俺の現実はどこか間違っている。 完
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アリアはどこからか聞こえてくる心地のいい鼻歌で目を覚ました。
むくりと上体を起こし、
「んはょぅぉざいます」
ふにゃふにゃと言葉を紡ぐ。
「おはようアリア。よく眠れたか?」
着ていたパジャマを畳みながら、トウカが優しく言葉を返した。
アリアは瞼を擦りながら首を小さく縦に振る。
「ステラはどこか行ったんですか?」
アリアの問いに、トウカは視線を流して答える。
「今は風呂に入っているぞ」
その先を追うと、部屋の風呂場に行き着いた。
アリアの起床を促した鼻歌はそこから聞こえてきている。
「気持ちよさそうですね」
「カケルがすでに起きていると知ってからあの調子なんだ」
「…… カケルが? 今日は雪が降りますね」
「ふふ、かもしれないな」
アリアはまだ重たい瞼を擦りながらベッドを降り、枕元にいたラーヴェインを抱えて、簡易キッチンへ向かう。
「ラヴィも飲みますか?」
アリアは冷蔵魔道具からミルクを取り出しながら、ラーヴェインに尋ねる。
『クォン』
「宿屋内だったら喋っても良いと思いますよ」
ラーヴェインは首を横に振ってそれに答えた。
「全く…… 後でカケルに言っておいてあげます」
『クォン』
それからアリア達はギルドに行く準備を整え、部屋を出た。
二階からロビーに降りた所で、ステラが指差しながら口を開く。
「ほれアリア、あそこじゃ」
ステラの指先を見ると、窓際のテーブルにカケルが腰かけていた。
普段なら起こさないとまだ寝てる時間帯だ。なのに、カケルはカップを片手に窓の外を眺めている。
アリアは小さく息を吐いて、言った。
「アレって絶対また変な事言う顔ですよ」
その言葉に同意するように、トウカが頷く。
ステラは小さく笑って、「ならば」と切り出した。
「妾からひとつ提案があるんじゃが」
「提案、ですか?」
「遊びみたいなモノじゃな」
ステラはイタズラっぽい顔で、続ける。
「カケルの第一声を予想してみる、というのはどうじゃろう。完璧には無理じゃろうから近かった者には他ふたりでデザートを買ってあげるという褒美付きじゃ」
アリアは瞳を輝かせて、
「デザート! いいですね! やりましょう!」
ステラの提案に乗った。
「面白そうだな。私も乗ったぞ」
「よし、なら妾の予想から言うとしよう。カケルの第一声は…… 『今日は晴れ…… か』、じゃ」
「むっ、言いそうですね…… すました顔で」
「確かに言いそうだ。…… だが、私は意外にも普通に『遅えーぞお前ら』と言うと思うぞ」
ステラとトウカの予想はどちらもカケルが言いそうなモノだった。
アリアはデザートの為、真剣に考えるように頭に手をあてる。
「私は……」
考えた予想を口に出そうとした瞬間、アリアの頭の中に昨日の朝カケルが口にした言葉がよぎった。
「…… !! 私は『春が来た』って言うと思います!」
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美少女たちがヒソヒソしながら近寄ってくるのが見えた。
俺はモーニングコーヒーに口をつけ、カップを優しくテーブルに戻す。
「桜咲いたわ」
「「「……」」」
俺の一言に、ステラが笑いをこらえるように口を手で覆っているが気にしない。
トウカのごみを見るような目も気にならない。
俺を指差して、ステラとトウカの顔を交互に見るアリアの反応も気にならない。
それは昨晩、とんでもない『デレ』ってヤツを体験したからだ。
ロベルタは聞こえないように『ありがと』なんて小さく言っていたが、俺は耳を澄ましてちゃんと聞いていた。
聞こえていた事を本人に伝えたらどんな反応をするんだろう。
そんな事を考えていると気付けば朝になっていた。
「…… ふひ」
―― おっと。今の俺は一人の美少女を墜とす事に成功したイケメンなんだ。思い出し笑いなんてキモい事してはならない。
沈黙に我慢できなかったのか、アリアが口を開いた。
「いつまでそこにいる気なんです?」
「…… もう少しだな。確認する事がある」
「確認ですか?」
「あぁ。お前らは先にギルド行ってていいぞ」
「…… 分かりました。変な事しないでくださいよ」
「しねえよ。パン食うか?」
「…… いただきます」
俺は三人がパンを片手にキャッキャしながら出て行くのを確認し、またコーヒーに口をつける。
―― 砂糖入れすぎたかもしれん。
*
「いっけねー! 遅刻遅刻! 俺の名前はカケル。どこにでもいる普通の冒険者!」
俺はパンをくわえて王都を疾走している。
運ってヤツを確認する必要があったからだ。
最近の俺は明らかにツイている。このビッグウェーブに乗れば運命の出会いってヤツが出来るかもしれない。
運命ガチャを何度か回し、確率を収束させる。
新しい曲がり角が見えてきた。
―― あの曲がり角…… 運命を感じるぜッ!
