30.位
「コン、コン、コン。」
部屋の中に静かにノックの音が響いた。
三人の中で一番聴覚が優れているシークスは、それで目が覚めてしまった。
「ぬぁーい…」
寝ぼけ眼で何とか返事をすると、いかにも高そうな荘厳な構えの扉の向こうからは、落ち着いた女性の声がした。
「お休みのところ失礼いたします。朝食をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか。」
シークスは、寝ている二人とゆさゆさとゆすって起こした。
「おい、貴様ら。朝食のようだぞ。早く起きぬか。」
「んぁ、?朝飯?あーそうか、俺達戦いの後龍国に逃げて、それから…。」
シークスに起こされてソードもだんだん頭がはっきりしてきた。こんなにゆっくり過ごしたのは久しぶりな気がする。一晩休んだだけなのに、これまでの忙しい日々の疲れがとれたみたいだ。人国にいた間は、なんだかんだビンザルスのやつらに追われる日々だったから、宿で心行くまで休息なんて真似はできなかった。だからようやく三人気を張らずに休めているのを見ると、ようやく落ち着いたんだと実感する。
感慨に浸りながら布団にくるまっていると、シークスがあきれながら扉のほうに声をかけた。
「全くだらしない奴だ。はいってもよいぞ!」
「失礼いたします。」
重そうなドアをゆっくり開いて入ってきた女性は華美な装いというわけではないが、生地は上等なものを使っている。動きの一つ一つにも品があり、教育の行き届いた宮女だと分かる。さすが龍国の王宮勤めだ。黙々と、丁寧な所作で朝食の配膳を始めた。ツキヤも人の気配で目が覚めたようだ。
彼女がそれぞれの机に温かい食事を並べ終えると、俺の前に向き直りまっすぐ俺を見つめてきた。
「ソード様、昨日は大変失礼いたしました。まさか、ルーク様のご子息であるとは思いもよらず、不快に思われるような行動を。」
「い、いえ。それはいいんです。それよりもあまりに盛大なもてなしといいますか…これは一体…?」
「そのことについては、後ほど主から陛下からお伝えされることとなっております。朝食が済みましたら、陛下への謁見の予定を勝手ながら立てさせていただきました。陛下があなた方にお会いしたいそうです。」
「陛下、って龍王がですか!?」
その一言に豪華な朝食にがっついていたシークスは吹き出し、ツキヤはご飯を口に運ぶ手が止まった。
龍王とは、その名の通り龍国の王であり、この世界の最高権力者に位置する人物だ。威厳を持ち、世界への影響力はさることながら、多くの民からも慕われている君主である。そんな龍王への謁見なんて、大きな功を立ててもなかなかかなわないことだ。まして、俺たちのような駆け出し冒険者が王宮の中を歩けているだけえ例外なのに、こんな盛大なもてなしを用意し、会いたがっている。
ルークってもしかしたら父さんの…
「お食事がすみましたらお声がけください。身支度ののち、謁見の広間までご案内いたします。お召し物などはこちらでご用意させていただきました。それでは失礼いたします。」
「は、はい。」
説明をして宮女が出ていくとシークスもツキヤも、突然のことで混乱しているのか、黙って朝食を口に運んでいた。しかし、それも一瞬のことですぐにシークスは話し始めた。
「…ソード、やはり貴様ではないか!?」
「何の話だよ!?」
「このようにもてなされている理由に決まっておろう!?何があったらこうなるのだ!三人の中で唯一特別感があるのは貴様以外居なかろうが!」
「知るかよ!?大体、俺龍人と喋ったこともねぇわ!」
「ではなぜこのように手厚く、しかもあの龍王が貴様に会いたがっているのだ!これで何もないダァ?笑止!流石に無理があるぞソードよ!」
「だから何もないんだって!」
自分でもわからないのに俺に理由があるはずだといわれてもだ。それとも本当に俺が原因なんだろうか。 ルークは、きっととうさんのことだ。だけど龍王と知り合いだなんて聞いたことない。
まだ俺には目覚めてない記憶でもあるのか。だけど龍王がわざわざ会おうとするくらいだ。俺の知らない父さんの話があるのかもしれない。もしくは、俺の種族について……。
