俺の害虫駆除はどこか間違っている。 2 (イラスト有)
――― トウカの部屋から少し離れた廊下 ―――
「いつからあそこにいた」
「…… ちゅれいっ!」
「やめろ!!」
くははと笑う藤色髪の女の子。これが腹を抱えて笑うって様子なんだとはっきり分かる。
「ふぅ」
落ち着いたのか?
「…… どこから見てた」
「ちゅれいっっ!?」
「だあああああああ」
「くはははは! …… ふうっ、ふぅ。カケルは妾を笑い殺すつもり…… か。…… ぷっ! くははは」
「勝手にツボってんのはお前だろ!」
ステラは瞳に浮かぶ涙を拭いながら、
「仕方ないであろう? 他人を笑わせようと考え抜いた演技より、生物の本能に近い咄嗟の反応の方が面白いに決まっておるのじゃからな」
「……」
そうかもしれないけどさ。俺も自分自身でちょっと笑っちゃったけどさ。
「どこから見てた、と問うたな。妾が見たのはリビング前で突っ立って不敵な笑みを浮かべ――」
「最初っからじゃねえか! 気配も足音も無かったぞ!? どこで誰が寝るか言い争ってたじゃねえか!」
「それはアリアとトウカの声じゃな。妾が自分の枕を取りに部屋を出ると、亀のようにのそのそと歩くカケルの姿を見つけてな、気配も足音も殺して忍びよったんじゃ」
「いや怖えわ」
忍者かよ。多分だけどその時に耳元で驚かされてたらマヌケな悲鳴どころじゃなかった気がするわ。
「ステラに笑われるってのは百歩譲って良しとしても、あいつらんとこ行くのはダメだろ」
「何を言っておる。皆が笑って幸福を感じられる事象であればこそ、皆と共有するべきであろう? 常識じゃ」
「その幸福の裏で不幸を味わってるヤツが約一名いるのわかってんのか? あとステラの常識を押し付けるな。俺はそんな常識知らない」
「…… くはー! こりゃあ一本取られてしもうた!」
「……」
おい誰だよコイツ。ただのお笑い好きなおっさんじゃねえか。いつもの頭脳明晰、冷静沈着で陰でコソコソ笑ってるステラを返してくれよ。
「ところで、妾を止めに来たという事はモンスタ―の方は解決したのじゃな?」
「今頃リビングの床で潰れてるんじゃね」
ステラは艶めかしい視線を向けてきて、俺の背後を指差した。
「ほう…… ならば、妾の見ているアレは二匹目、という事か?」
「おいおい笑えねえよ。聖域魔法ってのがあるはずだろ? 一匹は何かの間違いで忍び込めたとしてもだなぁ、二匹目なんて……」
ヘラヘラと軽口を叩きながら振り返ると、
「そんな――」
そこには外骨格の隙間という隙間から触手が生えたモンスターが佇んでいた。
「嘘だろ、なんだよアレ」
うねうねと真っ白な触手が飛び出しているモンスターには、後光が差している。
「つまらん」
その圧倒的な存在感など意に介さず、ステラは言葉を吐き捨てた。
―― なにが?
「そりゃどういう意味だ」
視線を流すと、ステラが頬を膨らませている。
「なんで不満そうなんだよ」
「カケルの反応が面白くないからに決まっておるではないか」
こいつ。
だからそんな視線をぶつけてきているのか。そんな場合じゃないだろうに。
視線をゴキカブリの方へ戻し、
「とりあえず俺から離れるなよ」
と、っぽい言葉を投げかけながらステラの手首を掴む。
「ふむ。マヌケな声を上げた男とは思えぬ発言と行動じゃな」
彼女はよほど俺の反応が気に喰わなかったらしい。拗ねている、というのがよく分かる声色だ。けれど、この状況でステラが当初の目的通りに自室へ戻られると困った事になる。
「うるせえぞ。…… そんなことより、俺はこういう展開をよく知ってんだ。こういう時はな、一人になった奴から襲われる。ゴキカブリは複数体いる可能性があるからな。俺が見たゴキカブリの潰れた場面は確認しなかったが、加速した状態で、しかも思いっきり殴ったから今頃ソイツの体はあの光の向こう側で四散しているはず。ってなると、アレはステラの言う通り二体目だと考えるのが自然だろ? 二体目がいるって事は屋敷の中にはまだ別のゴキカブリがいる可能性が高い」
たった独りで気持ち悪い害虫の相手をしたくないとかそんなんじゃあない。
「カケルのスキルで確認すればよいではないか」
ステラの口から出たのは真っ当な意見だ。確かに『魂捜索』を使えば可能性を一つ潰すことができる。
だがしかし、
「そりゃあダメだ。俺の魔力がステラぐらいあったらそうするが、そうじゃねえからな。お前を止める為にさっき2回も使っちまったし」
俺の魔力量は少なくはないけれど多くもない。『アクセル』を何度使えば魔力切れを起こすのか把握してないが、魔力を安易に使って、追いかけられている最中にぶっ倒れでもしたら死んでしまう。うねうね触手に寄生されて死ぬとか絶対に嫌だ。
せっかく買った屋敷がゴキカブリの巣になっているかもしれない、とかいう現実を直視したくないとかそんなんじゃあない。
「いつになく饒舌じゃな。妾の気のせ――」
「『アクセル』―― っ!」
ステラの言葉を遮るように『アクセル』を発動させ、同時に彼女を抱き寄せる。先程まで様子を伺うように触手を揺らめかせていただけのゴキカブリが、まるで自身を発射するような体勢でその触手を壁に押し当てていたからだ。
視界の端に先程まで俺たちの頭部があった位置を黒い影が通過しているのが映った。
あと少しでも反応が遅れていたらステラの頭部に直撃していたかもしれない。
「っ!! くそっ! 速すぎんだろっ!」
悪態を吐き、スキルを解除すると、壁が破壊される音が響いた。
「あの野郎。俺の家壊しやがって」
「中々の破壊力じゃな」
「感心してる場合じゃあねえぞ」
俺は息を吸ってから、
「トウカ! 絶対に部屋から出るんじゃあねえぞ!!」
大声を出した。
「「……」」
茶室方向からの返事は無い。
「くはは! もう寝ておるのやもしれんな」
そのふざけた可能性を完全に否定できないってのが俺のパーティーのおかしなところだ。
「とりあえず外に出るぞ」
「妾もか?」
「ったりめーだろ」
俺はステラを引っ張って玄関まで辿り着き、靴を履く。
「リビングは惨状にはなっておらんかったな」
「本体を離れてもピクピクしてるあの脚はきもかったけどな。ってか早く靴を履け。緊急事態なんだぞ」
「緊急ならばどこかの部屋から庭に出たほうが良かったのではないか? …… くはは、なるほど! 裸足で外に出るのは嫌じゃったか」
「そうじゃあねえ。靴履いときゃアイツを蹴れるだろ? 俺は害虫と生身で触れ合う趣味はねえからな」
靴のフィット感を確認しながら玄関を出ると、門の近くに屋敷内にいるはずの触手を生やしたゴキカブリがいた。
「あのまま外に出てくんねえかな」
「望み薄じゃろうな」
「だよな」
ゴキカブリは俺たちの存在に気付いたようで、四本の触手を門柱へ伸ばして自身の身体を宙に浮かせた。それは自分の身体をスリングショットの弾にしているようだった。
「おいおいおい」
「くはは! 先ほどより速そうじゃな!」
―― なんでこいつ楽しそうなんだよ。
俺は覚悟を決めて、身構えた。
イラスト作成はAIです