俺の合コンはどこか間違っている。 3
髪の片側を耳の後ろに流して、ピンで止める。
ネルスクリーマのイラストがプリントされた黒Tシャツの上からデニムシャツを羽織り、下は白のスキニー。
首と指にシルバーを通し、耳にはリング。
最後にサングラスを頭に乗っければ、
「完璧だ」
俺は紙袋を片手に持ち、街角で親友の迎えを待っている。通り行く人々にはチラチラ見られるが、それは俺がチャラいからだろう。
考え得る限りのチャラい恰好をしているのは作戦の為だ。
作戦名は『ギャップでトゥンク作戦』
人間は第一印象から結構な割合で相手を見極めると聞いたことがある。コレはその心理を利用した画期的かつ効果的な作戦だ。
今宵の攻略対象は『友達が少ない内気なお嬢様系美少女』である。
俺を一目見たそういう女の子の心象はこうだ。
―― チャラそう…… 私苦手かも……。
これでもう俺の術にハマったも同然。
俺はさらにアピールする為、
「みんなは何飲む?」
「それじゃあ自己紹介から始めよっか!」
などと言って戦場を仕切る権利を強奪する。デンバーのサポートなんぞ知らん。
そんな俺を見た女の子はこう思う。
―― 軽そうだと思ったけれど、引っ張ってくれる男らしい人なのかな?
そして俺は乾杯の音頭を取り、料理が到着した時、さらに動く。
「これぐらいで大丈夫?」
「これは食べれる?」
料理の取り分け役を買ってでるのだ。そんな俺を見た女の子はこう思う。
―― 気配りできる優しい人なのね!
ここで作戦を立て終えるヤツは素人だ。
合コンが終わり、別れ際にそのタイミングはやってくる。
俺は店を出たタイミングで、
「これ、おすすめのたまごサンドなんだ。よかったらみんなで食べて」
手土産だ。
もし女の子を持ち帰れなかった場合、次に繋がる為の切り札を俺は用意した。
それを渡す事で、もし街中で会った時、
「この前のたまごサンドおいしかったよ!」
「だろ?」
「他にもイイお店知ってるの?」
「もちろん、今度紹介しようか?」
「うん!」
という会話が生まれ、次の合コンが組まれる可能性が高くなる。
「…… ぅひ、我ながら隙が無え。完璧すぎる」
ショーウィンドウに反射する自分の姿を確認し、髪をいじいじしていると、
「よっ!」
と肩を叩かれた。
振り返ると、赤いTシャツの上にビニールみたいな透明のシャツを羽織ったデンバーとタンクトップ姿のオーランがいる。
―― 勝った。
俺は確信した。
こんなクソダセぇヤツらに負けるわけがない、と。
「今日のカケルめっちゃイケてるな!」
「そうか」
ダサいこいつに言われてもなんも嬉しくない。むしろ俺が間違っているんじゃないかという気さえしてくる。
「デンバーもイケてるぞ」
「だろ? お気に入りなんだよこれ」
「ふーん。で、場所は?」
「あっちだぜ」
俺はデンバーたちの後に続き、戦場へ足を進めた。
道中、こいつらのせいで周囲の視線をとてつもなく感じた。
*
店は個室がある大衆向け居酒屋だった。店名は『ごちまる屋』といって、ジャポンティ人が経営しているチェーン店らしい。
高そうなレストランとかじゃなかったのは、心優しいパルメナが俺たち冒険者に合わせてくれたんだろう。
店員のお兄さんに『7』と書かれた札を渡され、案内板に従って番号が書かれた個室を探す。
―― あそこだな。
運命の相手が待っている個室が見えた。
俺は前を歩く二人の肩に手を置いて、言った。
「先に行く」
「あぁ、約束だからな。だ――」
「ふっ、安心しろデンバー。この頭の中にはすでにパルメナって子の顔が浮かび上がっている。その顔はお前のモノだ」
「いやパルメナちゃんの相手はオーランなんだけど」
「…… 知ってたさ」
合コンで大事なのは座る場所だ。
部屋を間違えたヤツを演じ、先に運命の相手を確認するとデンバーとは話をつけてある。
個室のドアを開き、
―― さてさて、どんな……
中の存在を確認して、
「…………?????????」
そっと扉を閉めた。
―― ????????????????