頭の中を巡る父親との記憶。幼少期のことで曖昧だからか、自分の知る父親からは龍王と交流があった様子はとても想像ができなかった。ソードが知るルークは優しく強くよく遊んでくれる尊敬できる父親。
思いだしていると、懐かしい気持ちと同時にあの日のトラウマが脳裏をよぎり始める。
俺はもしかして何も知らなかったんじゃないだろうか、何も知らないまま失ってしまったのではないだろうか。そういった恐怖が俺の背を丸めさせる。
「…俺、案外父さんのこと何も知らなかったのかな。」
「む?なんだ急に。ほら行くぞ。龍王を待たせてはいかんだろ。」
喋りながら自分の襟元をただすシークス。
「あぇ、?お、おう。」
「どうかしましたか?ソードさん。なんだか顔色が優れませんが。」
「え、あぁ。大丈夫大丈夫。」
「本当であろうなぁー?無理はする出ないぞ。龍王の御前で醜態だけはさらしてほしくないからな!」
「わーってるよ。」
準備のために宮女を呼び、服やら挨拶の仕方やら、謁見に際し必要なことを教えてもらう。しかし準備の間も不安な気持ちがどんどん膨らんできた。安心できないものかと、胸を巣食うわだかまりを吐き出すように深く息をつく。いろいろと思いを巡らせているうちに準備は終わったようだ。
「ではご案内させていただきますね。」
そういって女性がドアを開くと、廊下には、朝食を持ってきてくれた宮女らしき竜人女性と、明らかに武装した上位騎士が三名待ち構えていた。
「こちらへ。」
女性は我々を先導し、上位騎士がその周囲を取り囲むように並んでいる。はた目から見たら何かやらかした極悪人だが、騎士たちの目つきは明らかにやさしい。到底警戒しているようにも見えない。緊張でがちがちになっている我々を見かねたのか、女性が声をかける。
「それほど緊張しなくても大丈夫ですよ。この騎士たちはあくまで護衛兼使用人として配置されています。あなた方を包囲しているなどではございませんよ。私はカタリア・ルミー。あなた方がこの国にご滞在している間の専属使用人となることでしょうから、そう気を使わないでくださいね。」
「ル、ルミー!?」
先ほどまであまりの緊張で動きも固く尻尾も垂れ下がっていたシークスがその名を聞いた途端、大きな声をあげた。それも当然な話だ。ルミー家、この名を聞かない種はいない。人国でも教育の一環として習うこともあるんだとか。
それもそのはず、このルミー家というのは代々龍王に使える由緒正しき血統、要は御三家と呼ばれる家柄だ。強さ品格忠誠心はどれをとても超一流、ここ1000年間ルミー家は龍王の側近の座を譲らないんだとか。
そんな名前を聞いて、俺の胃痛はさらにひどくなる。「父さん、ほんとに何したんだよ!」と心の中で盛大に叫んだ。
「どうかなさいました?」
「ぬぁ!?いやぁ!そんなお偉いさんが我々についてもらっちゃって幸運だなぁと思うただけよ!ハハっ!」
みんな顔面蒼白。ツキヤなんかそのまま泡を吹いて倒れそうな勢いだぞおい。てか大丈夫かあれ。生きてる?息してる?シークス、その素直すぎる尻尾どうにかしろ。毛逆立ちぎだ、尻尾ピーンってなりすぎだ。あれもはやちぎれるぞ、ちぎれてそのまま尻尾だけ歩いて逃げ出すぞ。てかやばい、俺もめっちゃ腹痛い。空いた?とうとう胃に穴開いちゃった?
「つきましたよ。」
気が付けばどえらい扉の前に立っていた。いやこの間国境のどでかい門見てきたけど、こっちも別格すぎるだろ。金と白ですんごいきれいだし、風格が王者そのもの。そしてこの扉の向こうから感じる強すぎる魔力。強すぎて正直もうこの場から逃げ出したい、体自身がもう危険信号出してるほどだ。
「本当に僕らで間違いないんですよね、?」
正直もう嘘だと言ってくれ、どっきりだったと言ってくれ。そんな言葉を期待してカタリアを見る。騎士たちが門を開くため門の両側に立つと、カタリアはさらっと振り返り大きくうなずくと片腕を挙げた。一言告げながら彼女は片腕をゆっくりと振りかざし、両側の騎士に合図を送る。
「ソード様、シークス様、ツキヤ様のお着きです。開門!!」




