパーズによる社会統治、そんなもの

を掲げて人間と戦うから、肩身が狭くなった――お前も、ヘクトールから離れずに済んだ」


 すると、エミリーは頭を抱えて首をブンブンと振った。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、違う違う……違う! レムレース様が立ち上がってくださったから、私たちはオパーズなどという造語で差別されることのない世界を夢見ることができたのです! その世界こそ、私たちにとっても、あなたにとっても真実の世界……暴力も差別もない、化け物の世界が確かにあった!」

「そんなものはない。人間との共存のない世界は、もはや世界とは呼ばない。俺は真っ向から否定する」


 ぴくぴくと、エミリーの体が震える。壊れたように笑いながら、「ならば私も真っ向から否定します」と言った。


「さて、メネス。私はなぜ、あなたをここへ呼んだと思います? ああいえ、あなたはどうせここに来たでしょうね。ヘクトール様の居場所を知るために……ですが、私は別の用がありました。ヘクトール様から、あなたへ伝えるように頼まれたことがありまして」

「ヘクトールが、俺に?」

「ええ、ヘクトール様が使う切り札についてです」


 エミリーは上機嫌に、切り札、切り札と繰り返している。


「では、切り札を使ったこれから始まるゲームを教えましょう。簡単なことです。鬼ごっこですよ。鬼にタッチされたら、その人もまた鬼になる。簡単なゲームです」


 鬼になる。メネスはそれを聞くと、今起きている事と照らし合わせた。


「吸血鬼を増やすのか?」


 メネスの問いに、エミリーは笑っている。「増やす?」と、あざ笑うかのように。


「増やすという言葉では足りません。全エリアの全住民が吸血鬼になるんです。もう今日か明日にでもね。あなたは全エリアに伸びる鬼の手を止めることができますか?」

「そんな短期間に、全エリアだと? そんな方法、あるはずが……」


 ない。メネスが断言しようとすると、エミリーは高い声で、シールの名を告げた。ルーカスに知られるとまずいので、即座に小型無線機の電源を切る。


「シール、シール、シィィィィィィール……切り札についてのヒントですよ。あなたの復讐の始まりで、私とヘクトール様を再会に導いた人で、ヘクトール様の切り札を作った――心当たりはありませんか? 全エリアに吸血鬼の血をばら撒く方法を」

「最後の目的……血をばら撒く方法……」


 わからず繰り返すメネスに、エミリーは「ああああ」と、崩れ落ちていく。


「ここまでヘクトール様と準備したというのに、まだわからないのですか⁉ せっかくあなたへの…最高の復讐が叶う舞台を用意したというのに! あなたは、わからないのですか⁉ ……ガッカリですよ、メネス」

「……なにをした」

「答えを全て知ったところで、あなたにはなにもできない。一人として残さず吸血鬼になる! いくらあがいても、あなたにはなにもできない! ヘクトール様を超えられない! それを特等席で感じてもらうはずだったというのに! それこそが、最高の復讐だったというのに! まだこんなところで詰まっている!」

「なにをしたんだ!」


 バンと机を叩くが、エミリーはシールの名を、歌うように繰り返している。シール、シールと歌っている。


「なにをした! シールを使ってなにをした!」


 叩きつけた拳が机を破壊すると、エミリーは歌うのをやめた。


「シールだけじゃありませんよ。あなたも一つのピースです。では私から一つ問題。夢見がちだったシールの本当の夢はエリア五に病院を造ること。ですが、もう一つ夢があった。シールはあなたを使って、なにをしたか。シールはなにを作ったか。私は知っています。シールの残した、あなたの知らない真実を」


 メネスは二年前の手と手を繋ぐ病院を思い出す。

 あの時、シールはメネスを使い、なにをしていたか。


「もう一つの夢……まさか新薬のことか?」


 その通り。エミリーは嬉しそうに笑う。


「シールは、反対するあなたに知られぬよう、あの病院に地下室を作っていました」

「なんだと?」


 ふと、エミリーが言った。


「私はそこで、夜な夜な彼女の研究に付き合い、そして完成させたのですよ。シールの夢だった、新薬を――もっとも、私とヘクトール様で改造しましたがね。思い当たるふしがあるでしょう、あの出来損ないたちを見れば」


 アニエスのことだろうか。思えば、アニエスも突然吸血鬼になっていた。それはなぜか。


「赤いガス……まさか……!」


 シールの作ろうとしていた新薬は、吸血鬼になるために必要な血を使うものだ。もし、あれが気体だったらどうなるか。作り方を知るエミリーがヘクトールと共に作ればどうなってしまうか。


「ヘクトールとエミリーは、あれをオパーズに配った……」


 最悪の未来が見えた。メネスは席を立とうとすると、エミリーが呼び止める。最後のなぞなぞを聞いていかないのかと。


「最後の最後で重要になるなぞなぞですよ? 答えも簡単です」

「……早く言え」

「では僭越ながら――鬼ごっこを始める時、ヘクトール様は空を見るか地を見るか。よく考えることですね。外したら――いえ、もはやどうしようもないかもしれませんがね」


 わけがわからない。もはやトランプも関係ない。そもそも鬼ごっことはなんだ。

 頭を振って余計なことは振り切った。今やるべきことは、全てを吸血鬼にする計画を止めることだ。


 シールが関係するのなら、メネスには、もうなにをするのかわかっていた。

 小型無線機の電源を入れると、すぐに用件を伝える。


「ルーカス! 集められるだけ人員を集めろ!」


 だが止めてみせる。レムレースを止めた父のように。

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