スピードを殺さずコーナーに入る。
俺の身体をドンという衝撃が襲い、地面に尻を打った。
「大丈夫!?」
視界の外から聞こえてきたのは女の子の声。
―― なんか思ってた言葉と違えけどマジでキタ!!
俺はワクワクしながら瞼を開けた。
「……」
そして俺は運命を呪う。
目の前にいたのは、
「いってぇ。ちゃんと前見て…… ってカケルじゃねえか」
痛そうに尻をさすりながら立ち上がる赤髪の男と、そいつの横で心配そうに身を屈める水色髪の美少女。その周りには見知った顔が三つもあった。クソ程も使えねえ初級魔法を教えてくれたヤツらだ。
俺はすっと立ち上がり、踵を返す。
が、肩をがしっと掴まれた。
「…… 離してくれデンバー。俺は認めちゃならねえんだ。運命の相手がお前だったなんて、そんな事は絶対に認めねえ」
「俺だってカケルが運命の相手なんて嫌だよ」
「だろ? だからその手を離せ。俺はリセマラに戻る」
「いや、俺はカケルを探しにギルドへ向かう途中だったんだよ」
「…… 俺を?」
「あぁ。じゃあみんなは先にギルドに向かっててくれ」
デンバーはオーランだけを残し、女の子三人をギルドへ向かわせた。
「そういえばなんで王都にいるんだよ」
「それはな――」
デンバーは王都にいる理由を話してくれた。
とあるクエストの最中、王都に向かう旅の一団がモンスターに襲われている所に遭遇したらしい。
何人かいた護衛の人は殺され、すでに手遅れのように思えたが、最後の一人は救出できたようだ。
その最後の一人というのがシスターのパルメナという女の子。
デンバーはその子の食事に招待され、王都へとやってきたらしい。
「ふざけるな」
「え、なんで怒ってるんだ」
「お前にそんな救出イベントが起こるのは間違ってる」
「よく分かんねえけど」
「…… まぁいい。それと俺を探してるのがどう繋がるんだ? ただの自慢にしか聞こえねえぞ」
気分の良い朝だったのに、他人の運命の出会いを聞かされることになるなんて。
「その食事に友達連れてきてって言われてんだよ。王都に友達なんていないと思ってたけどカケルの事を思い出したんでな」
「え、行きたくねえ。友達ならオーランがいるだろ」
こいつと女の子のイチャイチャシーンを見せつけられるなんてごめんだ。ってか普通に邪魔だろ。
「いや、それがパルメナちゃんも友達連れてくるみたいなんだ。人数は合わせた方が良いだろ?」
「…… ん? パルメナって女の子の友達、それはつまりシスターが他にふたりいるって事か?」
「たぶんそうだな」
「お前は親友に値する男だ」
「そ、そうか」
合コンゲットだぜ。




