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道端で勝手に婚約をされた出来損ないの私ですが結婚相手は姉との婚約を破棄した公爵家の嫡男でした。

作者: ピエロ

短編書いてみました。読んでもらえたら嬉しいです。

 男は機嫌が悪かった。


 それもこれも元はと言えば私の父であるローガン・グアバラの言動によるものだ。父は馬車の行く前を横切ったと言うただそれだけを理由に付人へこの男の拘束を命じたのだ。


「道はあなたの物ではない筈です。どう利用しようが自由の筈ですが」


「私の前を横切る行為は侮辱に値する。黙って従っておいた方が貴様にとっても良いと思うが?」


 私からすれば、いや、誰から見ても悪いのはお父様だ。たかだか前を横切られたくらいで拘束など頭がおかしいとしか言えない。


 しかしお父様はこう言う人なのだ。侯爵家である事を事あるごとに鼻にかけ、平民に対して威張り散らすことこそが生き甲斐らしい。


 男は静かにお父様を睨む。その目には決して引き下がる気はないと伝えるような強い意志が刻まれていた。


「なんだその態度は?気に食わんな」


「お父様。そのくらい良いじゃないですか?」


 あまりに理不尽な発言に耐えかね、私は馬車から顔を出し呼びかける。しかし、


「チッ……またお前か出来損ない」


 お父様は憎悪に満ちた眼を私に向け白い歯をギリと鳴らした。




「グアバラの失敗作」


 私はそう言われて育ってきた。私はグアバラ家という大層気高き侯爵の家系に生まれた次女ルウ・グアバラだ。そんな私がこんな言われをする理由など嫌と言うほど聞かされてきた。


 父は言う。


「我がグアバラ家は代々魅了魔法を扱えた。その力でこの地位にまで上り詰めたんだぞ?それなのにお前は……」


 そう、私は魅了魔法を扱える力が無い……。生まれつきそうなのだ。才がない、と言えばより理解してもらえるだろう。


 こんな罵倒を浴びるたびに私はひたすら「ごめんなさい」と謝り続けてきた。


 魅了魔法と言うのは実に簡単な仕組みだ。扱えば相手を自分の虜にし、一度使った相手にはその効力は消えない。使い用によっては最強と言っても過言ではないだろう。


 しかし、その力を我々の祖先は貴族に成り上がるために利用したのだ。そしてこの侯爵の爵位にまで辿り着いたらしい。




「お前が口出す権利なんか無い!さっさと平民と籍でも入れりゃあいいものを……いつまでも居座りやがって……!」


「ごめんなさい……」


 怒りを露わに怒鳴り散らすお父様を鎮める方法はその場の人間全てがお父様の言うことに従う他ない。


 私は恐縮しスッと窓から顔を戻した。


 私のこう言う生意気な態度も私の嫌われている理由の一つ。父にとって私の存在は邪魔そのものだ。


 私の姉、ハレ・グアバラは当然魅了魔法の使い手。より高貴な貴族との婚約には問答無用、姉様が適任だ。既にとある公爵家との婚約の話が出ているらしい。


 その点次女の扱いといえば、更に他の貴族へと手を伸ばす為の()()でしか無い。つまり私は近々追い出されると予感している。


「勘違いするなよ?お前だってなぁ、私がその気になればいつでも追い出せるんだからなぁ!」


 馬車へ向けて叫ぶお父様。本当に横暴という文字を擬人化したような人間だ。私は静かに俯いた。


「ったく出来損ないのくせに偉そうな物言いを……」


 小声で文句を垂れるお父様。それを目の前に、依然付き人に両腕を抱えられたままの男はピクリと反応した。


「出来損ない……?」


「あぁそうだよ。出来損ないだあいつは。ろくな魔法も扱え無いくせにいっぱしの飯だけ食らってやがる。出来損ないのバカだ」


 その罵倒は馬車の中へも当然聞こえている。私の隣の姉様はフフと高笑いをし、正面に座るお母様、アル・グアバラは退屈そうに空を見つめていた。


 これが普通……誰も私を家族だなんて思ってはいない……。何を今さら期待していたのだろう……。


 私は無性に悲しく悔しく視線だけを落としたまま奥歯を噛み締めた。


 すると、次の瞬間外から予想外の声が聞こえた。


「では、その()()()()()と言う彼女を私がいただくと言ったら今回の件をお許し願えますか?」


 い、いただく!?それはつまり……


 突然の衝撃発言に私は思わず馬車から身を乗り出した。


「彼女の存在があなたにとって邪魔だと言うのなら、私が彼女の身柄を引き受けましょう。そうすれば今回私があなたの前を横切った事を少なからず慶事と受け取っていただけるのでは?と……」


 お父様は迷いも無くやや笑みを浮かべ答えた。


「そうか、お前がそれを望むなら構わない」


「感謝致します」


 結論出たの!?こんな一瞬で!?


