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俺の幽体離脱はどこか間違っている。 3


 笑顔のリッピーに見送られ、俺はサリエルがいるという家の前に立っている。

 塀の向こう側にはあるのは二階建ての一軒家だ。比較的広めの庭には銀色の物干しスタンドやガーデニング用具、観賞用に植えられた小さな木や花が見えている。


 ―― 日本でもそこら辺にありそうなぐらい平凡な家だな。あのクソ天使は本当にこんなとこで暮らしてんのか?


 「ふぅ、よし」


 俺は小さく息を吸って、インターホンを押した。


 ピンポーン


 聞き馴染みのある音が家の中で響いているのが外まで聞こえてくる。


 「……」


 呼び鈴は鳴らしたはずなのだが、応答の気配が無い。俺はもう一度インターホンを鳴らした。


 ピポピポピンポーーン


 三連打したおかげか、ドタドタと忙しく走る音がした。その音は玄関までやってきて、


 「はいはーーいっ!」


 という活力に溢れた声と共に、ガチャッと扉を開く。


 ―― インターホンの意味ねえじゃん。

 

 玄関から現れたのは体型がふっくらしたリピカだった。洗い物の途中だったらしく、掛けているエプロンで両手を拭っている。


 ふっくらリピカは不思議そうに首を傾げて、言った。


 「あら、サリーのお友達?」

 「…… あ、多分そうです」


 彼女は玄関を開けたまま表情の分からない顔だけを家の中へ向けて、


 「サリー! お友達が来てるわよーっっ!!」


 大きな声でサリエルを呼んだ。

 その声に答えるように、


 「分かってるってママ! 今降りるから!!」


 と聞き覚えのある声が二階から降ってくる。


 「しょうがない子でごめんなさいね。さ、上がって上がって」

 「はい」


 俺は「お邪魔しまーす」と言いながら、玄関へ入っていった。


 「コーヒーは飲める?」

 「飲めます」

 「砂糖とミルクは必要かしら?」

 「あ、お願いします。砂糖多めで」


 ふっくらリピカは「ふふっ」と小さく笑って家の奥へ戻っていく。


 ―― なんで笑われたんだ?


 家の中も普通だった。

 白を基調にした壁紙と高価そうな木製の靴箱。玄関内の側面には西洋風な街並みの風景画が飾ってある。雲に浮かんでいる家なのに普通の人間が住んでいると言われても不思議じゃない。


 家の奥からトタトタ階段を駆け下りる二つの音がやってきた。

 俺は脱いだ靴を並べながら、音の方へ振り返ると


 「ほらぁ、アリエルの話が長いからカケル来ちゃったじゃないか」


 見覚えのあるクソ天使と、


 「えー私は悪くないよー。天使だもん」


 ぷくーっと頬を膨らませた薄桃色髪の天使が現れた。

 クソ天使は出会った時と変わらない穏やかな笑みをぶら下げて、言った。


 「やぁカケル、久しぶりだね。ボクの部屋まで案内するよ。…… あ、ソレは気にしなくていいから」


 サリエルが指差したのは俺を見るなりピンクの瞳を輝かせて近付いてきた天使の事だ。この天使の雰囲気はあいつらとどこか似ているように感じる。


 「ソレって、サリエルひどい。私にはアリエルっていう名前がちゃんとあるのに…… カケル君もそう思うよね? ね?」


 ずぼっ


 ―― このロリ天使。


 「どうでもいいから耳に指突っ込むのやめろ」


 俺は耳の穴に突っ込まれた指を離して、


 「ほっぺたを摘まむのもナシだ」


 頬に伸びてきた華奢な手を払い落とす。

 意味不明な行動を起こした天使は嬉しそうな顔をして、


 「サリエル今の見た!? 見たよね!? カケル君反応してくれた! わぁ!!」


 きゃっきゃした。


 「…… 言い忘れてたけどアリエルは好奇心で動いてるんだよ。放っておけば興味を失って離れるけど、構うとより面倒になるから気を付けてね」

 「言うのが遅え」


 ―― 猫かよ。


 俺は込み上げてくる感情を抑え、アリエルに髪の毛先をくるくるされながらサリエルの後を追った。


 ―― 事を起こすのはサリエルの部屋に行ってからにするか。



 一度だけ来た事がある真っ白な空間。あの時と違うのは二人掛け用のソファが設置されているところぐらいだ。アリエルはこの短時間で俺への興味を失ったのか、隣で吹けない口笛をフシュフシュ吹いている。

 俺は机の方へ向かっていくサリエルの肩を叩いて、


 「おいサリエル」

 「ん? どうしたのカケ――」


 ―― 『アクセル』。


 「ふんっっっ!!!」

 「りゅっ!?」


 加速しながら右腕を振りぬいた。

 思っていたよりも大きな音がして、拳に痺れるような感覚が走る。


 ―― 音はすげえが、予想通り何も痛くねえな。


 サリエルの首から上がぐるんぐるんと回転し、小柄な体躯が机にドシャッとぶつかる。


 「サリエルってあんなに軽いんだー!」


 その様子を見たアリエルは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように目を輝かせている。

 俺は理解不能な生命体をスルーして、机に背を預けるサリエルの元へ近寄った。


 「悪いなサリエル。俺はお前に異世界へ送られた時に決めてたんだ。次に会ったら全身全霊で一発ぶん殴るってな」

 「……」


 首が捻じれたクソ天使から返答は無い。それでも俺は続けて言った。


 「お前魔王倒してこいって言ったよな? 冒険者になろうとした時、俺が言われた言葉知ってるか? 『冒険者なんてやめろ』だぞ? 大した加護でもねえしよ…… いや、すっきりしたしもういいや。さっさと起きて俺を呼んだ理由を話せ。こんな事で天使は死なねえだろ」


 捻じれた首がぐるんと元に戻る。


 「いやあ、ヒドい事するなあカケルは」

 「次いつ会えるか分かんねえからな。やる時は全力で、だ」

 「それにしたって普通さ、急に殴りかかる? 人間には言葉っていう武器があるのにさ。いや、暴力も人間らしいといえばそうなるのかな」


 サリエルは首の調子を確かめながら、体を起こす。


 「さて、カケルが暴力に訴えるなら、ボクは別の方法で、人間らしくお仕置きをしないとね」

 「何するつもりだ」


 サリエルの双眸が赤く煌めき、右腕は闇に飲まれ始める。


 「『LOCK』――」

 「なっ!?」


 サリエルが言葉を発した瞬間、俺は身動きが取れなくなった。


 「あはは! 顔以外動かせないでしょ?」


 サリエルの言う通り、顔は動かせるがそれ以外は指先ひとつさえ動かない。


 「てめえ、何しやがった」

 「体感してるでしょ? カケルの動きを止めただけだよ」

 「お、おい近寄んじゃあねえ!」


 サリエルはニコニコしながら近付いてくる。


 「ボクがカケルを呼んだ理由を知りたがってたよね? ちょっと強引になっちゃったけど、コレが理由だよ」


 ―― おいまさか。


 悪魔のような天使の右腕が、俺の元へ伸びてきた。

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