俺の現実はどこか間違っている。 2
俺はラーヴェインが餌付けされているのを横目に、アリアの隣へ腰を落とした。
「春が去っちまった」
「7月ですからね」
アリアがアイスクリンを舐めながら普通の事を言ってきた。
「そうじゃあねえ。桜が散っちまったって意味だ」
「もっとよく分かりませんよ」
「ジャポンティで有名な花の名じゃな。妾も本でしか見た事はないんじゃが、近年の学園都市には植えられておるらしいぞ」
「学園都市だと!?」
なんて素晴らしい響きなんだ!
「学園都市アルカディアの事ですよ。私たちはもう関わる事ないと思いますけど」
「そんな……」
「それで、何の用だったんですか? あの女の人」
「あ、あぁ。あいつは――」
俺はロベルタの事を簡単に話した。
話を聞いた二人はジト目になって、小さくため息を吐く。
「その気持ちは分かるぜ。ヤベエのに狙われてるってまぁ嫌だからな。でも人間相手ならなんとかなるだろ?」
「分かってないじゃないですか。そこじゃないですよ」
「……?」
「カケルの言う通り、妾たちなら大した問題ではなかろうな。じゃが、何故話した事も無い相手に好かれておると思えるのか不思議なんじゃよ」
俺は大きく息を吐いて、
「あのなぁ…… 路地裏っていう人気の全くない所に話があるって異性を連れて、しかも二人っきりで行くんだぞ? 好きでもねえヤツにそんな事しねえし、そこでやる事なんか一個しかねえだろ。告白だ」
「どうしてそうなるのか分かりま……」
アリアの身体が一瞬だけビクついて、アイスクリンを持つ手が止まった。
「どした?」
「い、いえ。何でもないです」
「変なヤツ。ところでトウカはまだ戻ってきてねえのか?」
俺の質問に、ステラが掲示板の方を指差した。
指の先へ視線を移すと、トウカが二枚の紙を手に持っているのが見える。
「何やってんだあいつ」
「悩んでおるようじゃな」
「…… しゃあねえな」
俺は腰を上げ、トウカの方へ向かった。
**************
ステラは離れていくカケルの背を見ながら、言った。
「して、アリアよ。どうしたのじゃ?」
「あの…… えっと……」
アリアは的確な言葉を探すように言い淀む。
ステラはその様子を見て微笑んだ。
「話してみよ。妾とアリアの仲じゃろう」
「そ、そうですよね」
アリアは意を決したようにすっと息を吸い込んで、
「カケルって私の事好きなんでしょうか」
ステラの瞳が丸くなり、思わず吹き出しそうになるのを息を吸う事で抑え込んだ。
「な、なぜそう思ったのか聞いてもよいか?」
「だってだって私の欲しい物はいつも買ってくれますし、いつも私の料理美味しいって言ってくれますし、それに、さっきカケルが『路地裏に二人で行くのは相手が好きだから』って……」
アリアはラーヴェインの鼻をつんつんしながら答え、その答えにステラは笑う。
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか」
アリアは頬をピンクに染めて目を細めた。
「すまぬすまぬ。つまりアリアはカケルと路地裏に行った事があるという事じゃな」
「はい…… 確かアルヒのお祭りのちょっと前でした」
ステラは考えた。
カケルにとってアリアは仲間として大事に思っているのは間違いなかろう。じゃが、異性として好きかどうかはまた別の問題。ここで「カケルはアリアの事を好いておる」と答え、愛おしい少女の反応を見るのも面白そうじゃが…… さて。
ステラはもじもじしている金髪の美少女を見据えて、口を開く。
アリアの顔は真っ赤に染まった。
**************
俺はステラの大笑いを背に、トウカの元へやってきた。
トウカは二枚の紙を交互に見比べて、「うーん」と唸っている。
「何迷ってんだ」
トウカは驚いたように俺を見て、