 あまりに突然の出来事に私は眼を見開きあたふたと辺りを見渡す。


「さっさと行きなさいよ」

「そうね、お父様の話、聞こえたでしょ?」


「……はい」


 冷たい視線と嘲笑うように僅かに上がる口角。姉様と母は私をバカにするように眼を合わせた。


 やっぱり私はどうしたって出来損ないだもんなぁ……。


 軽い手荷物を纏め馬車を降り、私はゆっくりと地を踏み締めるように父の隣、男の前に立った。


「好きに使え。これは契約結婚じゃないからな」


「はい、感謝いたします」


 男が礼儀正しく一礼するとお父様は満足げに馬車へと乗り込み、直後目の前を去って行った。



 さて、ここからが問題だ。この人の言っていた「頂く」と言う言葉が本当に婚約を意味しているのか。もし仮にそうだとしたら何が目的で見ず知らずの女となんか結婚しようと思うのか。


「あ、あのぉ……あなたは?」


 恐る恐る尋ねると男はその切れ長の眼をこちらへ向けた。


「名乗り遅れたな。私はバゼル家嫡男のジョン・バゼルだ。突然の出来事に困惑させたのはすまない」


「あ、いえいえ……バゼル家……?」


どこかで聞いたことがあるような……。それもごく最近に……。


「君はルウ・グアバラだろう?グアバラ家の次女であれば私の名くらい知っている筈だ。何せ近頃君の姉ハレ・グアバラとの婚約の話が出ていたからなぁ」


「あ!それで私も聞いたことが!」


 そうだ!最近よく父様と姉様が話していた婚約相手の名前だった!……ん?って事は……。


「今の感じだとお姉様との結婚のお話しは……」


「当然、破棄させてもらおう。あんな態度を取られた以上断る道理には十分だ」


 怒っている?いや、彼は口角を少し上げ嬉しそうに話している。


「結婚したくはなかったのですか?」


「まぁ顔も知らぬ相手との婚約に乗り気なわけないだろ?理由はそんなことでは無いけど」


 顔も知らない……?お互いまだ顔を合わせた事すらないって事?だからお父様もジョン様だと気が付かなかったのか!


 しかしそんな事は私は正直どうだって良い。どんな経緯で姉様の婚約が破棄されようと私はもうグアバラ家の人間では無いのだから。


 フフンと勝ち誇ったように鼻を鳴らすジョン様に私は1番気になっていた事を尋ねた。


「あのぉ……それで私はこれからどうすれば……」


「うちに来ると良い。自分で言うのもなんだがうちは裕福でね、そこらの貴族の生活よりは幾らか楽しめるだろう」


「はぁ……そうですか……」


 公爵家なので裕福なのは知っていますけど……うちに来ればいいと言うのは使用人として雇ってもらえて生活も保障してくれると言う事もあり得る。それをお父様が勝手に婚約と勘違いしていたとしたら……て言うかそもそも何故私が……?


