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黎明は生まれ落つ

 なんだか、長い夢を見ていたような気がする。それもそのはず。私は無限の時の中にいる。いつから私が存在し、いつからこの『空白』があるのかすら覚えていない。


 そろそろ何もない、この空白にも飽きてきた。そうだ、この中に小さな世界を作って、その中に生命を入れてみよう。無限の時の中で生命は一体どんな姿を持つのだろう……面白そうだ。生命が姿を持ったら、私もその姿を借りて降りてみよう――


               *   *   *


 ここは天上界。さらさらと風が吹き抜ける、ある建物の屋上。床や壁面は純白の石畳で覆われていて、どこからともなく、花の香りが漂ってくる。ひとつの庭園ほどの広さはあるそこに、それは居た。


 腰まで流れるライトオレンジの髪。天上界では珍しい、シンプルな真紅のドレス。その存在は、ただ腕を組み、遠くの方をじっと眺めている。


「また、考え事ですか」


 そこへ、一柱の女神が近づいてきた。長い亜麻色の髪。優しそうな顔立ちに、真っ白の肌。地面に付いてしまうほど長い裾に金の刺繍が施された、純白のドレスを着ている。


「フレイア。私がここへきて、どれだけの時が経ったのかしら」


 その存在は、振り向かずに言う。


「人間界の基準で言えば、300年ほどでしょうか」


 フレイアと呼ばれた女神は答える。


「300年……いまいち、分からないわ」

「人間がおおむね6回、その命を全うするくらいの長さです」

「そう。確かに、いろいろなことがあった気がするわ。思いのほか、驚くことが多かった」

「ええ。私も、あなたと初めて出会ったときは驚きました。根源たるもの――」

「今はイデアよ」

「そうでしたね。イデアさん」


 その存在――イデアは、視線を空へと移す。


 空には人間界においても馴染みのある闇が広がっている。無数の星に、輝く月。それが全世界に共通する現象、『夜』である。


「私はずっと疑問に思っているの。私は、何の意図も、何の指示も与えずに、この世界と生命を創った。なのにこの世界の者は皆、まるで義務であるかのように何かを『演じて』生きている。永遠に自由であるはずの人間も、永遠に全能であるはずの神も、皆よ」


「残念ながら、私はその答えを知りません。そもそもなぜ、このようなところへ?」

「神々の『神聖なる戦い』を放棄し、逃げた変わり者が居ると聞いてね。どんな者か見てみたくなったの」


 フレイアの肩に、わずかに力が入る。しかし、振り返ったイデアの眼差しに否定的な意図がないと分かると、彼女は肩の力を抜き、微笑んだ。


「いいのよ、戦いなんて。私はそんな義務を与えたつもりはない」

「私は、正しかったということでしょうか」

「その『正しいか誤りか』という、分別のような行為の意味は分からないけど……そうね。正しいわ。少なくても、私はその選択を認めている」


 イデアには『正しい』という概念が理解できない。なぜならこの世界における全ては、彼女自身が存在を許したものだからだ。しかし、人間が殺しを悪と認識するように、神にとってもそれぞれの知能から生じる価値観があるということを理解し、彼女はあえてその言葉を使った。


「ところで、誰かがこちらへ向かってくるようだけど」


 不意にイデアが言う。


「誰か?」

「ええ。このハルモニアに害をなすものであることは確かね」


 ハルモニア。女神フレイアが創造した、戦いを放棄した者たちの都市。『調和』という名のとおり、この都市には統治者による支配も、戦争も存在しない。


 また、都市全体が強力な厄災除けの魔術として機能するよう配置されており、都市を守るために戦う者が居なくても、その安寧が破られることは滅多にない。全ての者が望んだように、在るがままに在ることができる。それがこの都市だ。


「あっちの方よ」

「まだ何も見えませんね……少々お待ちください」


 フレイアは何かを唱える。望遠の魔法だ。


「あれは、ポセイドン……!」

「へえ、あれが『大地を揺るがす者』ね」


 人間界では海の神と呼ばれている存在。性格はやや粗暴で、愛情豊かで親切である半面、気分屋で闘争好きだ。海を渡る人間達に恩恵を与える一方で、気が変わると嵐を起こし、船を難破させる。


「どうしましょう……彼はきっと、この都市を支配下に置くつもりです。けれど、私の力ではポセイドンには勝てません」

「そうね。世界はそうやって移り変わるものよ。だけど、今はあなたの味方をしてみましょう」


 フレイアが一瞬、驚いた顔をしてイデアを見る。


「よろしいのですか?」

「当然よ。本来、この世界では何が起きてもいい。例えそれがデウス・エクス・マキナであろうとね。それに、私も何かを演じてみたくなったの」


 遊んでくるわ、と楽しそうな笑みを浮かべた瞬間、ふわっ、という音とともにイデアは消えた。

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