俺は見たモノを理解できないままデンバーのところまで戻る。
「どうだった?」
何も知らない男が聞いてきた。俺はその男の両肩に手を置いて、
「俺は女の子をハントしに来たんだ。モンスターをハントしに来たわけじゃあねえ」
言った。
「何言ってるんだ」
「…… 小動物系の、垂れた眉が特徴的な美少女はいた」
「パルメナちゃんだな。で、どっちだ?」
「いや…… どっちもなにも…… どっちもゴブリンだったんだが」
デンバーとオーランがドン引きするような顔になった。
「カケルお前最低だぞ」
デンバーの反応は正しい。女の子に対して「ゴブリンみてえ」とか言う男は最低なクソ野郎だ。俺はそんな事言わない。
「肌が緑色の人間っていると思うか?」
「いるわけないだろ」
「でもあそこにはいたぞ? しかも上等な服を着てオシャレしてたし、アクセサリーも付けてた」
俺の言う事が信じられなかったのか、オーランが無言のまま個室に入って行った。
そのまま出てくる気配が無い。
―― 食われたか?
「ほら、見間違いだったんじゃね?」
「んなわけねえだろ」
「それに聞いたことあるぜ? 外見じゃなくて内面を見て欲しい時の女の子は厚化粧するって」
デンバーの言葉を聞いた俺は察した。
―― そういうことか! 異世界の厚化粧ってのは変身するって意味か!
「つまり、だ。俺たちは外見に惑わされず性格が合うかどうかを見極める必要があるってことだな」
「その通りだ。それに、女の子がそういう事をしてるって事はそれだけ本気って事だろ?」
俺はすべてを理解して、デンバーと共に個室へ足を踏み入れた。
席順は左奥から、パルメナ、メスゴブリンA、メスゴブリンB。男連中は左手前からオーラン、デンバー、俺、となった。
パルメナは俺の顔を見て、「あ、さっきの……」などと呟いていたが無視した。
俺のタイプじゃないってのもあるが、目の前にいるゴブリンAとB、このどちらが性格美人なのかを見定める為のトークデッキを考案中だからというのが主な理由だ。
他人の女の心象なんぞ気にしてる場合じゃあない。
店員のお兄さんがおしぼりを持ってやってきた。
―― ゴブリンに対して反応無し…… やっぱり変身する事を厚化粧っていうのは間違ってなさそうだな。
「それではご注文の際はこちらでお呼びください」
お兄さんは爽やかな笑顔で俺の手元にベルを置いて出て行った。
―― 良いぞお兄さん! これで俺が注文を尋ねても不思議がられない!
視線を横に流すと、オーランはパルメナを見つめ、デンバーは緊張のせいか少し汗をかいている。
俺はベルに手を伸ばし、小さく息を吸い込んだ。
―― さぁ、トークを始めよう。
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デンバーは後悔していた。
もっとカケルの言葉を信じていればよかった、と。
パルメナの横に並んでいるのは本物のゴブリンだった。しかも、ただのゴブリンではなくペンタゴブリンと呼ばれるモンスターだ。緑色の身体から放たれる魔力の質と量は、デンバーを含めた三人を遥かに凌駕している。
彼女が契約しているモンスターという事は明白だが、ゴブリンと食事をする趣味はデンバーには無いし、何より恐ろしかった。
それでもデンバーが逃げ出さない理由があった。
それは幼馴染オーランの恋路を見届けるという使命感だ。
デンバーの視界に、カケルが店員を呼ぶベルへと手を伸ばす様子が映った。
デンバーは視線をカケルに送る。
(やめろ!! まだ心の準備が出来ていない!)
心の声が届いたのか、カケルと視線がぶつかる。
カケルはデンバーにしか見えないように親指を立て、ウィンクした。
まるで「任せろ」とでも言わんばかりの顔を見たデンバーは、とある話しを思い出す。
『俺は魂の色が見えるからな。人間かモンスターかなんてすぐ分かるし、男か女かも分かるんだぜ? すげえだろ?』
瞬間、デンバーの緊張は解けた。
デンバーはふぅ、と息を吐いて、カケルにウィンクした。
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