「もう聞く必要もないのかもしれないが……」


 理由やこれからの事などひたすら考えを巡らしている私に空気を含んだ優しい声が届く。


「君に婚約者はいる?」


「いえ、い、いませんけど……?」


 澄んだ青い瞳に艶やかな金髪。スッと通った鼻筋が太陽の光を反射した。どの楽だから見ても整った顔が突如接近し、私は動揺を隠せずに眼を逸らしてしまった。


「なら良かった。それならしばらくは僕の婚約者として振る舞ってくれないか?」


「わ、私がですか!?あ、す、すいません……!」


 予想だにしない発言に思わず声を上げてしまい、ジョン様は反射的に距離を取る。


「いや、無理にとは言わないけどさぁ……そうしてくれた方が色々僕も助かるって言うか……」


「助かる?どーゆー事ですか?」


 ジョン様はニッと悪巧みをする少年のような微笑を浮かべそう聞かれるのを待っていたと言うように話し出した。


「実は僕も日々婚約者候補を連れて来られては婚約を迫られる日々を送っていてうんざりしていたんだ。そしてついには顔も知らぬ相手との婚約を確定されたと言うわけだ」


「そうだったんですね……それで姉様と……あ、でもなんで姉様とはジョン様の意見も聞かずに確定してしまったのですか?」


 他の候補者は皆んな一応ジョン様の意向で拒否をされているのに……なんで姉様は会いもせずに婚約することが出来たのか純粋な疑問だ。


「いやぁ、実は僕、悪戯が趣味でね。わざわざ足を運んで爵位に眼をくらませた貴族集団を絶望させるのが楽しくてやめられなかったんだ」


 お父様と口論していた時とはガラリと雰囲気を変え、まるで本当のいたずらっ子のようにくくくと笑うジョン様。そして彼は話を続ける。


「そんな時に来た次の婚約依頼が君の姉様のハレ・グアバラだったってわけだ。もう分かるだろう?」


「つまり……次に悪戯を仕掛ける相手がグアバラ家で……え、それならなんで私を……その……婚約者に……?」


 私とは疎遠だと思っていた婚約と言う言葉を自分で発することに少し羞恥を感じながらも問うと、ジョン様は軽く一度頷き私の手を取った。


「君は今まで見た中で1番美しかった」


「え……!」


「ってのはまぁ建前で、ローガン・グアバラの悔しがる顔を拝むには君の存在が欠かせないとさっき気づいてね。君としても悪い話ではないんじゃないか?」


 ジョン様は私の袖を少し捲り指で一点を示した。


「え、あ……」


 私の手首には事あるごとに叩かれて出来た青紫の痣。そしてジョン様が優しく包み込むようにして持つ掌は日々の家事で酷く荒れている。


「悪いようにはしない。婚約が嫌なら今回の悪戯を終えたら破棄にして良い。勿論その後暮らしていけるだけの対価は払うし希望があれば住まいも提供する」


 俄に信じがたいほど良い話だった。


 婚約という話は確かに突然で私の意思なども聞かずに進んだ話だったけれど、こんな優しく、温かく手を握って貰えた経験なんて私には無い……。軽いと思われるかもしれないが私はこの人となら本当に良い生活を送れるのではないかと思ってしまった。


「はい……取り敢えずは婚約の話……受けさせてもらいます」


「良かった」


 ジョン様はにこりと優しげに微笑んだ。



***



 誘導されるがままに大聖堂を進んだ突き当たり。ジョン様は左手の部屋を指した。


「ここが君の部屋だ。隣は僕の部屋だから何かあればいつでも来れば良い」

 

「は、はい!ありがとうございます」


 部屋はかなり広かった。公爵家とはここまでの差があったのかと不覚ながらもお父様達がこれを望む気持ちも分かってしまう。


 一応は客室?なのだろうか。それとも今後のジョン様と結婚された方のために用意されていたのだろうか。どちらにしても豪華過ぎて私の今までの部屋とは比べ物にならなかった。


 気は休まらないがしばらくゆっくりと過ごしているとコンコンと部屋のドアをノックする音が室内に響いた。私は「はい」と返事をし、ドアを開ける。


「ゆっくり出来てるか?」


「はい、とても……」


 優しく微笑むジョン様に目を合わせるのはなんだか恥ずかしく少し逸らしてしまう。そんな私へジョン様は話を続けた。


「例の計画について話をしたいんだが……俺の部屋へ来てもらえるか?」


「はい、分かりました」


 ジョン様の部屋はとても綺麗に整頓されていた。本棚から机まで埃一つ無いように見えるほど整えられている。


「まぁ取り敢えずその辺に座ってくれよ」


 中央に置かれたソファへ促され、私は腰を下ろす。すると紅茶を2つ運んできたジョン様が正面へ座った。


「あ、ありがとうございます」


「取り敢えず俺の考えている流れを説明しよう」


 ジョン様は紅茶を一口含み話し始めた。


「まずは現時点の話だが僕は既に婚約破棄の連絡のみを示した手紙をグアバラ家に送ってある。おそらく今日あたり届いているだろう。そこには敢えて理由を書かずにおいた」


 つまり……理由を聞きにお父様達が確実にここへ訪れるという事?なのだろうか。グアバラ家としてはなんとしても婚約に持っていきたい話だと思うし……。


「そこで、理由として他の婚約者が見つかったと、君を彼らの前に見せる。そうするとどうなると思う?」

 

