俺の契約はどこか間違っている。 完
テーブルの上にはマルメドリの丸焼きと人数分の食器がある。
箸を使わない食事にはもう慣れた。パンが主食の料理も慣れた。もちろん、マルメドリの丸焼きの味にももう慣れた。
でも今日は慣れない存在がテーブルの上にいた。
「こらラヴィ。お肉溢さないでって言ったじゃないですか。掃除するの私なんですよ?」
『…… すまぬ』
十二歳のママに食べ方を叱られる小さな白竜だ。
俺はドラゴンと契約している。
だが、契約したのは巨大な白竜だ。立派な翼は持っているが飛べない悲しい竜だ。
「まさか古代種がこのような姿に変化できるとは、妾も驚きじゃ」
『マスターと契約した我には容易い事よ』
「……」
俺を見ながらマスターと呼ぶのは小さな竜だ。体躯と同等ぐらいの翼を持つ可愛い竜だ。
「アリア、次は私が肉をやってもいいか?」
「もちろんいいですよ。ラヴィ、トウカのとこ行ってください」
『承知した』
俺が契約したのは女の子の命令に素直に従うようなトカゲじゃあない。
「はい、あーん」
『あーん』
「……」
こんなペットみたいな扱いを受ける存在じゃあない。俺が契約したのは見る者を恐怖に陥れる、威厳のあるカッコいいドラゴンだ。
俺は共食いしてるドラゴンを眺めながらとある可能性について考えていた。
―― 俺の魔力が少なかったからラーヴェインは小さくなったのか?
使い魔の能力は契約者の力量によって左右される、よくある設定だ。これが事実なら、ラーヴェインはこの先ずっと小さな竜のままって事になる。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、アリアが言った。
「ラヴィはずっとその姿なんですか?」
お、いいぞ。
『いや、すぐに戻る事は可能だ。元の姿では色々と不便であったから変わったまでの事』
「マジ!?」
『覇気が戻ったなマスター。食後にでも元の姿へ戻る様を見せてやろう』
俺は元気になった。
*
満天の星の下。
「ここで一体何があったんですか……」
抉られた大地を見て、アリアが言った。
「ステラが加減せずに魔法をぶっ放した」
「そ、それは秘密にしておくと言っておったのに!!」
俺は「そんな事言ったか?」と惚けて、
「私はまたステラの魔法を見逃したというわけか……」
「お前普通に寝てたからな」
何故か落ち込むトウカに事実を伝える。
『そろそろ良いか?』
アリアに抱かれた小さな竜が言った。
俺たちは示し合わせたように頷くと、小さな竜はパタパタと翼を動かしてアリアの腕から飛び立つ。
―― 飛んでる……。
頑張るドラゴンは屋敷からこの場所に来るまでに二つの事を教えてくれた。
一つ目は、モンスター界は序列というモノを重要視しているらしく、ソレは契約にも当てはまるという事だ。
俺と契約を結んだ順に序列があり、ラーヴェインは四番目。つまり、ラーヴェインはアリア、ステラ、トウカには絶対に逆らえない。『ラヴィ』と呼ばれる事に抵抗が無く、敬う事はしないで欲しいと言ったのはその為らしい。
二つ目は、ラーヴェインは『再生』を司る存在だと言う事だ。肉体という器をどれだけ破壊されようが、魂が在る限り復活できるらしい。
大きさの変更はこれを応用したモノで、一度炎の中で自らを焼いて、その後大きさを変えて復活するとの事だ。
そう、ラーヴェインは不死鳥ならぬ、不死竜だったのだ。
ラーヴェインが天に向けて火を吐いた。
それは消える事なく宙に留まり、次第に大きな火球と成った。
小さな白竜が火球へ飛び込むと、幾重にも重なる炎輪が出現し、それは巨大な魔法陣へと変化した。
炎の魔法陣から白い巨体が姿を現して、
『グォァァア――――ッッッ!!!』
大気を震わすような咆哮を放ちながら大地に降り立った。
「「「「おぉー」」」」
俺たちは拍手した。
*
それはラーヴェインのとある言葉で始まった。
『我の羽根を使えば別の場所で復活する事も可能だ』
それはつまり、さっきの召喚魔法陣を俺たちでも展開できるという事だ。ただ制限はあり、ラーヴェインの現在地と召喚する地点との距離が離れれば離れる程に魔力の消費が激しくなるらしい。
「俺のターンッ! ドローッッ!!」
俺はポケットから白い羽根を取り出して、魔力を流し込む。すると、小さな火がボッと点いた。
「ふっ、運が良かったなステラァッ!」
火の点いた羽根を天高く放り投げると、小さめの炎の魔法陣が展開される。
「俺は白竜のヒナを守備表示で召喚するぜッ!」
魔法陣から小さな白竜がパタパタと出現して、
「ターンエンドだぜッ!」
「くはは! そのようなモンスターで何をしようと言うのじゃ! 妾のターンッ! ドローッッ!!」
ステラは胸元から白い羽根を取り出して、
「どうやら勝負は着いたようじゃな! 妾は相手フィールド上の白竜のヒナを生贄に捧げるッ!」
「なん…… だと……」
それに魔力を流し、頭上に放り投げる。
「竜と星が交差するッ! 降臨せよッッ!! 銀眼の白竜ッッッ!!」
炎輪が連なり、炎の魔法陣を形成し、そこから白く燃える巨体が姿を現した。
「くっ、まさか俺のモンスターを奪うなんてな…… サレンダーするぜッ!」
そう、モンスター召喚ごっこである。
遊んでいただけだが分かった事があった。
それは俺の魔力量だとポニーサイズぐらいで召喚するのが限界という事だ。
一回目の召喚時、俺は羽根を放り投げた直後にぶっ倒れた。身動き一つ取れない俺に魔力を分け、トウカと共に屋敷へと戻っていったアリアの呆れた表情は今後忘れる事は無いだろう。
一通り楽しんだ後の帰り道、ステラが言った。
「王都まで歩かなくても良さそうじゃな」
「…… 気付いてたのか」
俺は驚いた。
屋敷から王都までの交通手段が無いという事に気付いているのは俺だけだと思っていたからだ。
「皆も気付いておったぞ」
「アリアとトウカが? 冗談はよしてくれ。あいつらがそんな察し良いはずねえだろ。俺が気付いたのだって屋敷に来て3日目だったんだぞ」
「いや、アリアは初日に気付いておったんじゃが」
「なん…… だと……」




