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10月10日 正田直也

 今日は、朝からゲームにのめりこんでいた。俺の唯一の友だちである正田がオンラインで話をしていた。正田とは、中学校の友だちで、高校は、淮南高校に行った。そのため、二人で遊ぶこともほとんどなくなっていた。

 今日は、たまたま正田がオンライン上に現れたこともあり、二人で話しながらゲームを行うことによった。正田は、大学には進学せず、就職することに決めたそうだ。就職先は、地元にある工場の会社らしい。簿記などの資格も持っているため、経理などの仕事をする。本人も勉強はしたくないし、この選択がベストだと思っている。そんな正田は、俺の進路先も聞いてきた。

 俺がまだ進路を決めてないと伝えると、ガッカリした様子でこう話した。"そんなんで大丈夫か?"。まさに、正田の言う通りだった。ただ、俺は言い返す言葉も見つからず、返事を返すのでいっぱいいっぱいだった。

 俺に向いてある進路なんてあるのだろうか?大学に行くほどの学力もない。専門学校や短期大学に行くほどの興味関心があるものもない。かといって、就職なんて絶対にできない。俺は、いろんなものに縛られていた。

 今までは、母親や先生から言われていたこともあり、そこまで気に留めていなかった。しかし、正田から言われたことは意外に重くのしかかった。自分で考えるだけだと、らちがあかないので、塾の先生に相談することに決めた。

 塾の先生は、俺が小学6年生の頃から見てくれていた。発達障がいというものも理解し、前向きに声をかけた。何度も先生にキレられたが、そのおかげで高校受験も成功した。当時は、聖徳高校、淮南高校ともに合格圏内ではなかったこともあり、親も含めて多くの人から、守田高校に進学するようアドバイスをもらっていた。

 しかし、塾の先生だけは、"お前の行きたいところに行け"と熱心に声をかけてくれた。俺は、守田高校を受験する予定だったが、先生のおかげで、聖徳高校を受験することになった。だが、そこからが大変で毎日のように勉強三昧だった。当時は、何度も逃げ出しそうになったが、先生がとてもひつこくて逃げれる環境ですらなかった。

 聖徳高校に受験して、合格発表がされた時は、泣いて喜んでくれた。母親からも泣きすぎと言われたくらいだった。母親と先生の面談で、"僕のためならなんでもしますから"と豪語していたらしい。ホントにその通りだったが、人一倍自分に時間をかけてくれたのは今でも僕の誇りだった。

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