「えっと……多分怒られると思います……」


 溺愛していた姉様ではなく出来損ないの私が選ばれたとなれば。顔を合わせる前に婚約に取り付いたのも手続きだけをすませてしまえばあとは魅了魔法でどうにでもなるという事なのだろう。


「そうかもな。そこで僕が出る。君を見た段階で察しがつくだろうが僕が出ればもう確定だ。彼ら全てを理解するだろうな」


 くくくと楽しそうに笑うジョン様はどこか子供っぽく見ている私も楽しく思えてきた。


「その後はどうするんですか?」


「そうだなぁ……いつもであれば集めに集めた相手の写真やら動画やらをそこでばら撒いて父さんを納得させるのと同時に相手方は大体帰って行くが……今回はそこまでする気はない」


 あまり乗り気では無い、という事だろうか。


「何か問題があるのですか?」


 私が尋ねると、ジョン様は少し言い辛そうにぽりぽりとは頬を掻きながら言った。


「酷い仕打ちを受けたって言ってもさ、結局は君の家族だろ?彼らの悪事を暴いたところで君もあまり良い気はしないんじゃ無いか?それに彼らだって口ではあーでも実際は祝福したいのかもしれないし」


「そ、そうですか……」


 私と私の家族を思っての事だったのか……。この人は本当に悪戯を楽しみたいだけで手当たり次第全員を貶めようという気はないって事……?


 ジョン様はティーカップを手に取り口元へ傾けた。


「まぁあれだな。僕としても出来れば君との婚約は破棄されたく無いわけで……だからあまり嫌われるような事はしたくない」


「嫌うだなんてそんな……」


 私からすれば今は感謝しかないのに……。あの悲惨な生活から逃げ道を作ってくれて、それだけでなくあの人達まで過度に傷付かないよう配慮してくれるなんて。


 こんな人には出会ったことがない。


「グアバラ家の人が来るとしたら多分明日くらいだから少し準備はしておいてくれ。あ、そうだ、クローゼットの服は好きに着て良いから」


「はい、ありがとうございます」


 未だに取れない緊張から堅苦しい返事を返すとジョン様は首を傾げ私の顔を覗き込んだ。思わず私は顎を引き冷や汗を背に感じながらも自分の手元に視線を向ける。


「あのさぁ、僕が勘違いさせていたのなら悪いんだけど、僕と君は対等な関係なんだよ?」


「え……?対等だなんて……私は侯爵家の出来損ないで本来捨てられていたものを拾っていただいた身……公爵家のジョン様と対等だなんてとても……」


 月とスッポン?いやそれ以上の差が開いていると言っても過言では無い。しかしジョン様はうーんと腕を組み納得のいかない様子。


「じゃあそれ今から無しだ。出来損ないだとか僕が公爵家だとか無し。僕が君を選んで君がそれを受け入れてくれた。ただそれだけだ」


 私を選んで……。


 なんだかその言葉に私はとても感動した。邪険に扱われるのが当たり前だと思っていた私も本当は誰かに必要とされたかったのかもしれない、と。


「突然呼び出して悪かったね。今日はもうゆっくりしててくれ」


「はい……」


 ハーブの香りが漂う部屋で身体は妙に熱い。けれど心は未だかつて無いほどに満たされている気がした。




***



 あれから1週間が経ったある日。ジョン様の予想とは大きく遅れはしたがグアバラ家がバゼル家の屋敷に現れた。


 声を聞きつけ階段の隅から様子を見ていると門の外から見慣れた面々が顔を出した。

 いつも踏ん反り返って歩くお父様もここではへこへことした低姿勢で誰にでもツンケンとした態度で振る舞うお母様と姉様も見たことのない笑顔で登場。改めて爵位の差を感じた。


「おはようルウ。遅くなったが今日はよろしく頼むよ。お、そのドレスよく似合ってるじゃないか」


「ありがとうございます!ジ、ジョン様もよくお似合いですよ……」


「そうか。ありがとう」


 この1週間という日々は私の人生の中でおそらく1番充実した日々だった。罵詈雑言を浴びることもなく聞こえるのは優しく些細な事にまで気にかけてくれる彼の声。こんな幸せな暮らしは無いと感じていた。そして次第に彼の真意が気になるようになっていた。



