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俺の害虫駆除はどこか間違っている。 完


 白い触手で雁字搦(がんじがら)めになったモンスター。

 

 ステラはソレを一瞥し、頭上の月に向かって手を伸ばす。


 「『天上門・開門(ゲート・オープン)』――」


 彼女の言葉で天が大きく裂けた。

 手入れのされていない雑草を撫でていた優しい風は、頬を打つような強風へと変貌する。


 ―― なんか裂け目かなりデカくなってんな。


 真っ暗な空間から白く輝く天体がゆっくりと顔を覗かせて、ステラは言葉を紡ぎ始める。


 「水面(みなも)の砂と金の雲 九蓮天鎖(くれんてんさ)の三番目 今宵束ねるは原初の粒子 極夜の(あるじ)の慈悲を知れ」


 天体から放たれた真っ白な光芒がステラの身体を包み込む。

 ステラがピストルのカタチを模した指先を標的に向けると、指の先に光の球体が発生した。

 小型の月のようにも見えるソレはだんだん大きくなり、掌サイズになった所でステラが口を開く。

 

 「…… すまぬカケル。妾は加減を間違えたようじゃ」

 「どういう意味だ」


 俺の問いかけに、ステラはらしくない声色で答えた。


 「ち、ちと()()すぎた」


 次の瞬間、球体は人ひとり飲み込めるぐらいに大きくなった。白く輝く球体はヒュルヒュルと回転し始め、強風は暴風となる。

 前を向いていられない程の暴風に煽られて、俺は思わず後退した。

 両腕を風除け代わりにする事でなんとか顔を上げると、


 「『月女神の涙玉(アルテミス・スフィア)』――っ!!」


 ステラが回転する球体を発射した。

 その反動か、俺の身体は見えない力で弾かれる。


 宙に浮かんでいる間に見えたモノ。

 それはステラの指先から離れた球体が瞬時にゴキカブリの大部分を削り取り、周囲の風を切り裂きながら直進する光景だった。


 「いっっってえ」


 地面に叩き落され、お尻を強打した。

 俺は打った場所をさすりながら立ち上がり、事の顛末を見定める為に前を向く。


 「…… どういうこった」


 俺が驚いたのは目の前からステラの姿が消えた事に対してではない。

 体の大半を失ったのに未だ蠢くモンスターの姿を見たからではない。


 「大きさが変わってねえ」


 かなり離れているはずなのに、ステラが放った球体の大きさが変わっていない。闇の中の光は大きく見えると聞いた事があるが、アレはそうじゃない。

 白く光り輝く玉は遠近法を嘲笑うかのように直進を続け、遠くにある山の一角を消失させて、地平線の彼方へ飛んでいき、一点の星となり、消えた。


 ―― どんな威力してんだよ。


 立ち尽くす俺の足に何かが触れる。


 「やあステラちゃん」


 俺は出来るだけ優しい顔で下を向く。

 それは生い茂る雑草に隠れた幼女に対する顔だったのだが、俺は下にいた者を見て言葉を失った。


 「だっ!」


 ―― なんで赤ちゃん?


