俺の合コンはどこか間違っている。 4
デンバーのぎこちないウィンクを見て、俺は切り出した。
「最近暑くなってきたよなー」
まずは当たり障りのない言葉で女の子の反応を見る!
「そうだなぁ。もう7月だもんな」
―― お前じゃねえ!!
デンバーに邪魔された。が、女の子たちの反応は見れた。
パルメナは「そ、そそうですね……」と同意し、メスゴブリンAは虚空を見つめ、Bは俺の手元を見つめている。
―― ふむ、女の子達は緊張してるみてえだな。
俺はメニューを手に取って、言った。
「とりあえず飲み物でも頼もうか」
メニューは六人で一つではなく両サイドに二つずつある。
―― これで女の子達が頼む様子から大体の性格が…… ってあれ?
女の子側のメニューは二つともパルメナの目の前にあるというのに、彼女はソレを手に取る素振りすら見せていない。
パルメナはもじもじしながら、俺の顔色を伺うような目をして口を開く。
「あ、あの…… 私たちは、その、先に頼んでます。ごめんなさぃ…… こういうの初めてで……」
なんてこった。けどまだドリンクは来ていない…… つまり俺たちの分と一緒に出してもらうようには言ってくれてるって事だよな。
「そうだったのか! 全然気にしないでくれ! じゃあデンバーとオーランはどうする? 俺はビールにするけど」
「俺もビールで。オーランもビールでいいか?」
デンバーの問いかけにオーランは無言で頷いた。
*
全員の手にグラスが行き渡り、合コンは乾杯から始まった。
乾杯に応じてくれたのはデンバーとオーランだけだったが、パルメナ達はお嬢様すぎて乾杯を知らなかったようなので良しとした。
ちなみに、パルメナは茶色い飲み物、メスゴブリン達は赤紫色の飲み物だ。アイスティーとカシスソーダってとこだろう。
パルメナは飲み物以外に料理も注文していたようで、もう少ししたら出てくるらしい。
「それじゃあ料理が来るまでに自己紹介でもしようか!」
俺の言葉に、パルメナが両手をぱちぱち叩いて、
「い、いいですね!」
と反応してくれた。
俺は元気よく手を挙げる。
「冒険者やってるカケルですっ!」
次にデンバーが右手を挙げて、
「同じく冒険者やってるデンバーだっ! で、隣の筋肉が……」
左肘でオーランを小突く。
すると、
「…… オーラン。よろしく」
オーランが渋すぎる声を出した。
三人の自己紹介にパルメナは「よろしくお願いします」と言ってぺこりと頭を下げる。
そして彼女はおそるおそる右手を挙げた。
「そ、それでは次は私ですね。私はパルメナ、今日から王都の教会で働いているシスターです。あ、あと、オーランさん、デンバーさん、昨日は助けて頂いてありがとうございました」
その感謝の言葉にダサ男二人はまんざらでもない顔になる。
パルメナはさらに言葉を続けて、
「その、助けて頂いたお礼を用意してきたんですけど…… これ、よかったら……」
と、テーブルの下から三つのビンを取り出し、渡してきた。
ビンは10センチぐらいで中身が見えない鉄色だ。
―― うわいらねえ。でもそんな事言えねえ。
「俺の分まで…… ありがとう。これ何が入ってるんだ?」
俺は感謝の言葉を口にして、ビンの中身を確認するように灯りに照らしてみる。
―― さすがに見えねえな。
「秘密です。帰ってからのお楽しみということで」
パルメナは微笑んで答える。
俺たちは再び感謝の言葉を述べて、三つのビンをまとめて紙袋へ入れた。
「で、では私の友達を……」
パルメナはメスゴブリンAの肩をちょんちょんと触る。
その接触で、これまで虚空を見つめていたメスゴブリンAが俺たちの方を見た。
『……』
が、目線がまっすぐになっただけで言葉を放つ気配が無い。
―― まだ緊張してんのか。ここは気遣いが出来る男だとアピールするチャンスだな。
「だ――」
「大丈夫! ゆっくりでいいんだぜ!」
―― デンバァー! 貴様ァ!!
アピールチャンスを潰した男と視線がぶつかる。
(それは俺の言葉だぞ!)
(悪いなカケル! この子は俺がもらう!!)