 そして談話は始まった。


「どーゆーことですか公爵殿?あんなに乗り気でいてくれたジョン・バゼル様とうちの愛娘ハレ・グアバラとの婚約を突然破棄だなんて理由もなくそんな……」


 長らく過ごせば分かる。お父様はさぞご立腹の様子だった。口調と表情こそ気を遣っているものの机の下の脚は小刻みにカタカタと揺れている。


 お父様に対し、ジョン様の父上であるベック・バゼル様は冷静に言葉を返した。


「あくまで私どものやる事は婚約者の紹介。決定権は我が息子ジョンとあなたの娘ハレ様にあると思いますが」


「そうですが……何故こうも突然に?」


「ジョンはこだわりが強くてねぇ、今まで何人もの婚約候補者を断ってきたのですよ。そんなジョンが自分でより良い相手を見つけたと言ったという話だけでは断る理由に不足ですか?」


「いやでも婚約は……」

 

 なんとしてでも婚約破棄の話を白紙へ戻したいお父様は食い下がる。そして遂に私の出番が回ってきた。


「口で言っても理解し辛いでしょうから本人お呼びしますよ。ルウさーん?」

「ルウ?」


 お父様を始めグアバラ家の方々の顔が歪む。そんな中私は出来る限りの明るい声で返事をした。


「は、はい……」


 私は慣れないヒールの高い靴と真っ赤なドレスを身に纏い、今までしたこともないほど手の込んだお化粧を施した顔でグアバラ家の座るテーブルの前へと歩み出た。


「お、お前なんでここに!?」


「おや?お知り合いですか?」


 紹介をする流れは知っているが私がグアバラ家の者と知らないベック様は困惑したように首を傾げる。その前でお父様方は今にも爆発しそうな怒りを必死に堪えていた。


「ルウさんはどこの家柄の子かは分かりませんがとてもお優しく優秀な人でね。私どもが断っても家事のお手伝いまでしてくださるんですよ。息子のジョンが気に入るのも無理も無い。さぞ家族も立派な方だろうと……」


「初めましてルウ・バゼルと申します」


 予定通り私は深く頭を下げて挨拶をした。家族相手に初めましてと言うのも違和感が残るが私は捨てられたのだからこの挨拶で問題ないだろう。


「な、何言ってるんだルウ?ハハハ。お前の婚約相手ってジョン様のことだったのかぁ、そー言う事は早く言いなさいハハハハ!」


 お父様は満面の笑みで語りかけた。どうやら私を娘として最大利用し、バゼル家との関係構築の手段として新たな手を打つようだ。


 少しだけ予想はできていたけど本当にこう出るとは……。


「あ、やっぱりお知り合いでしたか。どう言ったご関係で?」


 何も知らないベック様は少し嬉しそうにお父様へ話しかける。


「私の娘です。いやぁ、ジョン様はルウの方が好みでしたか!今後ともよろしくお願いしますベック様!」


「はぁ……!それは驚いた。そうだったんですか?ルウさん?」


 こうなったらもう認めるしか無い。どの道永遠に嘘をつき続けるなんて出来るはずもなかった。


 あーあ、私はどうしたってグアバラ家の出来損ないなのか……


「はい、黙っていてすみません。私は……」

「父さん彼女は僕が見つけた結婚相手だよ。どこの家柄かなんか関係ないだろ」


 優しく低い声。ジョン様だ。


 ジョン様の予定ではその場で私のお父様が私に怒るか結婚に対して反対の色を示したところで現れるつもりだったが、そのタイミングもなかった為今きたのだろう。


 私の横に立つとそっと私の方へ手を回した。


「あ、あんたは……」

「その節はどうも。まさかまさかあなたがあのハレ・グアバラ様のお父様だったとは。婚約破棄して正解でしたよ」


「くっ……」


 お父様は全てを察して悔し紛れの表情でこちらへ鋭い眼光を向けた。しかしジョン様はニタリと笑い応じる。


 1人だけ状況を理解出来ていないベック様はオロオロと2人を交互に見ていた。


「ジョン。お前とは面識が無いはずじゃ無いのか?」


「いや。つい先日会う機会があった。この人の馬車の前を通ろうとしたら拘束されちゃったね危うく拉致されるところだったよ」


「なんだと!?」

「いえ違うんですベック様!それは……」


 言い逃れできないと気づき、お父様はぎろりとさらに憎悪に満ちた目を私へ向けた。


「ベック様。その女は出来損ないのバカですよ。ジョン様にはとてもとても勿体ない。それならうちのハレの方が数倍いや、数百倍は優秀です」


 そうだ……。魔法のことは私もまだジョン様にすら話していない。それをしればいくら優しいジョン様やベック様と言えど受け入れ難い事実の筈。私は全てまた元通りになってしまう恐さや悔しさから涙が滲んだ。


