俺の合コンはどこか間違っている。
「それでだな…… 実はカケルを探してた理由は他にも――」
俺はデンバーの言葉を手で制した。
「それ以上言わなくていい。お前が女連中を先に行かせた時点ですべて理解してる」
デンバーがスっと出してきた手を取り、握手を交わす。
「ちなみに…… どれぐらいなんだ?」
「1時間で3万5千サリー。ちなみに昨日2時間コース行ってきた」
「だからすっきりした顔してるのか」
デンバーはそう言いながら財布の中身を確認し始める。同時に無口なオーランも財布を確認し始めた。
―― むっつりスケベ野郎が。
「でもいいのか? パルメナって子がいるだろ」
「パルメナちゃんは奥手っぽかったからな。昨日の今日じゃ無理だと思ってる」
ふむ。
「物静かな子なのか?」
「前にいた街だとシスターとして働いてる時以外は部屋から出ないで友達とお話ししたり、図書館で本読んだりしてたって言ってたな」
「そんな子なのに王都には友達がいたんだな」
「いや、その友達ってのはパルメナちゃんとは別の方法で王都に向かってるって言ってたぞ」
「…… ほう。ちょっと考えさせてくれ」
俺は頭の中で情報を整理する。
―― パルメナは助けられた事にお礼をするとても良い子で、”お話し”とかいうお嬢様みてえな休日の過ごし方からして内気なインドア系美少女ってところか。
そんな子と出会った事は羨ましいが、合コンの人数合わせで行ったら運命の出会いしちゃいました、みたいな可能性が俺にはあるんだよな。
その運命の相手ってのは王都で働く事になったパルメナを心配して付いてくるような、友達想いの良い子だろう。そういう子に好かれる為には……
「よし、決めたぞ」
「何をだ?」
「今夜はサポートに回ってやるぜ」
「カケルっ!」
俺はデンバーと腕を組み交わした。
*
王都を軽く案内した後、デンバーたちとは教会前で分かれ、ギルドへやってきた。
入り口に近いテーブルでアリアが大きめのチョコレートケーキを頬張っている。テーブルの上にはケーキだけじゃなくプリンもあり、その横ではラーヴェインがサンドイッチを食っていた。
―― 朝っぱらからデザート2個も食ってんのかこいつ。
アリアの隣に腰を落とすと、クソガキは二つのデザートをさっと俺から遠ざけた。
「……」
「ふぁへ――」
「食いながら喋るな」
アリアはミルクをごくっと飲む。
「そんな目で見たってあげませんよ」
「いらねえよ。あいつらに買ってもらったのか」
俺はクエスト掲示板の前にいるステラとトウカを見ながら言った。
「そうですよ。正当な報酬です」
なんの?…… あぁ、普段家事してもらってるからか。
「よかったな」
「あげませんよ?」
「いらねえつってんだろ」
俺はそう言いながらプリンに手を伸ばしてみる。すると、アリアは親の仇でも見るような目で俺の腕を掴んで、
「この手はなんですか?」
「なんだろな」
そんな感じでアリアで遊んでいるとトウカが戻ってきた。
「どした?」
「…… コレを見てくれ」
トウカが一枚の紙を手渡してきた。
俺はその紙を受け取って視線を落とす。
「昨日のグンタイアリのクエストじゃねえか」
「報酬の部分を見てくれ」
あれ?
「昨日は確か12万だったよな?」
「あぁ。だが今は37万になっている。グンタイアリの規模が想定以上だったらしく、ギルドが特別手当を追加したという話だ」
幼女ステラの食費が5~7万だと仮定しても余裕じゃん。
「受けるしかねえな」
「私もそう思ってたんだが……」
「ん?」
「グンタイアリの規模によってはステラの魔法だけだと厳しいみたいなんだ。そうなると無駄足になる可能性がある」
「そんなに多いのか」
「多いというか大きいというか」
「???」
俺の脳内がハテナで埋め尽くされた時、アリアが口を開いた。
「ぷぷぷ。もしかしてカケルってグンタイアリも知らないんですか? ぷぷ」
「…… 知ってんのか?」
「知りたくもないです」
―― なんで口開いたんだこいつ。……『アクセル』
ちょっとムカついたから食いかけのプリンを強奪してやった。
アリアは一瞬だけ硬直したが、傍に立つ俺に気付いた途端、
「か、返してください! さっきいらないって言ったじゃないですか!!」
掴みかかってきた。
「取れたら返してやるよ」
俺はプリンを持った手を上にあげて挑発する。
「このっ!」
アリアは背伸びをして必死に腕を伸ばすが、さすがに届かない。
「チビには取れねえだろうなあ」
さらに挑発すると、アリアはぴょんぴょんと跳ね始める。
「お、おい! あんま体重かけんな! プリン落ち――」
腕が揺れた事で手の上にある皿からプリンが宙を舞う。
―― まっずい!