「なんだカケルか」
「なんだとはなんだ」
二枚の紙を手渡してきた。
「コレのどっちにするか決めかねていてな」
俺は紙に視線を落としてクエスト内容を確認する。
「…… バリカタカってなんだよ」
「めちゃめちゃ硬いタカと聞いた事がある。全身が鉄のように硬い繊維状の鉱物で覆われているらしく、幾重にも重なった鉄線がナニモノも通さないみたいだ」
「ふーん」
俺はもう一枚の紙に視線を移し、
「グンタイアリ…… は想像つくな。この二つの場所はどこなんだ?」
「どっちも王都の東にある荒野周辺と受付のお姉さんが言っていた」
ふむ。クエスト報酬は9万と12万か。
「で、コレの何を迷ってたんだよ。お前ならバリカタカ一択だろ」
「それはそうなんだが…… ステラの魔法を見るならグンタイアリの方が良いだろう?」
「……」
―― そんなに見たかったのかよ。
俺はもう一度二枚の紙を見て、閃く。
「俺はやっぱり天才かもしれん」
「…… その顔はバカな事を考え付いた顔だろう」
「何を失礼な。仲間の要望に応える天才リーダーって事を証明してきてやるよ」
「……」
俺は二枚の紙を持って、受付に向かった。
俺の考えはゲームをしていたら自然と思いつく簡単なモノだ。
メインクエストついでのサイドクエスト。
二種類のクエストが同じ場所なら二種類とも受けてしまえば良いのだ。
俺は受付のお姉さんと話し、トウカの元へ戻る。
「ダメでした」
「……」
クエストは一つずつしか受けられないらしい。
受付のお姉さんに、「他の冒険者さんたちの事もありますので」と気まずそうな顔をされた。
「って事でトウカ。今日はバリカタカにするぞ」
「どうしてだ?」
「決まってるだろ? ステラが魔法を使った後の食費を賄える程、今の俺は金を持ってねえからだ」
「…… 忘れていた」
そうして俺たちはバリカタカ討伐の為に荒野へ向かった。
*
荒野の岩陰で。
「なぁ、アレがバリカタカで合ってんのか? 想像よりデケぇんだけど」
「そうだと思うが」
「うへえ」
バリカタカは気持ち悪かった。
大きさはダチョウぐらいで筋肉の繊維がそのまんま見えてるような姿だ。色は青黒くて、目が血走っている。ペットとしては絶対に受け入れられないキモイ系鳥モンスターだ。
ちなみにこのバリカタカは馬を好んで襲うらしい。
「よし、じゃあトウカ行ってこい。飛ぶ前に仕留めろよ」
「分かっている。――『二天轟流』」
トウカは岩陰に隠れた状態で帯電する。
刀の柄に手を置き、片膝を立てた。獲物を捉えるその瞳は鋭く、肉食動物のようにも見える。
トウカが岩陰を飛び出し、転んだ。
「…… なぁお前」
「くっ! 鳥のクセに土魔法だと!?」
「良いからはよ行ってこい」
トウカはジャンプした。
その際、岩の角っこで膝をぶつけていたが見なかったことにしてやった。
俺たちは岩陰から顔だけを覗かせて、哀れなキモイモンスターの行く末を見守る。
荒野に雷鳴が轟く。
キョロキョロ周りを見渡していたバリカタカは次の瞬間四つに斬られた。スパスパと斬られるその様は豆腐でも切っているかのように鮮やかだった。
「手応えが無さそうにしておるな」
「だな。モンスターが柔らかいってよりトウカの腕力がおかしいんだろうけど」
「くはは! 違いない」
俺はラーヴェインと遊んでいるアリアに目を向けて、
「おーいアリア。出番だぞ」
運び屋の仕事をするように声をかける。
「え、あ、はい。もう終わったんですね。分かりました」
アリアはラーヴェインを連れてトウカの元へ向かう。
俺はその背中を見ながら、
「ギルド出る前からあいつ変じゃね? 素直すぎるっていうか…… なんかあったのか?」
ステラに問いかけた。
「さてさて、どうじゃろうなぁ。妾は何も聞いておらんよ」
「まぁいいか。さて、王都に戻って宿屋探しだな」