 お父様に続くように姉様も口を開いた。


「そ、そうですよベック様先々のことを考えれば魔法の一つも使えないその女ではバゼル家の将来に響きます。身内としてそれは許されません!」


 私には何も言い返せやしない。ベック様の褒めてくれた家事なんて本来貴族には必要のない事。それに比べて魔法は貴族として使えないなど大き過ぎる欠点……。


「グアバラ家。確かあなた方の得意とするのは魅了魔法。その力は絶大で確かに扱えれば血族として優位な人材となるでしょう」


 ジョン様は私の肩に手を添えたまま話し出した。


「そうです!それなら……!」

「ただ。それがなんだと言うんですか?我がバゼル家の光魔法と比べれば大した事はない。人を魅了する事など魔法などに頼らずとも彼女はやってのける。魔法なんてそんなものだ。それなら私はルウのように人を思いやることの出来る人間の方が余程価値があると思いますが」


 真っ直ぐ嘘を言ってはいないと分かる言葉。さんざん姉様との差として扱われてきた魔法を「そんなもの」という一言で表し、その上たった1週間の生活でここまで私を見ていてくれた人はかつて居なかった。


 私はさっきとは違う涙が溢れ出した。


「そうか、本当に人を思いやれる人間なら結婚した後も安心だな。我々グアバラ家への待遇もさぞ良く考えてくれるだろう。なぁルウ」


「何をおかしな事を言っておられるのです?ローガンさん。あなたは自ら彼女との関係を絶った。それを都合よく利用するためだけに家族だからなんて虫が良すぎますよ。あなた達は今までずっと彼女をいじめてきたのでしょうけど、ルウはこの1週間あなた方の事を悪く言う事は一度もありませんでしたよ」


 涙を隠そうと必死に目を擦る私の背中をジョン様はただただ優しく撫でてくれていた。


「ローガン様。申し訳ありませんがこれ以上彼女を苦しめる言動を繰り返すようならお帰り頂いてもよろしいですか?」


 太く低い威圧の篭ったベック様の声が響く。直後ガタと椅子の引かれる音が聞こえた。


「失礼致します」


 視線だけを上げて前を見ると、門開かれ、無言で立ち去るグアバラ家の背が徐々に遠ざかっていった。


 

***



 日中の談話も無事終え、今は夜。


 私は大きな庭のベンチに座り物思いに耽っていた。


「隣良いか?」

「あ、ジョン様……!はいどうぞ」


 平気なふりを装っていたくせにジョン様の前で見苦しく涙を流してしまった事を思い返すとなんとも言えない羞恥の念に襲われる。


「悪かったね。嫌な思いさせちゃって」


「いえ、そんな……私は凄く嬉しかったです」


「嬉しかった……?」


 理解できないと言ったようにジョン様はこてと首をひねる。


「はい、あんな風に私を褒めてくれたり守ってくれたり……そんな事してくれるの今までジョン様以外に会った事なかったので……」


「そっか……」


 当然私もだが、ジョン様も少し照れくさそうに頭を掻いた。


「でもやっぱりさ、婚約は破棄でいいよ」


「え……なんでですか?」


 突然の告白に私は動揺し目を泳がせる。やっぱり今日の私の姿を見て?いや、魔法が使えないって知ったから?理由なんていくらでも思いついてしまう。


「やっぱりルウにも1番好きな相手を選んで欲しいって思ったから。俺だけの意見を押し付けてるのは違うなって……」


 この言葉を聞いて私はとても安心した。本当は今日の事があってから私はずっと、いつか必ず彼に伝えようと思っていたのだ。


「私の中の1番はジョン様ですよ……だから今の婚約破棄も取り消しでお願いしたいです」


 自分でも分かるほど体温を急上昇させながら私は消え入りそうな声で言う。するとジョン様は少し驚いたような顔をした後、


「そうか……じゃあこれからよろしくな」


 ジョン様は優しく微笑み私の頭をそっと撫でた。



お読みいただきありがとうございます。よろしければ評価、感想等お願いします。

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