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 ネオンに照らされたエリア三と呼ばれるドームを、黒いフードの男が歩いていた。口元を黒いマスクで覆った彼は、人混みを分け入ることもせず、まっすぐに足を進める。


 歩く彼に、顔を真っ赤にした酔っぱらいがぶつかった。


「どこ見て歩いてんだ! この……」


 酔っぱらいは思わず言葉を失った。

 男の、まるで血塗られた刃物のような赤い瞳が自分を見捉えていたからだ。


 ふらつく酔っぱらいを捨て置いて、男は行き先のバーへと向かった。手入れされていない赤黒い看板が明滅している。


『レッドブラッド』


 男は階段を降り、扉を開ける。


 カラン、と音を立てて中に入ると、馴染みの客たちが男を目にする。客は皆、怯え、縮こまっている。男はそんなことは気にせずに、カウンターに腰掛ける。


 すぐにバーテンダーが小走りで注文を聞きに来た。


「エスプレッソだ」


 腹の底まで響くような低い声だ。バーテンダーは緊張しながら香ばしい湯気の昇るエスプレッソを淹れ、すぐにカウンターへ置いた。


一口飲むと、バーテンダーが裏へ去っていく。代わりに、艶のある灰色の髪をした背の高い女性が現われた。


「メネス……バーに来てまで、なぜコーヒーなんですか」


 男――メネスが見上げると、二人の赤い瞳が交差した。

 ため息交じりの声に、メネスはカップを置く。


「酒は嫌いだ」


 エスプレッソを一口含み、続けて言う。


「俺たちは酒じゃなく、血に酔うものだ。違うか? エミリー」

「古い吸血鬼の考え方ですが――まぁ、同感だと言っておきましょう」


 吸血鬼であるのは隠すべきことなのだが、このレッドブラッドでは気にしなくて済む。


 ここは、化け物たちの憩いの場なのだ。いや、逃げ場だろうか。化け物といっても、力ある者ばかりではないからだ。ここにいるのは、人間の存在に怯えながらちびちびとウイスキーを舐めるような者がほとんどだった。


 今や虐げるを意味する英単語『oppress』をもじり、『オバーズ』と呼ばれていた。

 化け物は今や、人間が決めた造語で呼ばれ、肩身を狭くして生きている。


 メネスもオパーズの一人としてやりきれなかったが、社会そのものを変えなければオパーズ呼びはなくならない。


 一人の吸血鬼には荷が重すぎる。

 考えても仕方ないので振り払い、エスプレッソを飲み干す。カップをソーサーに置くと、エミリーを見上げた。


「カードが配られたそうだな」


 その声に、エミリーはカウンターに二枚のトランプ――ダイヤのジャックを置いた。

 日時と場所が走り書きで記されている。


「エリア四の外郭部にある倉庫と、エリア三のコンテナ広場か……」

「今日の深夜と明日の夜。どちらも間に合いそうですね」

「わざと間に合うようにして、奴がお前に送ってくるんだろう」

「昔ながらの怪盗気取りなのでしょう。自分が現われる場所を、こうして予告状のように送ってくるのですから」

「だったら追いかけるまでだ――じゃあ、俺はいく」


 「カードが配られた」。それはメネスとエミリーの間で使われる暗号のようなものだ。

 ダイヤのジャックは、二年間、メネスが追い続ける相手のヒントなのだから。

 チャリ、とエスプレッソ分のコインを置き、レッドブラッドを出る。


 そうして、エリア四への中央エレベーターへ向かった。


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