俺は加速して、金魚をすくうようにプリンの側面から皿を滑り込ませる。
腕をずしりとした感覚が襲った。
―― ふぅ、危ねえ。
俺は皿の上で波打つプリンを確認し、『アクセル』を解除する。
途端、プリンが超スピードでトウカの方に飛んでった。
プリンはトウカのおっぱいに着弾して砕け散る。
俺の胸元には目を丸くしたロリっ子。
目の前には黄色い物体が付着したおっぱい。
手の上から皿が落ち、カシャンと割れる。
状況に理解が追い付いたアリアはわなわなと震えながら、トウカの腰にひしっと抱き着いた。
トウカは自分に抱き着くアリアの後頭部に手を当てて、
「カケル」
俺の名前を呟いた。
―― ふむ。
「………… 良い風呂屋知ってるぜ」
「違うだろう」
「ごめんなさい」
*
俺は散らばったプリンの掃除を終えて、
「くはははは!」
対面に座るステラが爆笑する様子を眺めている。
あの後トウカはギルド職員宿舎の風呂を借りに行き、アリアはそれにくっついて行った。
「くはは! 悪ふざけがすぎたようじゃな!」
なんでこいつは楽しそうなんだよ。
「…… 笑い事じゃあねえぞ。トウカは口きいてくれねえし、アリアなんか新しいプリン2個買ってやるって言っても機嫌直さなかったんだから」
普段はアレで機嫌よくなるのに。
「カケルは分かっておらぬなぁ。アリアは新しいプリンが食べたかった訳ではなく、妾が買ったあのプリンが食べたかったんじゃよ」
―― プリンはプリンじゃねえか。
そう思ったが口には出さない。
「…… ならどうしたらいいんだ?」
「アリアたち本人に聞くしかないであろうな」
「だよなぁ」
「ところで、グンタイアリのクエストへは行くつもりなのであろう?」
「もちろんだ。グンタイアリがどんなのか知らねえけど」
「仕方のないヤツじゃ…… グンタイアリとはな――」
ステラは『モンスター全集』に載っていたグンタイアリについての説明を簡単に教えてくれた。
グンタイアリとは、グンタイアリの母体となる個体が分裂、増殖を繰り返し、それらが連結した個体群らしい。ステラの魔法の威力をもってしても討伐できない理由はそこにあり、少しでもクローン体が残っているとそれが母体となってまた増殖するとの事だ。
グンタイアリは地面の下で生活するのだが、ヤツらの身体表面には無数の毒腺があり、そこから出る毒が土を溶解させて、地盤沈下を引き起こすと言われているようだ。
軍隊アリではなく、群体アリだった。
「でも毒あるなら死体どうすんだ?」
「グンタイアリの母体には魔石があるからソレを持って帰ればよいとお姉さんが言っておった」
「その魔石欲しいな。ってか母体に魔石あるって分かってんならそこだけ狙ったらイケんじゃねえの?」
「グンタイアリは魔石を体内で移動させるんじゃよ。故に母体を先に潰しても意味はないと言われておる。あと、魔石代は報酬に追加されておるのではないか?」
「なるほど」
俺はクエスト用紙を手に取って報酬金額を見つめる。
―― それにしても37万はデケぇな。目標金額のだいたい5分の1だもんな。トウカは弱気な発言してたがステラだしまぁなんとかなるだろ。…… ん?
「今からグンタイアリのクエストに行くとしたらステラは次のクエストの時留守番することになるが、いいのか?」
ステラは不敵に微笑んで、
「コレを見るがいい!」
一枚の紙を目の前に差し出してきた。
「近すぎて見えねえよ! ちょっと離せ!」
「くはは!」
俺はステラからクエスト用紙を受け取って、視線を落とす。
―― ゴブリンの巣穴の殲滅、報酬は…… 10万か。
「これ場所は?」
「荒野のちょっと先にある岩山じゃな」
「俺は良いけどアリアのヤツ仕事すんのかこれ」
「カケルとトウカが殲滅し終えた後にアリアが巣穴に入れば問題なかろう。それにこういった類のクエストは群れのリーダーの死体があれば良かったと記憶しておる」
「…… お前は?」
「臭いのは嫌じゃ」
この野郎。
「クエストは決まったようだな」
背後から声がした。
―― この声はトウカか。風呂入って機嫌直ったみてえだな。
振り返ると、トウカの後ろからパーの形をした掌が伸びてきている。
―― 指5本立ててるって事は、だ。
「プリン5個」
「……」
反応無し。
「プリン5日間」
「……」
反応無し。
「プリン50個」
「っ! ……」
手がぴくっと動いたがそれ以降は反応無し。
「プリン5週間」
そう言うと、トウカの後ろからアリアがひょっこり顔を出した。
「ふ、ふふん。仕方ありません。許してあげます」
「……」
バカ発見!!