俺の契約はどこか間違っている。 2
「カケル! 国から手紙届いてます!」
俺はその調子のいい声で目を覚ました。
ぼやける視界の中心にいるのは赤い封筒を手に持ったアリアだ。まだパジャマ姿という事は手紙が届いたのを知ってすぐに俺のとこへ来たのだろう。
「…… 手紙?」
「これです!」
俺はアリアから封筒を受け取って表面を確認する。
―― 冒険者登録番号027604090606 カケル様、か。
封筒の裏面には封蝋が押されている。封蝋はこの国の紋章で、差出人は国だという事がすぐに分かった。
「そういやステラは元に戻ったのか?」
「さっきは子供の姿になってました」
「じゃあまだ半日は戻らねえな。ってあれ?」
俺は封筒の端をつまみ、ちぎろうとしたのだが、
「開かねえ、てか動かねえんだけど」
紙なのにビクともしない。
「魔封筒なので当たり前じゃないですか」
「なんだそれ」
「受け取る人の魔力じゃないと開けられない魔導具ですよ。アイーシャが時々もらってました」
「へえ。ってことは国は個人を特定できるって事か」
「国というよりギルドですね。スフィアを使った時に個人の魔力が登録されているはずです」
指紋かよ。
「詳しいな」
「常識ですよ。カケルはバカなので仕方ありませんが」
「……」
呆れたような表情を浮かべたアリアを一瞥し、俺は封筒へ魔力を送る。
すると封が剥がれ、中に入っていた二枚の紙が誰かに操られるように目の前へ浮かんできた。
* 納税通知書 *
俺は一枚目に記載されていたその文字を見た瞬間、紙を二枚とも封筒へ押し戻す。
「何してるんです?」
「見なかった事にするから捨てといてくれ」
「無駄ですよ」
「なんで」
「差出人には封が切られたという事が分かるようになってるからです」
既読機能付きかよコレ。
「何て書いてあったんです?」
アリアは手紙がどうしても気になるようだ。
俺は渋々二枚の紙を取り出した。それを覗き込むようにアリアが顔を近づけてきて、
「…… え?」
目を丸くして固まった。
一枚目の紙には色々書かれているが、要点はこうだ。
この屋敷の所有者は向こう一年間の税金として七十万サリーを支払う必要があるという事だ。
―― 70万…… 聖域魔法の契約料が含まれてるって書いてるけど高すぎる。
目を丸くしていたアリアはそのままの表情で口だけを動かした。
「え? ちょっと待ってください。聖域魔法申請書という事は…… え? 今この屋敷には聖域魔法がかけられていないって事ですか? え?」
アリアの目は「信じられません」と訴えかけてきているようにも見える。
「まぁ、契約してねえからな」
「嘘ですよね?」
「嘘じゃねえよ。そういや昨日言い忘れてたわ。わりぃ」
「……」
「でもな、アリア。問題はそこじゃあねえんだ」
「……?」
「問題は手元に20万ぐらいしか無いって事だ」
俺の言葉を聞いたアリアは無言で立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。
一人残された俺は布団の上で、
「どうしよう」
小さく呟いた。
*
お金。
それは日本でも必要なモノだった。
部活の帰りに友人たちと買い食いをするのも金がいる。遊びに行くのも、欲しいものを買う時も、どこかへ移動する時も必要なモノだった。
親からのお小遣いが足りなくなった時、中学生だった俺はゲームや漫画などいらない物を売ってそれを補っていた。
それはこの世界でも変わらない。
「何か、ナニカ売れそうなモノ……っ!」
俺は屋敷の蔵でガラクタを漁っていた。
蔵には前の居住者が残していった魔道具と呼ばれる不思議アイテムがたくさんある。トウカが言うには市販されていないような珍しい魔道具なら高値で売れるらしいのだが、どれもこれもどこかで見たようなモノばかりだ。
例えばジョウロ型の魔道具。
これは魔力を流せば勝手に水が出てくる魔道具だ。俺からすれば珍しい物なのだが、この世界だとガーデニング用品として売られている。
ガーデニング用品といえばスコップ型の魔道具もある。
魔力を流せばブルブルと振動して地面が掘りやすくなるという代物だ。
「クソっ! 70万はすぐに用意できる金額じゃあねえだろうが。屋敷の代金以外にも金が必要だなんて聞いてねえぞ。ふざけやがって」
売れそうにない道具を棚に戻しながら愚痴を吐く。
何の成果も得られずに終わろうとしていた蔵の探索は、ガラクタを掻き分けた事で出現した地下に繋がる扉によって続くことになった。
俺は一縷の望みを託し、扉を引き上げる。
「ケホッ…… ハズレか」
埃が舞い、現れたのは食器の類だった。
―― いやまてよ? こんなに埃塗れって事はアンティークって可能性もワンチャンあるか?
俺は丁寧に一つずつ食器を取り出して、一番奥にあった木の箱を手に取った。それに視線を落とし、箱に書いてある文字を見る。
―― 戦利品、か。期待は出来ねえが開けてみるか。
「うわ、マジのガラクタじゃあねえか」
戦利品と書かれた箱の中には金属製の腕輪が入っているだけだった。かなり古い物なのか、茶色に変色してしまっている。
―― でもコレ一個だけが箱に入れられてるって変だよな。…… 魔道具かもしれねえし、魔力流してみるか。
俺は厚さ5mmぐらいの腕輪を手に取って、ダメ元で魔力を流し込む。
『Confirmation of change of owner――』
「っっ!?」
俺は突然頭の中に響いたその音に驚いて、腕輪を咄嗟に手放した。
カランカランと鉄の躍る音が耳を刺激する。
―― 一体なんだってんだ!? 今のは…… 英語?
俺は腕輪を恐る恐る指先でつついてみる。
『Co』
「……」
『Confi』
「……」
指先が触れる度、触れた長さに応じて頭の中に声が響く。
俺は小さく息を吸って、とりあえず最後まで聞いてみる決心をした。
『Confirmation of change of owner. Owner registration will now begin. Is that OK?』
「……」
分かんねえ。
チェンジとオーナーとオーケーは分かる。でもそれ以外がよく分かんねえ。
『Confirmation of approval by the current owner. The system will now move into information gathering mode. Are you ready?』
「……」
だ、ダメだ。何か変わったみてえだが全然分からん。もうイエスとか適当に言っといた方がいいか?
『The owner's approval was confirmed. What is the owner's favorite color?』
お、なんか後半は分かりやすくなったぞ。フェイバリットカラーって事は好きな色って事だよな。
「黒色かな」
『Confirmed. So what is the clothing that symbolizes power?』
「……?」
クルロージィング…… シンボラ? 閉じるって事か? パワーは力って意味だよな。ってことは閉じる力…… 封印って事か!!
「封印っていやあ、やっぱ包帯だよなぁ!」
『Confirmation. The system will now move to the armament creation mode. Is that okay?』
めんどくさくなってきた。
「オーケーオーケー」
『…… ピー。Success in creating armaments. Accept to enter the conversion mode?』
「あー、オーケーオーケー」
『Accept to enter the conversion mode?』
「……」
オーケーじゃ通じねえのか? アクセプトってなんだよ。
『Acceptance is confirmed. The converting process will now begin.』
その言葉と同時に、指先にあった腕輪が青白い光を放ち、その光は俺の指先から腕を伝って身体全体を包み込んだ。