 俺の足にしがみついているのは赤ちゃんだった。

 重たそうな衣服を引きずってハイハイしてきた赤ちゃんだったのだ。


 「だっっ!」

 「だっ! じゃあねえんだよなぁ」


 俺は赤ちゃんを拾い上げ、肩車をしてやる。

 すると、赤ちゃんはころころ笑いながら俺の髪を引っ張ってきた。


 「まだ終わってねえんだぞ」

 「きゃっきゃっ」


 ―― 言っても分かんねえよなあ、さすがに。


 俺は敵に視線を送る。

 申し訳程度の黒い殻を纏ったソレは小型犬ぐらいのサイズになっていた。


 「打撃は効かねえし、俺の魔法も効かねえし…… いや、あのサイズならワンチャンあるか?」

 「ばっ!」

 「……」


 赤ちゃんステラに頭をしばかれた。


 「ばっ! だっ! きゃっきゃっ」

 「……」


 ―― とりあえずコイツを屋敷に置いてこよう。


 俺が次の行動を決めた時、地響きが聞こえてきた。その音はこっちに近づいてくるように大きくなっていく。


 「一体なんだってんだ」

 「だっ!」


 右手側に視線を送ると、見た事のあるシルエットが月明りに照らされながら迫っているのが見える。


 『久しいなカケルよ』

 「…… 俺の事覚えてくれてたんですね、王様」


 そう、キングマルメドリさんである。


 『我は物事を忘れられぬのだ』


 なんつー特性持ってんだ。


 「そうだったんですね。それで、今日は――」

 『ギィィィ!!』

 『邪魔をするな』


 隙あり、と言わんばかりに突撃してきたゴキカブリは、ドラゴンの火炎放射によって炭になる。


 ―― 俺があんなに苦労したヤツなのに。


 『ほう、それはカケルの子か。魔力が無いとは珍しい…… カケルも苦労しているのだな』

 「違います。コイツは俺の仲間が魔法使って小さくなったヤツです」

 「だっ!」


 俺の言葉に、ドラゴンの目が丸くなる。


 『この我が見た事も聞いた事も無い存在であるか!』

 「あ、そうなんですね」

 「きゃっきゃぅ」


 何やら興奮している様子だが、俺は気が気じゃなかった。

 このドラゴンがこのタイミングで現れた原因は一つしかない。


 「あの、頂いた羽根の事ですよね?」

 『あ、あぁそうだった。我の羽根に異変があったようでな。飛んできたのだ。空は飛べぬがな。マルメドリだけに』


 ―― だから笑っていいのか悪いのか分かんねえんだよな。表情分かんねえんだし。


 俺は考えた。

 嘘を吐くか、真実を喋るか。


 『どうしたのだ?』

 「実はですね――」


 俺は真実を口に出す事にした。

 きっとこっちの王様は嘘だと見抜いてくる、そう感じたからだ。


 ドラゴンの目がまた丸くなって、口元に炎がちらつき始める。


 ―― あ、死ぬかも。


 ドラゴンが空に火を吐いて、高らかに笑う。


 『フハハハハ! 嘘を吐かず、詭弁も弄さぬとは! やはり我が見込んだ人間よ!』

 「あはははは」

 「だっ!」


 ドラゴンはひとしきり笑ってから、


 『しかしカケルは本当に人間か?』

 「…… どういう意味でしょう?」

 『人間は嘘を吐く生き物であろう? 我はそのような人間しか知らぬのでな』


 確かに、こんな規格外の生き物を相手にしたらなんとか誤魔化して逃げ出したくなる奴もいるかもしれない。


 「俺は相手を選んで嘘吐いてます」


 俺はまた正直に言った。


 『カケルにとって我は真実を伝えるに値する存在という事か?』

 「そうなりますね。真実を言って死ぬか、嘘吐いて死ぬか、どっちかなら俺は前者を選びます」

 『…… 良かろう。我はカケルと契約を結ぶと決めたぞ』

 「…… え?」


 何言ってんだこのドラゴン。俺はマルメドリの繁殖なんてする気はねえぞ。


 『我がカケルと契約を結んでやる、そう宣言したのだ』

 「契約…… ってどんな契約ですか?」

 『簡単に言うなれば…… いついかなる時もカケルを災厄から護る、人間個人との契約はそういう契約だ』


 ―― マ? え、マ? マジマジマジ!? ドラゴンに護られるってマジ!?!?


 俺のテンションはぶち上がった。 

 ついに異世界人らしい展開がやってきたのだから仕方がない。これでテンション上がらないわけがない。

 

 「ぜひお願いします」

 「だっっ!」

 『ふむ。それでは我の言葉に続くがよい』

 「それでは我の言葉に続くがよい」

 『……』

 「……」


 ん? なんで黙ってんだ? 確かに我に続けって言ったよな?


 『汝は健やかなる時も、病める時も』

 「汝は健やかなる時も、病める時も」

 『喜びの時も、悲しみの時も』

 「喜びの時も、悲しみの時も」

 『富める時も、貧しい時も』

 「富める時も、貧しい時も」

 『いついかなる時も、その魂尽きるまで』

 「いついかなる時も、その魂尽きるまで」

 『真名を賭して尽くす事を誓いますか?』

 「真名を賭して尽くす事を誓いますか?」

 『あぁ、我が魂に誓ってやろう。我がカケルの終わりを見届けてやると』

 「あぁ、我が魂に誓ってやろう。我がカケルの終わりを見届けてやると」

 『……』

 「……」


 ―― どした?


 静寂が訪れた後、目の前のドラゴンは小さく口を開けて、


 『我の口の中に腕を入れよ』


 え、やだ。


 『どうした? コレをせねば契約は成らぬ』


 ―― しゃあねえか。


 俺はドラゴンと契約する為に、鋭い牙が並ぶ口内へ右腕を突っ込んだ。


 ―― いてっ。


 注射された時みたいな痛みが走る。


 『これで契約は成った』

 「これで契約は成った」


 俺は腕を引き抜いて、自分の口を開けた。


 『…… 何をしておる』

 「んあがおんあおう」

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