デンバーの言葉が緊張をほぐしたのか、メスゴブリンAは口を開き、
『グ……』
と、ギザギザ歯の間から音を漏らす。
隣のパルメナが肩をさすりながら「大丈夫だよ」と言葉を投げかけると、
『グ…… ギャギ』
なんか言った。
―― 変身魔法すげえな。ロールプレイまでこなせるのか。
俺は感心したのだが、パルメナは慌てたような顔で、
「メスリン!」
メスゴブリンAの名前を言ってくれた。
―― なんつー名前だよ。メスリンはデンバーに相手してもらお。
「ご、ごめんなさい! やっぱり緊張してるみたいで……」
パルメナが申し訳なさそうな顔になった。
「気にするな」
そんな彼女をオーランが渋すぎる声でフォローする。
「ふ、ふたりはまだ緊張してるみたいなので私から彼女たちを紹介してもいいですか?」
俺たちは黙って頷いた。
「え、と…… デンバーさんの前にいる彼女はメスリンです。人形遊びが趣味、かな? それで、カケルさんの前にいる彼女がエリザベスです。シルバーを集めるのが好きな子です」
―― エリザベス…… 名前からして絶対美人さんだな。
両手を顔の前で組むと、エリザベスと目が合った。
―― チャンスか。
「エリザべスはどんな形のが好きなんだ?」
その言葉に反応するように、エリザベスは俺の顔を指差す。
『ギャギギ』
―― うん分からん!
エリザベスの言葉の意味を考える間もなく、パルメナが口を出してきた。
「エリザベス!? ごめんなさいカケルさん……」
―― ふむ、やはりパルメナだけは言葉を理解してるか。そのパルメナが謝ってるって事は………… なるほど!!
俺は指輪をするっと外し、エリザベスに渡した。
『…… ギャ?』
エリザベスは伸びた爪で指輪をつまみ、首を傾げる。
「カケルさん……?」
パルメナも同じように小首を傾げた。
俺が頷くと、エリザベスはゴブリンらしい笑みを浮かべて、緑色の谷間にそっと指輪を入れる。
―― やっぱりだ! さっきの反応は『その指輪いいね』で合ってた!!
俺は思い出した。
女の子とは言葉の裏側にある本音に気付いてほしがる生き物だという事を。
ようやく繋がった。
なぜゴブリンの姿なのか。なぜゴブリンの声で音を発するのか。
これは『女心が分かりますかテスト』だ。
外見で判断しない男かどうか、言葉を介さずとも心で通じ合える相手かどうか、それらを兼ねたテストだ。
エリザベスの指先がまた俺を指差す。
『ギャッギャギィ?』
「ダ、ダメに決まっているでしょう!?」
パルメナは声をあげるが、俺には分かっていた。
―― 『そのネックレスも欲しいんだけどくれるかな?』だ。
俺は胸元にぶら下がっているシルバーネックレスを外して、エリザベスの長い爪に引っ掛ける。
『…… ギィェ』
―― これは恥ずかしそうに言う『ありがと』だな。パルメナの目が丸くなってるし間違いねえ。
心で通じ合うエリザベスとの運命を感じていると、料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたぁー! こちらジャポンティ名物のお好み焼きでぇす!」
テーブルの上に親しみのある粉モノ料理が人数分並べられていく。
みじん切りキャベツと小麦粉の塊の上に茶色いソース。更にその上にはネギとマヨネーズとゆらゆら踊る鰹節。
間違いなくお好み焼きだ。
―― まじか。
俺は戸惑う。
それはお好み焼きがあった事に対してじゃあない。
お好み焼きの横にナイフとフォークが準備されたからだ。
―― 箸かへらが欲しい。
「なんだよカケル、感動してるのか?」
「……」
こっちは戸惑ってんだよ。
「あ、あの、余計な事、しちゃいました…… か?」
パルメナが気まずそうな顔で聞いてきた。
俺は首を横に振って、
「懐かしくてな。それじゃあ、いただきます」
お好み焼きにナイフを入れ、フォークを突き刺して、口に運ぶ。
「うん、うまい!」
味もちゃんとお好み焼きだった。
俺のリアクションを見たデンバーもお好み焼きを口に運ぶ。
「うまっ!」
「よ、よかったぁ」
パルメナはほっと息を吐いて、お好み焼きを上品に口へと運んだ。
そんな中、メスリンとエリザベスが皿ごとお好み焼きを口に入れた。
陶器を噛み砕く音が個室に響き渡る。
パルメナもその行動は予想外だったらしく、口をぽかんと開けている。
―― た、試されてる……! 他人の食い方にケチをつける男かどうか試されてるっっ!
すぐに答えを出せなかった俺は、
「ちょっとトイレ行ってくる」
と席を立った。
「あ、俺も俺も」
デンバーも俺と同じで答えを出せなかったらしい。
俺はデンバーと共に個室を後にした。