俺の幽体離脱はどこか間違っている。 完
真っ白な部屋は暗転し、プロジェクターとスクリーンが現れる。
二体の天使はソファに腰かけ、ポップコーンをつまみながら、
「あはははは! アリエル今の見たかい?」
「うんうん! カケル君ってこんな事しなさそうなのにっ! 優しいとこあるんだね!」
スクリーンへ映し出された俺の記憶を見て笑っている。
「…… おい、もういいだろ」
「ん~? 何か言ったかい? ソーラン節の音が大きくて聞こえないなぁ」
サリエルはニヤニヤしながら振り返ってきた。
―― ちくしょう。
記憶を抜き取られるなんて事にならなくて良かったが、目の前に自分の思い出が映像として映し出されているのは拷問に近い。文化祭で張り切っていた写真を卒業アルバムに載せられていた時よりはるかに恥ずかしい。なんたって魂の記憶ってヤツは発言だけじゃなく、心の声まで分かってしまうんだから。
記憶の再生が終わり、サリエルがコリをほぐすように背を伸ばす。
「いやあ、面白かった」
「もう終わっちゃったの? 私もう一回見たい!」
「たった3ヵ月ぐらいの記憶だからね。見たいなら勝手にしてていいよ。ボクはカケルと話があるからね」
「やったぁ!」
アリエルは手元の端末を操作して、俺の記憶を再生し始める。
―― 2回も見る程面白くはねえだろ。
「じゃあカケル、場所を変えようか」
サリエルがそう言うと、暗かった部屋が元の白い部屋へ変わった。アリエルの姿やソファは消えて、机と椅子だけが残っている。
サリエルは机に腰かけながら、
「まぁ立ち話もなんだからさ、カケルも座りなよ」
「おわっ!?」
俺の意思と関係なく、身体が椅子へ腰を落とした。
「…… くそっ、話ってなんだよ。記憶見たんだから聞きてえ事なんかもうねえだろ」
「あはは、そんなに警戒しないでよ。ボクからカケルに少し話をするだけなんだからさ」
「会話ってことか?」
「そう、会話だよカケル。君が想定してる通り、ここへ来るって事はそう簡単じゃあないのさ。幽体離脱って一言で言っても色々と条件があるからね。時間も限られてるし…… それじゃあまずは、カケルが契約した魔―― モンスターの話をしようか」
契約したモンスター、って事は。
「キングマルメドリさんのことか」
「あははは! 『キングマルメドリ』は人間が勝手に付けた俗称ってヤツで、彼の真名はラーヴェインだよ。本来なら契約が成された時点で契約主の魂に真名が刻まれる仕組みになってるんだけど、ナニカが妨害したみたいでね。ボクは優しいから教えておいてあげるよ」
ラーヴェイン…… いいな。
「その妨害したナニカってお前の『魂の加護』の事だろ? なんで隠そうとしてんだ」
「隠そうだなんて、人聞きが悪いなぁ」
「人間じゃあねえだろ」
「…… じゃあボクの力の話だけど、カケルには魂が見えてるよね」
「見えてるけど」
この野郎、話逸らすつもりか?
「見えてるなら、なんで火の玉みたいなカタチなんだい?」
「…… は? 魂ってのは火の玉みてえなもんだろ」
「それじゃあ今のカケルの姿は火の玉って事になるんだけどね」
「……」
俺は自分の身体を見下ろす。
―― 腕もあるし胴体もあるし脚もある。確かに、俺の姿をしてるな。…… ん?
同時に、見覚えのある魔法陣が俺の膝下を飲み込み始めてるのが見えた。
「お、おい! お前また勝手に!!」
顔を上げると、サリエルが憎たらしい顔で微笑んでいる。
「ボクはカケルの為を思って、物事がスムーズに行えるように準備してるんだよ? そんなに怖い顔しないでほしいな」
「ならこの魔法陣を今すぐ止めろ、俺は――」
「止めてもいいけど、器と離れすぎると存在が消えちゃうよ?」
「なっ……」
魔法陣は腰の辺りまで上ってきている。
「わ、分かった! じゃあ1個だけ質問に答えてくれ!」
「いいよ」
サリエルが頷いたのを確認して、俺は言った。
「なんで人間みてえな事してんだ? 天使のくせに」
俺の質問に、サリエルは表情を変えずに答える。
「人間が好きだからだけど」
「…… それだけ?」
「え、うん」
―― 質問ミスったか。
魔法陣が首を飲み込んだところで、サリエルが言った。
「あ、伝えるの忘れてた。あの世界で大事な事は認し――」
サリエルの言葉を待たず、俺は魔法陣へ飲み込まれた。
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カケルを器へ送り返し、サリエルは空間を暗転させる。そこにはソファで項垂れるアリエルがいた。
「サリエルおかえり~」
気怠そうにアリエルが言った。
「もう飽きたのかい?」
「だって短いんだもん」
「なら自分のとこに帰りなよ」
サリエルは空間に穴を開け、アリエルはその穴へ警戒の視線を送った。
「どこに繋げたの」
「警戒する事なんてないさ。君の居場所にちゃんと繋がってるよ」
アリエルはサリエルに視線を移し、「怪しい」と呟く。
「まぁ好きにするといいさ。ボクは行くからね」
「どこ行くのー?」
「仕事だよ。アリエルも本当は忙しいでしょ?」
「あー。私の使命知ってるのにそうやって意地悪言うんだー」
アリエルの不満気な物言いに、サリエルは右手をひらひらと振って答える。
「そういえばカケル君に伝えられた? あのすっごい速く動いてた事」
「ソレは伝えない方が良いから言ってないね」
「えー? なんでなんで? 言ってあげないとこれからも痛い思いしちゃうのに」
サリエルは少し考えて、にっこりと笑って言った。
「自分か他人かどっちかが傷付くなら、彼は自分を選ぶからさ」
答えを聞いたアリエルは口をぽかんと開けた。
サリエルはその様子を見て小さく笑い、部屋の外へ出る。
扉を閉めて、転移した先は魂の管理塔の内側だ。
目的の階層へ辿り着く直前、サリエルは思い出して、また笑う。
魂の色、か。一体誰の判断で色を決めてるんだろうね、カケル。
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